431 我が親衛隊が誇る鉄の心臓
授与式のあとは、お茶会があったが――もちろん、ロイヤル姉弟に近い席なので、ほぼ拷問。
お菓子は美味しかった。味がする程度には、わたしも図太くなったんだな。
「そういえば、ファビウスは元気?」
「はい」
忙しそうではあるが、ちゃんと食べてるし寝てるから……元気だと思う。
「あの子も、弟のようなものだから。気にかけてはいるのだけど」
……そりゃまぁ、義姉の弟だから義弟ではあるけども、ファビウス先輩は王籍は抜いちゃってるからなぁ。……こっちの国ではどういう扱いになってるんだろう。
などと考えつつ、口では適当に応じている。
「おやさしいことです」
わたし! 社交レベルが上がってない? ねぇ、すごくない?
いやでもなぁ、思ってもないことを適当に口にするのが社交技術かっていうと、それはちょっと違うか……。
「ローデンスは、ファビウスとは顔を合わせているの?」
「いえ、最近は滅多に。彼は、ほとんど研究室から出ないようですから」
「そうなの? しょうがないわね。ルルベルのこと、もっと面倒をみてあげなくてはね?」
「あ、いえ、そんな」
いかん、この言葉遣いはいかん……やっぱりレベル上がってなかった。
「放っておかれているのでは、ルルベルも暇なのではなくて?」
「そんなことはないです」
急に真顔でマジレスしてしまった。やっぱりレベル上がってない。
だってアレなのよ。リートに渡された呪符の基本構成図形とその呼称を暗記するので忙しいのよ!
リートが鬼教官だって、知ってた? 予測はついたけど、想像以上にキツい。
「そうなの?」
「はい。入学前の勉強が行き届いていなかったので、皆様に追いつくために、勉強ばかりしています。それでもたりないくらいです。ファビウス様の研究室は魔的な防御も高いですし、図書館と同じくらい集中できるので、助かっています」
という説明も、嘘じゃない。魔法の常識的なものも勉強してるんだよ。指定された本を読んでレポート書いたりとか、むっちゃ勉強してるよ。
とにかく知らないことが多過ぎるんだよね、わたし。知ってて当然のことを、なんも知らないのよ。平民ってほんと、魔法と縁がないんだなぁって思い知るよね。皆は知ってるんだもん。
「まぁ……素晴らしいわね。ローデンス、あなたも見習いなさい」
そんなこんな、気を抜けない雑談のあと、ようやく解放されたのだが。
「夕食の時間まで、図書館で勉強しよう」
「……はい」
鬼教官の指示で図書館へ向かい、流れるようにナヴァト忍者が閲覧室をとってくれて、リートとわたしは室内へ、ナヴァト忍者は扉の前で警護――初回はあんなに抵抗あったのに、慣れたなぁ!
で、閲覧室に落ち着いたとたん、リートにいわれた。
「うまくやったな」
「……えっ、なに?」
「ウフィネージュ殿下をかわしただろう。無意識か?」
なんの話だと思うくらいだから、無意識ですね……。いやほんと、なんの話?
「わからないのか。ファビウスに放置されてるんじゃないか……と、いわれただろう」
「ああ、うん。それがどうかしたの?」
「あれは、君が若い男性の研究室に逗留中である事実を強調し、あわよくば淫らな印象を持たせ、でなければ言質を取って連れ出そうという話だぞ」
「……はい?」
ごめん! 社交レベルが低過ぎてなんにも通じてなかった!
「君の応答は、ただ勉学に邁進しているだけであること、研究室は図書室に次ぐ安全圏であることを強調し、しかも、お誘いいただいたとしても忙しくて時間などないですね――と、突っぱねたも同然だ」
「おお……」
社交レベルが低過ぎて、逆にうまいことやってた!
「やはり天然か」
「天然でした」
「まぁ、うまくやった」
リートが褒めるくらいだから、うまくできていなかったら面倒なことになったんだろうなぁ……。
「つまり、殿下はわたしを誘い出そうとしてたわけ?」
「研究室に篭りっきりでは外聞が悪いというのを建前に、君を連れ出すつもりだったのだろう」
「なるほど……」
「チェリアが思ったほど使えないから、君との関係もそれなりに構築すべきだと考えたんじゃないか?」
「前と態度違わない?」
「それだけ、魔王復活を真剣に受け止めているのだろう。歓迎すべきことではあるがな」
そこへ、ナヴァト忍者が本を持って入って来た。
「ご指定の本が届きました」
「ありがとう」
「それと、ジェレンス先生が――」
「よう、生徒ども」
来たわぁ、本体が!
「お久しぶりです」
「元気そうだな。ちゃんとやってっか?」
なにをだよ。勉強かな? 勉強だろうな。
リートなんか、むしろ先生が邪魔、みたいな顔してる。
「もちろんです」
「ただ座ってただけじゃねぇか」
「それは……さっき移動したばかりなので」
ナヴァト忍者が持って来てくれた本のタイトルは、『属性魔法、その系統と分類』である。そんなに分厚くはないんだけど、開いてみたところ、文字が小さい。みっしりしてる。
「ああ、授与式だったんだってな? 終わった頃合いだろうから見に来たんだ」
そういえば、ジェレンス先生って王族とのつきあいは最小限にしたい派のひとだった!
「いっそ闖入して連れ出してくださってもよかったのに」
「誰がそんな無茶するか」
いや、無茶はいつもやってますよね? 方向性が違うだけで!
「それで、ご用件は……?」
「おう、仕事だ聖女」
「えっ?」
「えっ、じゃねぇだろ」
「いやだって……」
そんな急にいわれても。
わたしはジェレンス先生の手元を見た。毛布は持っていない。つまり、このまま空の旅ってことはないだろう……たぶん。
「すぐ終わる、すぐ」
「なんのお仕事ですか?」
「育成」
「……聖属性の樹木ということです?」
ジェレンス先生は、ニヤッとした。
「話が早いな」
育成自体は生属性魔法使いがやるわけだけど、聖属性の付与ができるのは、わたしだけだからなぁ。
「種子をいただければ」
「いや、今回はちょっとデカいの育ててほしいんだ。リートも来い」
「来るなといわれても同行するのが仕事なので」
「それもそうか」
「……で、どこなんです?」
わたしが尋ねると、ジェレンス先生は首をかしげた。
「うん、いってなかったか? トゥリアージェだ」
……遠っ!
「それ、荷物の準備をしなきゃいけない遠征ですよね?」
「いや日帰り。転移陣を用意してある」
それで毛布がないのか……。
転移陣なのは、アレだ。虚無移動をシュルージュ様に叱られたからだな。ありがとうございます、シュルージュ様!
「ジェレンス先生は、これからなにをするつもりなのか、事前にちゃんと説明する癖をつけてください」
リートがズバッと指摘した。正論ー!
前にもいってたな。ブレないな。
「なにをするって……だから、樹木の育成だよ。聖属性の」
「以前お渡しした種子とは別に、必要になったということですね? それも、もっと大きな樹が必要だと? では、目的も違うのではありませんか」
「そうだぞ。前のは警戒用に使ったが、今度のは安全地帯用だ。いざというとき、領民が避難できる場所がほしいからな」
「大きな樹にする理由は? 木立ではいけないのですか」
「目印にするんだとよ。だから、はじめの一本――校長が寄越したやつだな、ああいう感じのがほしい」
「あれはエルフの特別製ですよね。校長先生に種子をもらいましたか?」
ジェレンス先生の視線が泳いだ……これは、相談さえしてないってやつだな? 思いついて、ヒュッと飛んで来た感じだな?
「いや、あそこまで変な機能は必要ないし」
「細部は別途相談するとして、それ以前に、あれだけの大きさの樹を即座に成長させることが一般的な生属性魔法使いに可能かどうか、少し考えればわかりませんか?」
リートが完全に詰めに入ってるよ! こわ!
「俺は生属性じゃねぇしな」
「しかも周囲にいる生属性魔法使いが、ウィブル先生やトゥリアージェ卿……規格外ばかりで認識がおかしくなるのもしかたないですが、教師としてどうなんです?」
「いいから一緒に来い」
「いいえ。まず校長に必要な種子をもらって来てください。もちろん、利用目的を説明して。ルルベルが行く予定だと話せば、ちゃんと協力してもらえます。頑張ってください」
いいたいことをいうと、リートはジェレンス先生の鼻先でドアを閉めた。
……さすが、我が親衛隊が誇る鉄の心臓!




