436 本来在るべきだった存在
「結局、校長先生がおっしゃる通りでした。ほかの候補地は、とくにエルフの加護? みたいなものはなくて、単に地形がすぐれているってだけでした」
シュルージュ様の案内で何箇所かを巡ったあと、もちろん夕食に誘われたのだが……食事に顔を出さないと友人たちに心配されるからと説明して、わたしは学園に戻らせてもらった。
ジェレンス先生は姿をあらわさなかったが、転移陣があるから移動自体は問題ない。まぁ、先生は……あとで「はい、伯母上」を連発することになるだろうね。しこたま叱られながら。
「建物は使わないの?」
「できるだけ避ける方針らしいです。人工的なものがあると、魔物の目印になって襲撃されやすいのでは、と」
「ああ……そういうことか。なるほどね。校長先生は、それを肯定してたんだ?」
「はい」
かなり時間が遅かったので、食堂には顔を出すだけにした。ファビウス先輩が迎えに来てくれて、そのまま研究室へ――そして、食堂より豪華なメニューの夕食である。
はぁ、体重のことは考えない……ていうかマジ美味しいよな〜、配達してもらえる料理!
「人工的なものを目指して襲って来ると考えると、《東国》に出現した巨人の行動も理解しやすいね」
「あ、そうですね」
正確な発生場所がどこかは聞いてないけど、たしかに、街がある方へ向かってたよな……。
「人間の数とあわせて、人工物の存在も感知している可能性があるのか……。つまり、人間とそれにかかわるものを、すべて滅ぼしに来てると想定できる」
それって人間も人間の文明も消し尽くすぜオラァ! ってことか。
……うわぁ。
「魔物と平和的に共存できれば楽なのに……」
思ったことが、つい口から出てしまった。
これも、前世の日本人的な――つまり「平和ボケ」といわれる方向性の――発想なのかもしれないけどさ。全面抗争なんて、しなくて済んだらその方が楽じゃん? ハッピーじゃん?
誰も答えないので、さすがに呆れられちゃったかな……と、思った。
そう思う程度には常識で、思考の根底に刷り込まれてるレベルの話なんだよね。魔物は倒すしかない。やるかやられるかの二択、っていうのは。
「ルルベルは、無理なことを願うのだな」
答えたのはナクンバ様だった。
ナクンバ様、わたしの不在が予定より長かったので、すっかりご機嫌をそこねていて……ここまで無言だったのよね。だから、ちょっとおどろいた。
腕輪に擬態する必要がないので、テーブルの中央にうずくまって不機嫌オーラを発散してたんだけど。今は、ちょっとキリッとした顔つきだ。
「無理なんですかね、どうしても」
「相反する存在であるからな」
「……どうしても、聖魔二元論を連想してしまうな」
話に入って来たのは、ファビウス先輩だ。
聖魔二元論かぁ……なつかしいなぁ。はじめて聞いたのは、もちろん魔法学園に入学後のことだったけど。でも、そういう呼称や理論を知る前から、なんとなく感じてはいたよね。聖と魔は互いを受け入れられない、って。
世界を構成するすべてのものが聖と魔のどちらかに属するなら、人間は聖の側なんだと思う。それはもう理屈でもなんでもなく、ただそうだと感じるんだよな。
どんな悪事に手を染めていても、狂った理論で魔王を信仰していたとしても――あるのよねぇ、魔王信仰! 前世で悪魔信仰があったのと似たようなものだと思う――それでも、本質的には聖に属するし、魔に受け入れられることはないだろう。
生き物としての、ルールみたいなものだ。カテゴリが違うというか?
「魔王とその眷属は、厳密には生きてはおらぬからな。生命を憎んでおるのだ」
「生きてない……?」
わたしは耳を疑った。
いや、たしかにね? 吸血鬼なんかは、ほんとは死んでるっていわれたら……そうかもしれんけど。
でも巨人は生きてたよね? ほかの魔物だって、生きてるから殺せるわけで。
「この世界に在るかもしれなかった命であり、本来はないものだ。そういう意味では、我も同じだな」
「……はい?」
「魔王の復活で眷属どもが活気づくように、聖属性魔法使いの存在で我のような存在は満たされる。この世との紐帯が強靭になり、確とこの身をあらわすことができる。似ておろう?」
わたしが呼びかけることで顕現したのがナクンバ様だから、そりゃまぁ……ナクンバ様に限っていえば、そうかもしれない。エビデンス、一。
「エルフもそういう類、ということですか?」
ファビウス先輩の問いに、ナクンバ様は重々しくうなずいた。
「おそらくな」
「でも、校長先生はずっといますよ。生きてないってことは、ないでしょ? 本来は、ないもの……だなんて。そんなの、信じられません」
「ルルベルよ、我は人間ではないからな。考えかたにズレがある。それを伝えるための言葉にも、だ」
「……はい」
「だから、ルルベルが憤慨するような意味ではない。それでも、我らと人間は違う種類の存在であろうという点は、動かしがたい。本来ないものという表現が気にさわるなら、換言しよう――本来在るべきだった存在、とでも」
本来、在るべきだった……。
たしかに、その方がずっと前向きな表現ではあるけど。
でも、どちらにせよ同じだ。ここにいない、って意味だ。だよね?
その「いない」を「生きていない」とナクンバ様は表現した……ってことなんじゃないかな。
だとしたら、「生きていない」は死んでるって意味じゃないよね? 存在のありかたというか……種類? なんか、そういうものが違うってことなのかな。
「難しいです」
「まぁ、どうでもよい。在るべきだろうがなかろうが、我も、あのエルフも、そして魔王の眷属どもも、実際この地上に在るのだから」
リートが、わずかに目をほそめた。
ははぁ、どうでもいいなら黙ってろ、話を面倒にするんじゃない……の、顔だな! わたしのリート解釈レベル、むちゃくちゃ高くない? たぶん世界最高峰よ。……ぜんぜん嬉しくないけど。
それより……どうでもいいことなのかな? 本来は、なかったもの……あるいは、在るべきだったもの……。
魔王やその眷属が、人間と違うのはわかる。それはもう、互いの生存を賭けて戦うしかないってくらい、絶望的に違うんだ。
吸血鬼と仲良くなれる? 巨人と協力できる? 絶対、無理だ。
じゃあ、エルフは? ナクンバ様は?
「……とても興味深いお話ですね、ナクンバ様。ルルベルも、そう思わない?」
ファビウス先輩の声に、わたしは顔を上げ――そして、気がついた。自分が完全に俯いてしまっていたことに。
視線が合うと、ファビウス先輩は微笑んだ。
「でも、食事のときに難しいことを考えるのは、あまりよくないらしいよ。ウィブル先生に聞いたことがある。リートはどう? なにか知ってる?」
「脳をはたらかせるために、消化活動がおろそかになりますね。無論、生属性魔法で調整は可能です。ご依頼とあれば、ルルベルの消化促進補助を試みます。ただ、俺は他人の肉体のこまかな調整がうまい方ではないので、結果は保証しかねます」
やめろよ。やめろよな? 絶対やるなよ!
ファビウス先輩も、やめてくださいよ? リートに変な命令しないで?
わたしの困り顔をどう解釈したのか、ファビウス先輩は小さく声をあげて笑った。
「いや、そこまでしなくていいよ。ちょっと話題を変えよう。それで解決するんじゃない?」
ね? と小首をかしげるファビウス先輩、マジ魔性。座ることによって身長差がほとんどなくなったのを活用し、非常に無理のない角度で上目遣いを決めてきた。
かっ……かっこ可愛いなんて卑怯じゃない? あと、今さらだけど座高が低過ぎない?
「……あっ」
「どうしたの、ルルベル」
「ある意味、深刻な話題なんですけど。ご相談したいことがあって」
「深刻?」
「はい。実は今日、ウフィネージュ殿下にいただいた宝石が……思ったより巨大で」
「……ああ! その話、しようと思っていたんだ」
もう知ってた! さすファビだった! いや情報網、こわ。
「ご存じだったんですね」
「うん。エーディリア嬢が連絡してくれてね。ルルベルが困っているだろうから、相談に乗ってあげてほしい、と」
さすディリアだった! そう、わたしは困っている!
唐突な拉致アンド視察の旅があって、それどころではなくなっていたのだが……困っている!
どーすんの、あの巨大な宝石。




