表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
433/524

433 弱めの聖属性……それはわたしのことですか?

 エルフ校長の衝撃的な発言に、シュルージュ様は少し考えるような顔をして。

 ぼそっと、ひとこと。


「では、罠に使えますね」

「罠?」

「向こうが目印扱いするのであれば、こちらも相応のおもてなしをすればよいでしょう」


 ……あっ。そうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりシュルージュ様って「殴られる前に殴り倒してしまえば殴られない」系の思考回路のひとだ。オフェンス専門家だ!


「しかし、シュルージュ……」

「魔王自身が来るならともかく、眷属相手でしたら、もてなしようもございましょう。もちろん、領民の安全には細心の注意を払う必要がありますが、先んじて敵の勢力を挫くのに使えるならば、悪くはありません」


 エルフ校長は、こめかみを押さえた。頭痛をこらえている表情である――ははぁ、エルフ校長も知ってるんだな。シュルージュ様が、殴られる前に殴り倒せ型のファイターだということを。


「最近は、ずいぶん良識ある領主になったと思っていたのですが」

「学生時代よりは、自重を覚えましたよ」


 にっこりなさるシュルージュ様の学生時代の武勇伝を聞きたいけど聞きたくない。エルフ校長の雰囲気からして、こう……頭を抱えるような事件がたくさんあったに違いない、って確信しちゃう。

 その暴れん坊シュルージュ様が、視線をわたしに移した。


「聖女様は、ご協力くださいますか?」

「……先に避難誘導や経路、移動先の確保についてのご説明をいただきたいです。もちろん、すでにご用意はされているのでしょうけど、今の校長先生のお話を伺った以上、そこを確認しないわけには――」

「わかりました」


 シュルージュ様は、ご気分を害されたようでもなく、うなずいて。


「ジェレンス」

「はい」

「聖女様を、植樹予定地にご案内しなさい。失礼、わたしは校長先生とお話がありますので、案内を甥にまかせることをご了承ください」


 後半は、わたしへ向けての言葉である。ご了承もなにも、そりゃもうお好きにどうぞって感じだよね!


「わかりました。……ジェレンス先生、よろしくお願いします」

「おう」


 おう? シュルージュ様に叱られない? ……と思ったが、シュルージュ様はもうエルフ校長とふたりで庭の奥へと歩み去るところだった。命拾いしたな、ジェレンス先生!


「植樹予定地って、どこなんですか?」

「中庭だな」

「中庭……って、ここじゃないですよね?」

「あー、ここは領主館の庭だから。俺がいってるのは、この城砦全体の中庭だ。中央にあるんだよ」


 えっと……たしか、トゥリアージェの領主館って星形要塞だったよな?

 前世の歴史に沿っていえば、砲撃戦などが本格化して以降の形式で、遠距離攻撃の的になりづらい設計なのである。この世界でいえば、高威力の遠距離魔法が目印にしづらいよう、高い建物は少ない。

 わたしが学んだ範囲では、高威力の遠距離魔法が常識になったのは近世以降。それまでは、権威の象徴にもなる高い塔がもてはやされたから、築城スタイルもそっちに偏重してたのよね。

 なお、王都にある宮殿は戦うための城じゃないから、完全にデザイン重視。あれは平和の象徴なんだろうな……ある意味では。


 話を戻すと、その「目印になりづらいように、低めの建物で揃えた」要塞の中央に、どでかい樹を生やしちゃおうって計画なので――そりゃ狙いどころになるわね。

 でも、センターに安全地帯をもうけたいという心理も、民の安心につながるという理屈も、わからなくもない。


「住民って、どれくらいいるんですか?」

「異変があったら駆けつけると考えられる範囲では、城壁内の非戦闘員も含めれば、ざっと一万人くらいだろうと試算されてる。ま、王都なんかに比べたら、たいした人数じゃねぇだろ」

「……比較対象が雑ですよ」


 王都は王都なんだぞ! 建物も密集してるし、人口も過密である。


「一万人ってのは、かなり多めに見積もっての話なんだよ。俺は、もっと少ないと思ってる。壁の内側に住んでたり、はたらいてるならともかく、外側からどれだけ来るかってぇとなぁ。ふだんから集まる訓練をしてるわけでもねぇんだ。広い土地のどっかに、自分たちなりの隠れ場所があったりするもんだろう。わざわざこっちに逃げて来るのは、少数派だろうよ」

「なるほど……」

「だからこそ、でかい樹を生やして目印にしたらいい、って話が出たんだよ。そうすると、集まりやすくなるっていわれりゃあ……どうかなぁ」


 ジェレンス先生は懐疑的なようだ。

 そりゃそうだよな……樹を大きく育てるといっても、さすがに東京タワーやスカイツリーみたいなサイズにはならない。見える範囲は限られる。

 前世雑学知識が唸りを上げたところ、世界でいちばん高い木が約百メートル……ごめん、端数は忘れた。で、スカイツリーは六百三十四メートル……おわかりいただけるだろうか? 話にならないのだ。東京タワーでも三百三十三メートルはあるのだが、どれだけ遠くから見えるかって話になるとねぇ……。

 いわゆる巨木ってやつは、高さ五十メートルから六十メートルあたりだと思う。それだって、常識はずれの大きさなのだ。でも、試算一万人の生活圏のどこからでも見えるかっていうと……無理じゃないかなぁ。


「そんなに遠くからは見えないんじゃないですか? 魔法で育てても、限界がありますよね」


 そもそも論として、高さ百メートルもある大樹を育成・維持が可能かって問題もある。ナクンバ様をゲットしたあの樹だって、長くは維持できないという話だったはずだ。


「無茶しない範囲で育てると遠くからは見えねぇだろうな。見えるようにするなら、狼煙を上げる代わりに樹をぐっと伸ばすみたいな……そこまでしても、すぐに崩れて来ることを考えると、対処がめんどくせぇよな」

「危険過ぎますよ……」


 崩壊する大樹のもとに、ひとが集まる? アホなの? って話である。


「だろ? 少なくとも現段階では、常識の範囲内の巨木に育てるしかできねぇよ。いざというときは集まれ、って話を通しておくらしいが……さっきの校長の話じゃねぇが、あんまり集めるのもどうかと思うんだよな。といって、魔物相手に戦う手段がない者に、勝手に逃げろっていうのも違うだろ」

「そうですね……」

「だからまぁ、転移陣を用意しておくこと自体は、前から決まってたんだ。ここまで来れば、もう少し安全な場所に逃してやるよって話だな」

「聖属性の樹は、むしろ転移先に必要なんじゃないですか? 戦闘能力が低い住民を集めるんですよね……多少の守護にもなりますし、それこそ安心してもらえるっていうか」

「いや、逃げた先が目印になったら困るだろ。たとえ高さがたりなくても、聖属性ってだけで魔族が反応する可能性がある。弱めの聖属性なんて、叩いてくださいっていうようなもんだ」


 弱めの聖属性……それはわたしのことですか? あまり強めって気がしないのですが? 先生、そのへんどうお考えですか?

 ねぇ、わたし自身もわりとヤバいんちゃうのかな!


「転移先の安全は、確保できるんですよね?」

「通常の防護壁の内側に、聖属性の呪符を貼って強化する予定だ。防護壁自体を土とか風属性なんかのやつが作れば、属性的には土に偽装できるからな」

「ようこそ聖女様。風属性なんかのやつです」


 ……出た、爽やか系イケメン。えっと……お名前なんだっけ。


「デイナル様、お久しぶりです」


 名前が出てきてよかった! わたし、よくやった!


「久しいというほど久しぶりでもありませんが、お元気そうでなにより。樹を育てに来てくださったんですね?」

「ええと……まぁ、まず下見に」


 育てるかどうかは決めてないというか、それはエルフ校長次第なんじゃないかと思う。聖属性の付与はわたしが担当だけど、その樹を大きくするかどうかはエルフ校長の判断にまかせるしかない。たぶん今、シュルージュ様が説得中なんだろうけど……どうなるのかなぁ。


「堅実なお考えですね。素晴らしい。少しジェレンスのやつに分けてやってくださいよ」

「なんでそんな話になんだよ、オラ」


 いきなりオラついたジェレンス先生がデイナル様の脇腹を小突こうとして、華麗に避けられた。幼馴染の親戚って感じの気安さだね……ジェレンス先生、暴走特急みたいなのに、友人には恵まれてるんだなぁ。ウィブル先生とかさ。


「暴力はやめろよ」

「魔力がお望みか? いいぜ?」

「もっとやめろ」

「なら、はじめから余分なことを口にするなよな」


 ふん、とジェレンス先生は鼻息も荒くじゃれあいを集結させ、顎をしゃくった。


「こっちだ、ルルベル。まだ描いてないから、予定してる場所を見せるだけだが」


 ……それ視察の意味あんのかな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ