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435 ここにはエルフの里があったのです

「ここまでいわれるようでは、この案は考え直す必要があるな」


 そう断じたのは、シュルージュ様だ。

 あのあとも、エルフ校長が食い下がったのである。それはもうガチの本気って感じで……過去の悲惨な実体験などを持ち出して。いやね、実際あったらしいんだよね……聖属性で守った場所に皆が集まれるようにしたら、逃げて来た人々で圧死事故とか……もちろん、強力な眷属に襲われて一網打尽ってケースもあったそうだ。

 あったんだ……って顔になっちゃったよ。


「しかし――」

「樹を求めていた者たちは、あらためて説得しよう。ただ、聖属性の樹がなくとも民が逃れて来ることは想定する必要がある。転移陣の設置は必要だし、転移先の選定も進めたい。たのむぞ、デイナル」

「――説得の方は、よろしくお願いしますよ?」

「わたしがやるといって、できなかったことがあるか?」


 ふっ、って笑ったシュルージュ様の不敵っぷり、最強じゃないですか? ねぇ? ほんとにファンクラブないの? 作っていい?


「……いえ」

「わかったら、やるべきことをやれ」

「聖女様のご案内は、いかがいたしましょう」

「転移陣で行けるところのみ、わたしが案内しよう。おまえは根回しをはじめろ」

「説得はお願いできるはずでは?」

「無論、やる。そこでどれだけ時間を短縮できるかを、楽しみにしている」


 デイナル様は、わりと嫌そうな顔をなさった。気もちはわかる。

 気もちはわかるが、シュルージュ様が! かっこいい!

 そのかっこいいシュルージュ様が、くるりとこちらを向かれた。


「では聖女様、こちらへ」


 問題の転移陣は領主館の中にあるそうで、またけっこう歩いた。屋台の串焼き、ちょっと食べたかったな……とわたしが思うくらいだから、リートは心の中で舌打ちしまくっているであろう。

 転移陣を通った先は、いつぞやジェレンス先生と散歩したような森の中だった。トゥリアージェ領は、森が多いみたいだなぁ。そう遠くない場所から水の音が聞こえるから、渓谷なのかな……斜面が多くて、見通しはよくない。ちょっと先にどんな地形があるかもわからないくらいだ。


「先生、ご協力ありがとうございました」

「協力もなにも……僕は自分がいいたいことを口にしただけですからね」


 シュルージュ様とエルフ校長が、なんか話してるけど……協力ってなんだろ?

 わたしが疑問に思ったのを察してか、シュルージュ様は微笑んでおっしゃった。


「申しわけないのですが、先生に仮想敵をお願いしたのですよ」

「仮想敵、ですか?」

「ええ。聖属性の樹がほしいと主張する一派と、あまり対立し過ぎるのも角が立つのでね。公爵に諌められてどうしようもなく、という体裁をとらせてもらいました」


 おぅ……。なんでもかんでも思いのままに交渉を進めてそうに見えるシュルージュ様だけど……やっぱり、そういうのあるんだ。デイナル様に根回し命じたりしたのも、そういうことか。


「そういえば、はじめにおっしゃってましたね。反対意見を抑えられなくなった、と」

「ええ。わたしのやることに、なんでも反対するような者もおりますし」


 なにそれ、ウザ。


「お大変ですね」

「いざというときは、従わせる方策はあるのですが。あまり上から押さえつけるばかりというのも、よくはないですからね。今回は、先生のお力をお借りした次第です。聖女様にも、無駄にお時間を使わせてしまうことになり、申しわけありません」

「いえ、そんな……シュルージュ様にお会いできて嬉しいです」


 シュルージュ様は、にっこりなさった。ああーもうほんっと! イケオバ最高だね!


「わたしも、聖女様に我が領地を案内する機会を得て、たいへん幸運だと思っております。なにもない田舎だと蔑む者もおりますが、……ここは、我が領内では清浄な気に満ちているといわれている場所なのですよ」

「そうなんですね。たしかに……空気がとても綺麗だと感じます」


 前世と違って、排気ガスとか工場の煤煙みたいなものとは無縁の世界だけど、人口密度が高い地域では、やっぱりそれなりに空気が濁るのよね。暖房のために火を燃やしまくってはいるわけだから、影響は出るし。どうしても、生活にまつわるゴミも出るわけだし。

 シュルージュ様の案内で少し進むと、思った通り、急な斜面が落ち込んだ先に川が流れていた。向こう岸まではそれなりの距離だし、水面もかなり下だ。つまり、地形をよく知らずに走ったりすると、いきなり岩がちな渓谷に落下する仕掛けである。


「この下に天然の洞窟がありまして、そこに二百名ほどは収容できます」

「物資の貯蓄も?」

「食糧と毛布を運び込んであります。ここは、間違いなく使うことになりますので」


 ただ空気が綺麗ってわけじゃなく、魔的ななにかがあるのかな。

 わたしは魔力感知を使って周辺を探ってみる。なんかこう……探るために伸ばした自分の魔力が、溶けていくような感じあるな。それが危険な感じじゃなくて、ただ心地よいっていうか……。

 ……と、エルフ校長がつぶやいた。


「かつて、ここにはエルフの里があったのです」

「えっ。……何年くらい前の話ですか?」

「大暗黒期より前ですね。大暗黒期が訪れたとき、維持できないとして捨てられたのです。この大陸には、そうやって抜け殻になった土地がいくつもあるのですよ。ここは、その中でも昔の魔力がよく残っている場所です」

「だから清浄、ということですか」

「……ええ。エルフの魔力が、今もこの地を守っているのですよ。感じ取ることも難しいような、微量の魔力です」


 あらためて、わたしはあたりを見回す。魔力感知を使うと、自分の魔力が染み込んでいくように感じたのは、エルフの魔力と聖属性の親和性が高いからかもしれない。


「建物などは残っていないのですか?」

「ありませんね。壊してから立ち去ったので」

「そうなんですか……」

「魔族の手に落ちると厄介なことになりますからね」


 エルフ校長の説明を黙って聞いていたシュルージュ様が、ふたたび口を開いた。


「では、この場所で聖属性の樹を育てたら、ほかより大きく強くなりますか? あるいは、聖女様に魔力をそそいでいただかなくても、聖属性の樹が育つとか」

「それは望めないでしょう。あくまで残滓に過ぎませんから」

「そうですか。ちょっと気分が良い、以上の効果は望めないと考えるべきなのですね」

「ええ。もちろん、魔族の目印にもならない――ああ、でも無意識に避けることはあるかもしれませんね。避難所としては満点でしょう。ただ、ここだけでは……退避はトゥリアージェ領内のみで?」

「そういう計画です。あまり遠方への転移は、領民にも抵抗されるでしょう」


 あー……。

 前世と違って、この世界では移動がそこまでカジュアルではない。オラが町から出るってだけでも心理的抵抗感がすごいんだよね。だから、それ専門の運輸・貿易業が儲かるわけ。

 もちろん魔法エリートは移動するよ? それこそジェレンス先生なんか移動の鬼だ。だけど、そういうアクティヴで掟破りの魔法使い以外は、おとなしく一箇所に留まるものなのよね。

 わたしだって、王立魔法学園に入学するまで、王都以外の場所を知らなかった。今や、国内はもとより東国セレンダーラ西国ノーレタリアなどの外国も、一般人には発見することもかなわないであろうエルフの里にまで行ったことあるけどね!

 ……八割がたジェレンス先生のしわざなの、ちょっと笑う。


「そうですか。残念ですが、トゥリアージェ領内のエルフの里跡地はここだけです」

「なるほど。……ですが先生、貴重なエルフの遺跡を我々が踏み荒らしても?」

「是非もないでしょう。もとより、あとが遺されていることを遺跡というなら、ここはその呼称にふさわしくありません。なにも、ないのですから――」


 そういって、エルフ校長はあたりに視線を彷徨わせた。


「――はじめに、いったでしょう。抜け殻なのです」


 その言葉はしんとして、なんだか無性に寂しくなるような調子だった。うまくいえないけど……どこか遠くの森で葉っぱが一枚落ちるような、そんな寂しさだ。

 エルフ校長の特訓で指定されそうな情景だなって思うけど。遠くの森で木の葉が一枚落ちるような気分で!

 ……今なら、その課題を達成できそうだ。

 エルフの里の抜け殻って、そういうやるせなさと、手の届かなさ、取り返しのつかないなにかが混ざった、なんともいえない気もちになる場所であることを、わたしは知った。

 そして思った――これ以上、こんな場所を増やしたくないな、って。


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