43 うすっ暗いパン屋より明るいパン屋の方が、よく売れる
えー、いきなりクリティカルなところを突いてきたなぁ。
「なんで、そんなこと訊くんですか?」
質問に質問で返したら、魔性先輩にも同じようにされた。
「なんで? 僕の方が知りたいな。魔王の眷属が目撃された話は聞いてるよね。君は実力を上回る成果を求められ、犠牲になりかねない立場なんだよ。なんで、そんな風に明るくしていられるの?」
「それは、明るくしてる方が楽だからですね」
すぱーんと打ち返すと、魔性先輩は眼をしばたたいた。
おっ、意外なところに返せたらしいぞ? やるじゃないか、わたし!
「楽、かな?」
「ものごとは明るい方を見たいです。そっちが慣れてるし、楽なんですよ」
魔性先輩は小さく笑った。
「魔王復活のどこに、明るい要素があるの?」
「それは明るくないですよ。でも、自分まで暗くなる必要なくないですか? むしろ、そういうときほど明るくしていたいです」
「君が必要とされるから、明るくできるってこと?」
「え、違います。必要とされる方は……まだ実感ないです。明るくできる方は、さっきいったみたいに、慣れてるっていうか……職業病なんです」
「職業病?」
はい、とわたしは胸を張って答えた。
「パン屋なんで! うすっ暗い顔つきのパン屋でパンを買いたい人って、いると思います? 明るいパン屋の方が、よく売れますよ!」
「職業病か……」
魔性先輩は、納得いかないという顔をしていた。まぁそうかもな。お貴族様にはわかるまい。だが、暗いパン屋より明るいパン屋。これは体感的事実だ!
それに、納得いかないっていえば、わたしだってそうだよ。
「それより、先輩のことが気になります」
「少しは僕のことを考えてくれるようになったんだね」
「先輩は、呼吸するように甘い言葉を吐くし、口説くし、褒めますよね。さっきみたいなトゲのあることをおっしゃるの、なんか意外です。なんで、あんなことを?」
先輩は黙ってわたしを見た。それから、机の上のボールを示した。
「ほとんど薄れてない。君の魔力は、減衰しづらいんだね」
「言動が明るいからですかね?」
「うん」
……うん!?
待って、冗談のつもりだったけどマジだったの!?
「君の魅力は聖属性だけじゃないね、ルルベル。その明るさも。心の強さもだ」
やっぱりマジじゃなさそうだ。びっくりさせないでほしい。あと、この流れは危険なやつだぞ。
「先輩、気をつけてください。誓約魔法のこと覚えてますか」
「大丈夫だよ、一方的に君の良さを語るだけだから」
それほんとに大丈夫?
でも魔性先輩は気にしなかった。まだわたしの魔力のキラキラをまとったままのボールを持ち上げ、真剣にみつめながら言葉をつづけた。
「聖属性って、数ある稀少属性の中でも特別じゃないか。世界を救える魔法だ。聖属性以外では、魔王には対抗できない」
ジェレンス先生は、戦ってみたいっておっしゃってましたけどね……と思ったけど、黙っておくことにした。わたしだって、たまには黙っておけるのである。
「そんな聖属性に選ばれるのは、どんな人物か――なんか、納得したな。君が聖属性ってさ」
「あまり良さを語られている気がしないのですが」
「そう? でも結局、属性はその人間に見合ったものだなって感じしない? 僕は色属性だし、君は聖属性だ。ジェレンス先生なんか、さまざまな属性に選ばれているけどね――その差はどこから来るのかなって、ずっと考えてる。解けない謎なんだ」
「先輩は、ご自分の属性にご不満がおありなんですか?」
……おっと、思いついたことが口からころがり出てしまった。やはり黙っておけなかった!
「気に入ってはいるよ。たまに――ほかの属性が発現していたら、どうなっていただろうとは想像する。でもそれは、魔法使いなら誰でも思うことじゃないかな」
答える言葉は、まるでボールにささやきかけているかのようだ――と、わたしの魔力の上から、魔性先輩カラーの魔力がボールを覆った。
ふたつの魔力がかさなって、ボールはきらきらとかがやく。
「綺麗ですね」
「うん。汚い色より、綺麗な色の方がいいよね」
「暗いパン屋より、明るいパン屋です」
「たしかに、そうだね」
魔性先輩も、なんらかの闇を抱えてるのかな。
……ほら。乙女ゲーム転生ものの定番じゃない? 攻略対象キャラはなにかこう、トラウマ的なものがあってさ。それをピンク髪の主人公ちゃんが、前世のゲーム知識を駆使して次々と溶かしていく流れ。
ただし、主人公ちゃんポジションのわたしはゲーム知識などないし、そもそもこの現実は乙女ゲームではない。よって、魔性先輩の心の傷なんて、わからない。
わかるのは、自分のことだけだ。
「……はじめの質問の答えなんですけど。求められてるのは魔王を封印できる力であって、わたしじゃない、っていうの」
「うん」
「そんなの、考えたことあるに決まってます」
ただ魔法学園に入学できただけ、じゃ済んでない。護衛がついたり、脱走の手引きを約束されたりするのは、聖属性ならではだろう。それは、わたしの魔法を原因とする対応だ。
「考えた結果、どう?」
「切り分けるから、おかしくなるんだと思います。聖属性が発現したのは、ほかの誰でもない。わたしでしょ? 聖属性だから親切にしてくれる……っていうけど、属性相手に親切もなにもないじゃないですか。結局、わたしに親切にしてくれるんですよ。だから、わたしはわたしです」
「ほかに有望な聖属性持ちが出たら、皆、離れていくかもしれないよ?」
「そのときは、そのときですし。ちょっとムカついたりはするかな。でも、それくらいは許されると思います!」
わたしの答えを聞いて、魔性先輩は眼を伏せた。いちいち艶っぽいの、マジですごい。逸材だよね、このひと。
「許されるだろうね、ムカついたりするくらいは」
「言質取れちゃいましたね。じゃあ、そのときはファビウス先輩にもムカついていいですね?」
魔性先輩は、手にしていたボールを高く投げ上げた――この部屋、天井もむちゃくちゃ高いのだ。上階まで吹き抜けになっていて、二階くらいの高さの壁際には通路がある。なんていうかこう、前世イメージでいえば、学校の体育館っぽい構造なのである。
ボールはその高い天井の近くまで上がると、くるくると回転しはじめた。まるでミラーボールだ。
えっなに、先輩なにやってるの?
「あれは……先輩が動かしてるんですよね?」
「そうだよ」
「とても綺麗ですね」
「切り離した魔力の操作は、僕の得意分野なんだ。君にも教える予定だよ。容易に近づけない場所に、君の魔力を必要とする場面もあるだろうからね」
「……そうですね」
聖属性が必要とされる――つまり、魔王や眷属との戦いだけど。前線に出て行くことができなくて、遠くからやります! みたいな場面もあるのかもなぁ。なるほど必要だわ……といったことを考えていると。
「僕は、君を見捨てたりはしないよ」
思わず魔性先輩を見ると、視線があった。
貴石のようにきらめく双眸が、あまりにも美しくて。言葉を失ってしまう。ていうか、常時笑顔のはずの先輩が真顔。マジで真顔! なんだろうこの迫力!
魔性先輩の手が動き、身動きできないわたしの頬にそっとふれた。いや、ふれてないかも。それくらいの距離感で、空気だけが動いた。
「君に、ムカつく男だと思われるのは――なんだか、嫌だしね」
「そ……そういう理由ですか!」
先輩は笑って、いつものようにわたしの手をとった。さっと指先にくちづける所作は、もはや流れる川のごとし。
「君は僕の忠誠を得たのかもしれないね、お姫様」
ちゅ……忠誠ですって? なんですかそれ! お姫様って誰!
硬直するわたしに笑みを見せてから、浮かんだボールに視線を向けて。魔性先輩は告げた。
「では姫。あのボールまで、魔力を伸ばしてみませんか。まず僕が導線を作るから、それに沿わせてみるといい」
あやしい雰囲気が吹っ飛んで、一瞬で特訓になった! よかった! ……よかったけど、えっ、あんな遠くまで?
「ずいぶん遠いですね……」
「できないとか無理だとか思わないようにね。魔法は可能性だ。君と聖属性が分かちがたいものだというなら、なおさら。君は自分の限界を拡張しなければならないんだよ。やればできる。やらなければできない。さあ、やろう」
魔性先輩の属性が、スパルタ先輩に変化した……。わたし、なんかボタン押しちゃった?




