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44 姫はいちいちお礼をいわなくていい

 天井のボールに向けて魔力を伸ばす訓練は、かなりハードだった。

 なるほど、自分の身体を覆うって魔力の損耗が少ないんだなと実感した次第である……いやハード。

 ハード過ぎて、まだ午後も早いというのに魔力切れ。ウィブル先生に、気をつけるようにいわれてたのに!

 しかも昨日よりガチの倦怠感に襲われ、動けなくなってしまった。たぶん、シュガの果汁を飲用していたかどうかの差じゃないだろうか。すごかったんだな、あれ。

 まだ余裕だったスパルタ先輩は、わたしの魔力切れの早さにびっくりしたようだ。魔力量も違うんだろうけど、たぶん練度の差が大きい。魔力の扱いに無駄がないんだよ、先輩。色付けしてるから、すっごいわかる。正直、顔だけじゃなく魔法まで美しい、と真面目に思うレベル。


「これは、特例一に該当するかな」


 ここで先輩が「うっ」ってなってふたりとも動けなくなると、けっこうめんどくさいぞ! わかってますか先輩、たのみますよ! ……と、思いはしても口が動かない。

 きもちわるくて、それどころではないのである。


「治療のために、保健室に運ぶよ。いいね?」


 よいしょ、と絶対にそんなこといわないだろうと思っていた言葉とともに、先輩はわたしを抱き上げた。

 ちょっとちょっと、キャラクターがチェンジし過ぎじゃないですか? よいしょ、て!


「ごめんね。僕はあんまり力が強い方じゃないから」


 たぶんこれ、掛け声について謝ってるよな……いやそんなのどうでもいいですけど、アレですね。上目遣いも相当なもんだったけど、上から見下ろされるのもかなりヤバいですね。

 ていうか、力が強い方じゃないのに大丈夫なのか! いいたくはないが、わたしは下町で鍛えたがっしり体型で、華奢で儚げなお嬢様とはわけが違うぞ!


「なにかあっても、僕が下敷きになるから安心して」


 あんまり安心できねーよ!

 目で訴えてみたが、通じてる気がしない。


「君の騎士を信じてほしいな、お姫様」


 ……ドン引きするところだが、それどころではなくて助かった。ほんとに助かった。わたしが元気なら、今のは絶対「うっ」のポイントだった。投げ出されかねなかった。やばかった。まぁ元気なら、そもそも抱き上げられてないけど。

 ていうか、入学以来二回めのお姫様抱っこ! 頻度高っ!

 そのまま保健室に運ばれ、ウィブル先生と再会である。お昼ぶり。


「やだ、もう魔力を使い切っちゃったの?」

「申しわけありません。僕の責任です」


 ウィブル先生の指示で、わたしはベッドに運ばれた。横になると……吐き気が……でも身体を起こしてもめまいがする……どないせぇつぅねん!

 ツッコミたいのに喋る元気がないのが、最大のピンチだよ。

 諦めるしかないので、わたしは目を閉じた。ベッドを囲むカーテンは閉まったけど、会話は素通しである。


「ジェレンスはなにやってるの」

「ほかに用ができたとかで、今日はいらっしゃいません」

「えー、ファビウスとルルベルちゃんをふたりきりにしたのー?」


 あきらかに、ナイワーという声が聞こえる。デスヨネー。


「ちょっと校長と話さないと……。あなたはもう帰っていいわよ」

「いえ、いさせてください」

「いいけど。魔力切れってつらいんだから。わきまえてね」

「……知ってますよ」


 そりゃ先輩は子ども時代に床に魔力をたれ流してひっくり返ったくらいだから、経験豊富だろう。……えっ。子どもでこれを? つらっ! 無理でしょ! 泣いちゃうわ。


「ルルベル」


 カーテンが少し開いて、先輩が覗いた。

 うん、やっぱり下から拝見しても結構なお顔立ちで……。


「少しでも、なにか食べられそう? それとも、匂いがするのもまずいかな」


 おなかはすいてる。不思議なんだけど、気もち悪さと空腹は共存し得るのだ!


「試してみたいです……」

「じゃあ、僕の経験上、これは食べられるって思ったものを持って来るね」

「お気遣いいただいて――」


 お礼の言葉をいおうとするわたしを見下ろし、先輩はひとさし指を口の前に立てた。喋るな、という意味だろう。


「姫はいちいちお礼をいわなくていいんだよ。待ってて」


 ……それまだ継続中なんです?

 ともあれ、喋らなくて済むなら喋らないよ、ツッコミ欲さえ減退するレベルで、いろいろ無理。

 気もち悪いし眠りたいけど、気もち悪いから眠れない……あと、おなかすいた……うう、気もち悪いよぉ。特に意味はないけど、お母さぁん、と呼びたくなってしまうレベル。呼んでもなんも解決しないだろう。母はイケメンまみれの環境に舞い上がるかもしれない。……呼んであげたら、親孝行できるかも。

 そんなくだらないことを考えているあいだに、うとうとしてしまったらしい。次に気がつくと、先輩がカーテンを引いたところだった。


「寝てた? ごめんね、眠れそうならそのまま――」


 先輩の方向から、美味しそうな匂いがする……気もち悪くないぞ。

 わたしの目線で食欲ありと判断したらしい先輩は、ベッドの脇にある小さなテーブルにお盆を乗せた。


「野菜スープだよ。食堂で分けてもらってきたんだ。試してみる?」

「はい」


 身体を起こすのは手伝ってもらったが、あーんを提案されるのは、全力で、事前に阻止した。結果が目に見えているからだ。

 スープはトマト味かな……おだやかな酸味が、気もち悪さを押し返してくれる感じ。浸して食べるといいよ、とパンも勧められたので、少し食べてみた。うん、美味しい。

 ゆっくり食べるんだよといってから、先輩はまたカーテンの向こうへ消えた。


「校長は、なにかいってました?」

「長文の手紙が来たわよ……あのひと、校内にいないみたい……あっ、これは内密にね」

「大丈夫、安心してください。でも、どこへ?」

「それがね――」


 ふたりの声は低くなり、会話の内容は聞こえなくなった。わたしには内緒かぁ、と思いながらスープをすすって、気がついた。念のため、スプーンでお皿をこすってみる。なにも音がしない。

 ……これはつまり、魔法で音消ししてるのである。おそらく、ウィブル先生がわたしの聴覚にちょっかいをかけているのだろう。すごいな生属性! と思うと同時に、そこまでするって内密度がかなり高いんじゃないか? と気づいてしまった。

 まぁ、気にしてもしかたがない。うん、忘れよう。

 ……なんて気軽に忘れられるようなら人生苦労はしないよね! むっちゃ気になるわ! と思ったとき、カーテンが揺れた。先輩が出入りしていたのとは反対側で、そっちにも別のベッドがあるはずだ。

 なんだろうと思ってスプーンを置いた瞬間、カーテンが開いた。そこにいたのは、黒髪のイケメン……あーこれ重力眼鏡じゃん? でも眼鏡かけてない……と思ったら、本人もそれに気づいたらしく、あわただしく動いてどこかから眼鏡を入手し、かけた。うん、ポイント上がった。眼鏡はよいものだ。

 スタダンス留年生は、わたしを見てなにか喋った。

 ……聞こえねーんですけど。


「すみません、聞こえません」


 と、いったつもりだが、自分でもよく聞こえないよね……。


「あっ」


 この「あっ」はウィブル先生である。でも、姿をあらわしたのはファビウス先輩の方が先だった。


「なにをしているんだ、スタダンス」


 聴覚、戻りましたね。

 そして目の前には飛び級バーサス留年……。すごいカードだ。べつに見たくない。


「その娘、ローデンス殿下のお誘いをことごとくすっぽかしているのです。無礼でしょう」


 そうなの? という顔でファビウス先輩がわたしを見た。もちろん、わたしは否定した。


「一回だけです。昨日のお昼にお約束を……でも、お昼前からジェレンス先生と行動することになってしまったので」


 そうしてもらったんだけどな!


「今日も君をお誘いになったはずだが? リート君に、聞いてないのか」

「存じません……」


 聞いてねーよ!

 ていうか、リートは一緒にお昼を食べたのに、なんでそこを報告しないんだよ。業務外かよ。……思ってそう〜! めっちゃ思ってそう!


明日は移植はお休みです。

つづきは月曜の予定ですが、しょっちゅう操作ミスしてる自分への信頼度は低いです。

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