430 砕いて使ってかまわなくってよ
で。授与式当日となったわけだが。
会場は、厳粛というほどの雰囲気ではない。全員集まって定刻になるまでは、ざわざわ談笑のターン――とはいえ、開催者側と出場者側には分かれている、って感じ。
室内には、生徒会の役員――当然だけど、例の司会進行役の生徒はいなかった――と、上位三チームの生徒たちしかいない。ほんとに少人数で済ませるようだ。
わたしはクラスメイトの女子と話して、あ〜やっぱ女子! 女子だよ! 女子最高〜! って気分を満喫した。
女子だよ……女子。親衛隊には感謝してるし、ファビウス先輩のことはその……す……アレだけど、でも女子だよ! 女子といると、心がやすらぐの! マジ救い!
「ルルベル」
声をかけてきたチェリア嬢も女子なので、セーフ……。
「チェリア嬢、こんにちは」
「あなたの魔法、すごかったわ」
いきなり直球で褒められて、わたしはびっくりした。……えーと? どう返せばいいのか。
たぶんチェリア嬢は、感じたことをまっすぐ伝えてくれたんだろうから。わたしもそうするかぁ。
「チェリア嬢こそ。……とても速い魔法でしたね。それに、正確で」
聖属性だと主張してる相手に、あれはなんの魔法なんですか、とは訊けないし……このへんが妥協点だろう。
「うん。それは自信があったんだけど、ルルベルみたいにはできない」
「わたしみたい……ですか?」
「わたしの魔法は、光らないから」
そこ? 問題、そこなの? その話だったら、うちの竜にしてくれませんかね……いや、これは本竜には伝えられないな。絶対、調子に乗るから!
そう、王子の助言通り、ナクンバ様にはお留守番をお願いしたのだ。奇跡の手触りタオルを増量したところ、あっさり陥落した……ほんとにあのタオル好きね、ナクンバ様。気もちはわかるが。
「あれはその……ただの見栄えの問題で」
「見栄えなんて考えたことがなかった。さすが、長く聖女をやってるだけあるわね」
そこ? そこなの?
「聖女になって長いというほどでも……」
「見習って修練する。親衛隊との連携もすごかった。勉強になったよ」
真顔でうなずくチェリア嬢は、本来、真面目なひとなのかもしれない。
世界への関心が薄くて、自分の魔力の属性にも興味がなくても――魔物を退治するという一点については全力であたってるのだろうし。
「今度、親衛隊を貸してくれる?」
……真面目なんだろうけど、ゴーイング・マイウェイ過ぎるよね!
「それはちょっと」
「なんで? わたしも聖女なんだから、聖女の親衛隊は共有できるでしょ?」
チェリア嬢が来たところで一歩下がったアリアン嬢の方向から、信じられない、というささやきが聞こえた……いやシスコかな……まぁうん。
まぁうん、そうね! 信じられないね、でもチェリア嬢の中では筋が通ってるんだろうなぁ!
「つねに行動をともにしているからこその、連携ですから。あるじをすげ替えただけではうまくいきませんし、今ある連携が崩れる危険性もあります。チェリア嬢も、連携を訓練してくれる仲間を募集なされば?」
「なるほど、それもそうね。でも、リートほど優秀なのは、そうそういないんじゃない?」
リートが! 完全に取り入っている!
「うちの親衛隊長は、たしかに優秀ですが――」
わたしはリートをふり返った。ガン無視された。
おい、自分のやったことの責任は、自分でとってくれんか?
……しかたがないので、そのままつづける。
「――いろいろ、しがらみがあっての人事ですから。異動は難しいでしょう」
「そうなの? まぁいいわ、募集をかけるのは悪くない案ね。探してみる」
納得したらしく、チェリア嬢は元いた場所に戻って行くが……応募するひと、いるのかなぁ。まぁ、いないってことはないか……王太女殿下のバックアップもあるんだろうし。
ちょっと前にエルフ校長とあんな話をしたせいで、意識しちゃったんだけどさぁ。上位三チーム、すべて主力が女子生徒だよね。
……まぁ、うちのチームは特殊というか、主力を担ったわたしは地位を鑑みてやらざるを得なかっただけで、優秀だからってわけじゃない。でも、ほかのチームは違うし。
やっぱり、男女の実力差ってあんまりないんだろうなぁ。魔法という分野において、きちんとした教育を受けたなら――って条件はつくけどね。
教育の部分は魔法学園が担っているはずなのだが――国の偉いさんなんて、だいたい男性である。チャチャフの群れが印象深かった舞踏会で紹介されたお貴族様たちだって、役職に就いてるのは男性ばっかりだった。女性は「同行者」なのだ。なになに大臣であるなになに卿と、その妻……って感じよ。女性が当主をつとめてるトゥリアージェは、むちゃくちゃ特殊らしい。
ウフィネージュ様は、これからそこに割り込むわけで……大変そうだなぁ!
偉いおっさんに囲まれがちという点では、わたしも変わらんのだけど。そういう意味では戦友かぁ……。
「それでは、授与式をはじめます」
あまり見覚えのない生徒会役員の挨拶で、授与式スタート。
まずチェリア嬢が呼び出されて、ウフィネージュ様からお褒めの言葉と、記念にとハンカチが下賜された。次のアリアン嬢も同様、お言葉とハンカチの授与である。
「聖女ルルベル、前へ」
前に進み出ると、室内から拍手が湧いた。
ウフィネージュ様は、華やかな笑顔でわたしを讃え、次いで遺憾の意をあらわした。
「見事な魔法でした。……生徒会役員の不手際で迷惑をかけたこと、とても残念です」
ここでお詫びしますってならないのは、王族だからである。王族は簡単に謝るわけにはいかないんだそうだ。残念ですっていうのは、限りなく謝罪に近い表現のひとつらしい。
「わたしにできることをしたまでです。お褒めの言葉を賜り、恐悦至極に存じます」
カーテシーを披露しつつ、エーディリア様にチェックされてるだろうなぁ、って思う。
久しぶりに師匠の前で実行したので、こう……緊張するわ。王太女殿下の評価より、エーディリア様にどう思われるかの方が気になるのは、なんか間違ってる気がするけども。
「聖女ルルベルには、貴の標的におさめられていた宝石を授けます」
ウフィネージュ様が手をひらりと動かすと、後ろに控えていた女子生徒が前に出た。小さなクッション的なものを掲げていて、その上に……なんか……えっ、すっごい大粒の宝石なんだけど? えっ? 手でOKマークつくるときのあの親指とひとさし指のOの部分くらいの大きさじゃない?
なにこれ? ふざけてんの? びっくりどっきり冗談?
「いつか加工しようと思って買い求めてあった石なのだけど、最近、大ぶりの石はあまり流行じゃないでしょう?」
でしょう? と問われましても、知らんがな! えっ、そうなの?
わたしが引き攣りそうな顔になっているのに気づいているのかいないのか、いや絶対気づいてるだろうけど、とにかく! ウフィネージュ様は良い笑顔で言葉をつづけた。
「下賜品だからといって遠慮はせず、砕いて使ってかまわなくってよ」
「とんでもございません……」
ほかにどう返せというんだ!
わたしの胃がどんどん重たくなっていくのを知らぬげに、後ろから進み出たリートが如才なく宝石を受け取る。……受け取らないでほしいぃ。一択なのはわかってるけど!
「仕舞い込んでおくのも残念だから――ああ、もちろんわたしは仕舞い込んでいたんだけれども」
そういって、ウフィネージュ様はくすくす笑った。いつもの高貴さが薄れ、ヤバいくらい可愛い。……なんてことだ、ウフィネージュ様もギャップ萌えの使い手だったのか!
「いえ、殿下にいただいたものです。家宝にいたします」
「装身具に仕立ててほしいわ。次の舞踏会で、見せてね?」
返す言葉といったら、これしかないだろう。
「……御意に存じます」
「約束よ? 楽しみにしているわ」
そんな無邪気そうに、きゅるんっ! って顔で小首をかしげられても困ります……。中身があんなだと知っていても、可愛い。ヤバい。
その表情が消え、目線もはずれたので、下がっていいんだな……いいよな? いいことにしよう!
もう一回カーテシーを決めたが、動揺していたせいか若干ふらついてしまった。エーディリア様に叱られそうであるが、とにかく今は後方にまぎれたい。




