434 先生がいなくても問題ありませんね
予定の場所として案内されたのは、庭というより広場って印象。
なにもない――芝生が貼られてるけど、手入れが行き届いているとはいえないかな。広場を囲む建物に食堂があった。屋台も出ていて、串焼き肉を売っているようだ。いい匂いがする。
……いやそんなことは、どうでもよくて! 面積はだいたい……そうだなぁ、サッカーの試合ができそうなくらい? よくわかんないけど、かなり広い。
収容人数は多そうだけど、隠れるところもなにもない。
「ここに、ひとを集めるんですか?」
「そうなります。あちらの建物の壁に転移陣を準備して、複数箇所に散らして移動させる予定です」
デイナル様が説明してくださった。まぁ……転移陣はまだ、影も形もないんだけども。
「行き先が違う転移陣を用意するということですよね?」
「そうなりますね」
……現場、混乱しそう。誘導係の手腕が問われるところだろうな。誰か知名度がある人間が仕切らないと、難しいかもしれない。魔物の直接的な襲撃がなくても、将棋倒しで死傷者が出る可能性だってある。
わたしは黙って、そのときのことを想像する。魔王復活は、眷属を活発化させる。数も増えるだろう。前に見たような、おそろしい――ちょっとこの世の生き物とは思えないような形のなにかが襲ってくる……そして、皆が逃げてくる。助けを求めて。
やっぱり、パニックが発生しそうだなぁ。
「魔物に追われて逃げ込んできた人々を保護して送り出すのは、きっと大変でしょうね」
「そうですね。ですが、我々をたよって来る民を保護しないわけにもいきません」
デイナル様の回答、ちょっとズレてるな。まぁたしかに、それも正しいんだけど。その先が問題なんだよ。軍隊でもないのに、よしよく来た、ではあっちへ行け! で、サクサク振り分けられると思う?
そのへん、ちゃんと想定されてるのかな……いや、わたしみたいな若輩者が思いつくことは、当然、すでに話し合われてるんだろうけども!
でも黙ってるのもなんなので、遠回しに訊いてみる。
「気が動転しているでしょうから、皆様の指示に素直に従ってくれるか、不安です」
「そのための、聖属性です」
「……え?」
「聖属性の樹があるのだから、皆が一旦は安心するはずです」
「そうかもしれませんけど、安心したら、今度はここから動きたくないといいだすのでは?」
「大丈夫ですよ」
「説得に自信がおありなのです?」
わたしの質問に、デイナル様は爽やかな笑顔で答えた。
「いえ、自信があるのは実力行使ですね。手遅れにならないうちに送り出す手法は、いくらでもありますから」
……なるほど? このひとも、こんな爽やかモードで丁寧に喋るくせに、殴られる前に殴り倒す系か! トゥリアージェ一族は、皆こうなのか! わかりやすくて清々しいね。
「あまり手荒なことは……」
「お言葉ながら、手段を選ぶ必要は感じません。命の危機なのですから、我々をたよって来た者は確実に救いますし、そのためにはこちらの命令に従ってもらう必要があります。従わなければ、従わせるだけです」
うーん、そうかぁ……!
まぁ、筋は通ってるよね。命を失うよりは、多少憤慨しながらでも、本意でなくても、パニクっててなにが起きてるか理解できてなくても、遠くに送り出された方が結果オーライなはずなんだし。
「落ち着かせるのは、送り先で待っているかたがたのお役目でしょうか」
「防護の魔法が得意な者を配置する予定でおります」
「場所ももう、決まっているんですか?」
「聖女様は、ずいぶんと民の行方にご興味がおありのようですね」
「えっ?」
あらやだ。ちょっと踏み込んだ質問し過ぎた?
わたしはずっと黙っているジェレンス先生の方を見た――というか、見ようとした! 見ようとしたけど、いなかった!
ええー、なんでいないのジェレンス先生、せめていなくなるときは声をかけてよ! 親族として、デイナル様のご機嫌がいいとか悪いとかを見極めて、なんかこう……とりなしてくださいよ!
しかし、いないものはいないので、わたしは視線を戻し、スマイルを心がけて答えた。
「ご気分を害されたのでしたら、すみません。……わたしがこちらにお招きいただいたのは、皆様が聖属性の樹をご所望だからだと――ひとを集めるために使うと伺いました。ですから、わたしはその集まったひとたちに責任を持つ立場となります。その人々の安全を確認させていただきたく、つい、質問が多くなりました」
「なるほど。聖女様は、とても責任感のあるかたなのですね」
「いえ……」
次の言葉に迷う。当然のことですとかいったら、角が立ちそうだよなぁ。
でもさぁ、聖属性の樹が集めたひとたちが、エルフ校長がいうように一網打尽にされちゃったら……寝覚めが悪いとかそんなレベルじゃないもん。こっちもメンタルの死活問題だよ。
「校長先生が、聖属性の樹は魔族にとっても目印になるから、却って危険なのではないかとおっしゃって。わたしも、それもそうだと思いました。ですから、集めたあとのことを詳しく解説していただくお約束で、ジェレンス先生にご案内いただいたんですけど――」
「いなくなっちゃったね」
それな! いないよな!
知らないぞ、あとでシュルージュ様に叱られても。わたし、いいつけるからな!
「――デイナル様がいらっしゃれば、ジェレンス先生がいなくても問題ありませんね」
まったく困った教師だよ、と思いながらつぶやくと、デイナル様が声をあげて笑いだした。
え? なにかツボにハマった? なにが?
「あの……わたし、なにかおかしなことを?」
「いや、ジェレンスがいなくても問題ないって、滅多に聞かない台詞だから。ジェレンスが無用だといえるなんて……強いんですね、聖女様」
「まさか! そんなことはないです」
「そうかな? 聖属性魔法は、唯一無二だ。……そう、〈無二〉なんて表現がふさわしいのは、あなたの方かもしれない」
「わたしはただ、魔力の属性がちょっと珍しいだけで……」
いやいやいやもう勘弁してくださいよ、というのが顔に出てしまったらしい。
デイナル様は少し悪戯っぽく笑って、そんな表情さえ爽やかなの、なんかこう……表現はアレだが、ズルいと思う。
「大丈夫、いくら聖属性が無二であっても、無理難題を押し付けたりはしませんよ」
……ジェレンス先生には押し付けてるのかーい! と思ったが、口にするのは堪えた。
なんか、からかわれてる気がするよね。うん、たぶんそう。これが大人の余裕ってやつか!
「そう願いたいです。……話を戻しますけど、避難先の策定は済んでいるのでしょうか」
「いえ、実はまだ。候補はいくつか挙がってますが、決定したとはいえないですね。候補地も視察なさりたいんでしたら、ジェレンスにたのんでください。すぐに連れて行ってくれますよ」
虚無移動だな! 断固として拒否する! ていうか、からかわれてるよね!
いい加減にしてくださいよと睨むと、すっと視線を逸らされた。
「しかしジェレンスのやつ、どこに行ったのかな……聖女様を放り出して。しかたのない――おっと、これは叱られるのが確定したな」
デイナル様の視線を追うと、シュルージュ様が大股にこちらに歩いていらっしゃるのが見えた。エルフ校長も同行しているけど、疲れた表情だ。殴られる前に殴り倒してしまえ作戦をゴリ押されたのかな。
わたしがそんなことを考えているあいだに、シュルージュ様はずんずん近づいて。
「ジェレンスはどうしました?」
「聖女様から、避難誘導についての厳しいご質問を受けていたあいだに、消えました」
「そう。……で? あなたは聖女様のご懸念を晴らすことができましたか、デイナル?」
「あたう限りは。ですが、聖女様はやや批判的でいらっしゃるように見受けられます」
……すごい。ジェレンス先生だったら、まず「はい」とか「はい、伯母上」になるのに! ちゃんと会話してる!
「先生があんなことをおっしゃるから……」
ちら、とシュルージュ様がエルフ校長に視線をやる。そこはさすが恩師ポジションらしく、エルフ校長はたじろぐことなく見返した。
「当然の予測を口にしただけです。黙ったままルルベルにやらせるなんて、僕にはできませんね」
「……それもそうですわね。失礼しました」
「君に対しても、同じことですよ。黙ったまま、実行させるわけにはいかないのです。たとえ僕の助言など必要ないと、あるいは臆病者の老人だと思われるとしても、です」
あっ、まだゴリ押しきられたわけじゃなさそうね……。




