438 す……すすすす、す、っていわれたー!
ファビウス先輩は、いろんな提案をしてくれた。
いわば、隙のないクソゲーの攻略法である。
わたしが見たところ、絶望しかなかったんだけど……プロ貴族から見れば、やりようはあるらしい。それこそ力関係の問題だよ、とのたまうファビウス先輩は、むちゃくちゃ心強かった。
まぁ、いつも心強いんだけど!
「どれを選んでも、なんとかなるよ」
「その……いちばん波風が立たない案は、どれでしょう?」
「腕輪だね。最近、腕輪が流行しはじめてるのは知ってる?」
「え、そうなんですか」
ほかの生徒とふれあう時間が短いので、まったく知らなかった。
へぇ〜、ナクンバ様を腕にくっつけるの、実は流行に乗ってたのか! なんて偶然!
「君の影響だよ」
……いや偶然じゃなかった。えっ、まさか。
「ナクンバ様が人気なんですか?」
「聖女様が毎日つけてらっしゃる、精巧な竜の腕輪……っていうのに、憧れが集まったらしくてね」
現在、人気のナクンバ様は部屋でお休み中だ。つまり、手触りの良いタオルで自堕落モードである。
「でも……これまで腕輪をつけてる生徒なんて、あまり見たことが」
「珍しいから、流行になるんだよ。そして、皆に行き渡ったところで陳腐化するんだ」
達観してらっしゃいますね、ファビウス先輩……。
「制服に腕輪って、どうなんでしょう。本来、制服ってその……学び舎では誰もが平等であることを示すための、装置? 小道具? ……なにか、そういうものですよね」
「そうだね。腕輪は、貧富の差やセンスの有無を反映してしまうかもしれない。でも、校長は腕輪を禁止することはできない――君の安全保障上、竜を連れ歩く方が望ましいからね。ここで、聖女だけは特別です、としてしまうわけにもいかない。それこそ、生徒の平等性がそこなわれる」
「はぁ」
「だから、学園側から禁止されることはない。すると、問題になるのは生徒会だ。君が流行を作るなんて、王太女殿下は望んでいないだろう」
「えっ。生徒会が禁止して来たりする可能性が?」
「あるよ。生徒会っていうのは、国政に参与するであろう高位貴族の集まりだからね。学校の自治にまつわる部分でなら、ある程度の裁量権がある。集団を律するための考えかたを学ぶ場なんだ。学校なら教師の監督下にあって間違いも取り返しやすいし、実践的な練習場って位置付けだよ」
なるほど……。ウフィネージュ様は、即位後の予行演習をしているわけか。生徒会役員には善き廷臣としての役割が求められていて、すでに卒業後も使えるかどうかを考査されてるんだろう。
上から押さえつけてくるだろう邪魔者がいないぶん、学生のあいだは好きにできていいんだろうな。卒業後は……男社会に乗り込むわけだけど。
ま、ウフィネージュ様なら強く生き抜くだろう。あのひと、鉄の心臓持ちだと思うし。
「だから、それをまず挫いておかないとね」
ファビウス先輩は、とても良い笑顔である……こういうの、得意分野なんだろうな。
「またその……誰か生徒会っていうか、学園から追放されたりとか……しないですかね?」
「ルルベル、それは本人次第の話だ。君が気にすべきことじゃない」
ファビウス先輩は笑みをおさめ、真顔になった。すっごい諭されてる感ある。
「はい……」
「在学中に、わかった方がいいんだよ。国政にたずさわりはじめてから、実は使えない人材でしたと判明するのでは、遅いんだ。殿下にとってはもちろん、本人にとってもね。進路を変更するなら、早い方がいい」
使えないやつは、要職を目指すな……ってことか。
「それはわかるんですけど」
「気になる?」
「はい」
「……ルルベル、ルルベル」
低い声でわたしの名をくり返して、ファビウス先輩は困ったようにわたしを見た。
「すみません。今のは、忘れてください」
「忘れはしないけど、無理だってことは理解してね? 君は、皆に幸せであってほしい。少なくとも不幸になってほしくはない……そうだろう?」
「まぁ……そうですね」
「無駄に不幸をばらまく必要はない。幸せを願うのもかまわない。だけど、他者の幸せをすべて自分の力で実現できると思うのは、ちょっと傲慢だよ」
え、って形に口がひらいたけど、声にはならなかった。
傲慢……。
そんなの考えたこともなかったし、なにより、ファビウス先輩の評価ってとこが……衝撃!
「わ……わたし、思い上がってましたか」
「君が思い上がってる? まさか。だけど、実は強欲だよね」
強欲!
傲慢で強欲って、もう救いようがなくない?
あまりのことに頭が真っ白になったわたしの手を、ファビウス先輩がまた、握り直した。
「そういうところも好きだよ」
別方向の衝撃!
えっ、傲慢で強欲な女なんて、やめておいた方がいいですよ、先輩!
「……女の趣味が悪いとか、いわれません?」
「いわれたことないなぁ。もしいわれても、気にする必要ないかな。だって、僕が誰を好きかなんて、他人に指図されることじゃないだろう?」
強い。
次々と襲い来る衝撃に呆然とするわたしの顔を、ファビウス先輩が覗き込んだ。必殺、上目遣いである。
「僕はね、自分のことしか考えないんだ。自分さえよければ、って思ってるところがある」
「それは……皆、ある程度はそうなんじゃないですか?」
「そうだね。程度問題だ。だけどルルベル、君はすぐ、自分以外のことを考える。自分より優先しかねないほど、心配する。そういうところが好きだけど――」
ぎゃー! また、す……すすすす、す、っていわれたー!
やめて、もう無理です、無理!
「――でも、そのせいで君が傷つくんじゃないかと怖い」
ファビウス先輩は小さな声で、でも、はっきりと口にした――だって、無理だからね。
「わ……わたしのせいで、ご迷惑を」
「ほら。そういうところだよ」
ファビウス先輩の手が、わたしの頬にふれる。見上げてくる眸が、少し揺れている。
いつも自信満々なファビウス先輩なのに、少し不安そうに見えて……その不安の原因ってわたしなのかもしれないと思うと、なんかこう。なんかこう!
「ごめんなさい」
「傲慢でも強欲でもいいから、なんでも僕に相談して? できる範囲で君の願いをかなえるし、できないときは諦めるように説得するから」
「はい……」
「わかってるのかなぁ。この口から出る言葉を、僕がどれだけたいせつに思っているか」
ファビウス先輩の手が動いて、親指がわたしのくちびるをなぞった。そっと、ふれるかふれないかくらいの感覚で。
背筋がぞくぞくっとした……なにこれ。
「本音では、すべて実現させてあげたいって思ってること、知ってる? 無理だよって諭したりしないで……なんでもしてあげるよって約束したい」
……近い。
近いですファビウス先輩!
この距離で、なんで毛穴とか見えないんだろう……どういう魔法? 魔法だろ、これ? ていうか眼……眼が綺麗……その眼の中に映ってるわたし……間抜け顔……。
そこで我に返った。
自分の間抜け顔で正気に戻るの、ムカつくけどしかたがない!
「あの!」
必死で声をあげたら、思っていたより大音量になってしまった。
ファビウス先輩は反射的に身を引いて、はい、距離がまともになりました! 社会的に許される距離感、ゲットだぜ!
「……なに?」
「その……腕輪作戦の具体的な内容を、もう少し、説明していただきたいのです」
少し微妙な表情になりつつも、ファビウス先輩は律儀に解説してくれた。
「砕いて装身具にしろといわれたのだから、その通りにするだけだよ。もちろん、不敬だと評価されかねない行為だけど、『不敬』っていうのは、相手が上位の存在であるときに適用される概念だからね。王族が聖女より上だという固定観念を突き崩すためにも、やっておくべきだろう」
「はい」
「ただ、決裂したと思われるのも困るから、揃いの腕輪を作る」
「揃い?」
「砕いた石を配した腕輪を、ふたつ作って、ひとつをウフィネージュ殿下に贈呈するんだ。命令を果たしつつ、石を砕いても問題ない立ち位置にいることを示し、お揃いの腕輪を贈ることで友好の意を表する。腕輪を贈られたウフィネージュ殿下は、腕輪禁止の手を打ちづらくなる――それをやれば、聖女の好意を無下にすると解釈されかねないからだ」
「なるほど……」
ウフィネージュ様とお揃いの腕輪かぁ。正直、嬉しくはないけど……さすファビの一手って感じあるね!
たまに誤字報告をいただくのですが、助かっております。ありがとうございます!
以前は「漢字とひらがなの使い分けは自由なんですよ、わかってくださいよ」みたいな誤字報告がつづけて届き、もう機能を閉じてしまおうかと思ったこともあったのですが、こうしてきちんと修正できると、やはり誤字報告をいただけるのは助かる……悩ましいところでございます。




