429 うん、清々しいほど自己責任!
うちの国は、基本的に男尊女卑が罷り通っているといっていいだろう。
女は男に従って当然、ってやつだ。
王立魔法学園は、教育機関としては唯一の男女共学校である。ほかは男子校、女子校があるはずだけど、庶民には関係ないので詳しいことは知らない。
「あの……あまり考えたことなかったんですけど、学園卒業後の、女子生徒の進路って」
「昔は惨憺たるものでしたよ」
「い、今は……?」
「昔に比べれば、よくなったといっていいでしょうね。最近は、東国の影響もあります」
「東国……の、影響? ですか?」
「ええ」
エルフ校長の解説によると、東国は血統よりも実力主義に舵を切っているため、優秀なら女子でも採用する場面が増えているそうだ。
当初、我が国はそれを馬鹿にしていたらしい――あまり信じたくはないが、納得しちゃう自分がいる。「女などの手を借りて」「女にまで働かせるとは」みたいな感じで失笑してたといわれれば、そうね、と死んだ目になっちゃう。
そうね……うちの国って、そういう感じよ。
だけど実際、東国の技術はどんどん革新されて進歩がいちじるしく、必然、経済も潤ってくる。
技術力と経済力で顔をはたかれて、目が覚める者もいたらしい。
もちろん、目が覚めるどころか、より頑迷に現状を守ろうとする勢力も生まれるから厄介なわけだけど。
「一気呵成にとはいきませんが、少しずつでも意識改革を進めていかないと、東国の後塵を拝するばかりになってしまいますからね。それがわかる者は、ちゃんとあらためますよ」
わからない者もいるってことだろうな……と、どうしてもネガティヴな考えになっちゃうね。
そして、わたしは気がついた。
もしかして、伯爵令嬢たちの将来設計が曖昧だったり、なんだか諦めの感情が入ってるっぽいのって……そういうことなの? つまり、社会に出てもどうせ認められないから、無駄な夢は抱かないことにしようってやつ?
……せつないなぁ!
「あらためられると、いいですね」
「そうですね」
「でも、どうして女性ってそういう……その……仕事ができない、みたいな差別の対象になるんでしょう?」
「差別する側の意識にもよるので一概にはいえませんが、ひとつには、出産の問題があると思います」
「出産?」
「一般的に、出産は女性の身体に大きな負担となります。その前後、女性は仕事を休む必要がある――授乳期間も考えれば、相当な戦線離脱です。その空白を埋めるのが面倒だから、はじめから戦列に立たせない、という考えかたですね」
「わぁ」
そういえば、とわたしは前世の記憶を思いだした――医大の入試で、浪人生と女子生徒が不正に評価を低くされ、落とされていたという事件があったではないか、と。
そのあとしばらく、だって女医が妊娠で職場をはなれたら男がローテーションを埋めるんだぞ、しかたがないだろ、という理屈でゴネているひとを見かけたものだ。SNSで。
「でも、それだけじゃないですよね」
「そうですね。人間はとても社会性が高いですから、社会における自分の地位に敏感です」
「社会における、自分の地位?」
「ルルベルが聖女として崇められるのが嫌だと感じるのも、そういうことですよ」
「……なるほど」
すごい説得力あるな。そうか、社会における自分の地位が気になるから……って言葉にすると、なんか恥ずかしいけど!
「崇められたい者もいる、そうでもない者もいる。ですが、ほとんどの人間がほぼ共通して望むのは、『自分が最低の地位ではない』ことです。わかりやすくいえば『自分より下がいる』ことです」
……あああああー。わかりやす過ぎて、恥ずかしい!
「それで、男性より下に女性……?」
「そういうことだと思いますよ。僕が観察した限りではね」
「なぜ逆にならなかったんでしょう」
「男性の方が女性より体格が良く、腕力が強いからでしょうね」
みもふたも! ない!
「そういうことなんですか……」
「もちろん、魔法の力はあまり男女差がありませんが、どんな分野でも教育は重要です。そもそも『女には教育を授ける意味もない』として、女子には魔法の素質があっても放置していたとしたら、魔法の領域でも男女差は生じてしまいます」
「夢も希望もなくなりそうです」
「ルルベルには、聖女という仕事がありますからね。これは誰にも代替できない。つらいでしょうが、好機でもありますよ」
「好機……?」
「女性だって仕事ができることを示すための。特別視されるのが嫌なら、それを避けるのもいいでしょう。女性全体の地位向上を願うなら、むしろその方がいい」
「どうしてですか?」
「『聖女様は特別だから』で話を終わらせずに済むからです」
なるほど……。なるほどなぁ!
「でも、聖属性魔法使いって、どうしても特別なのでは」
「そうですね。女性だからという理由であなたを辞めさせる者がいない程度には、特別です」
「……特別だから、頑張らなきゃいけないんですね」
ほかの女子は、女子だからってだけで進路が閉ざされたりするんだもんな。
「では、頑張りましょうか」
「……はい」
今の会話で、むっちゃやる気が出た……とは、いわない。
だけど、責任感は生じたよね。自分のためだけじゃないんだな、って。聖女の仕事って基本的にそうだけど、今までと違うベクトルで責任がかかってきた気がする。
なんでわたしが聖女なのかなぁ……とは思うけど、その問いへの答えはこうだ――乙女ゲームっぽい世界に転生したいと口走ったからですね! うん、清々しいほど自己責任!
というわけで呪文の練習はつづいた。少しはよくなったけど、少しは、って感じだ。
でも、すでにマスターしている呪文なら平気なので、やはり不安が原因だろうとのこと。
授与式への不安と、まだ自分のものにできていない呪文への不安がミックスされて、心が波立ってしまうのでしょうね、とエルフ校長には分析された。
「極論すれば、呪文を唱えるとは世界に為り代わることです……って、校長先生が」
「なるほど……既存の魔法体系とはまったく違うものだね、いつも思うんだけど」
その夜。ファビウス先輩とのお茶会で、不調の詳細を聞き出されてしまったわけだが……ついでに、男女差別の話なんかもチラッと出ちゃったし……なんか、ファビウス先輩って傾聴能力高くない?
「自分の中の力を使うって感じは、まるでしないですね」
「心が波立つと使えないっていうなら、豪胆な者と相性がよさそうだ……でも、そんな単純な話じゃないんだろうな」
「え? 違うんですか?」
実はわたしも、ものに動じないタイプが向いてそう! と思ってた。身近な例でいえば、リートとかリートとかリートとかだな!
「たぶんね。僕が考えるところの話になるけど、共感力が必要になると思う」
「なぜでしょう?」
「世界に為り代わるというのに、他人事ではいられないだろう? だからだよ」
直感でしかないから、なんの確証もないけどね――と、ファビウス先輩はつぶやいて。それから、こうつづけた。
「単に原初の言語を発音できるだけで扱えるなら、エルフが人間を見捨てたあとでも、呪文の使い手は出てきたと思うんだ。だって、ある程度の資料は握っていたはずだからね。今でさえ、文法書や単語辞書があるんだよ。大暗黒期の前なら、呪文自体がしるされた書物だってあったはずだ」
「大暗黒期の前なら、ですよね」
「うん。そして大暗黒期の前であっても、偉業をなした魔法使いの事績は残っているんだ。記録はなくとも、社会の記憶として継承されている。昔話みたいなものになっていたりするけどね。でも、呪文を使う魔法使いの話って、なにか知ってる?」
ちょっと、考えてみた。
呪文を使う、強い魔法使いの昔話……? 聞いたことがないな。
「心当たりがないです」
「だよね? 僕も、呪文が廃れた話なんかは知ってるけど、廃れる前に活躍した魔法使いについては知らない。まったく聞いたことがないんだ。となると、呪文の文言自体が残っているだけでは継承されず、使い手が増えることはなかったと考えるべきだろう」
「……はい」
「君が今受けている、校長の――つまり、エルフによる指導が必要な条件のひとつであることは、間違いなさそうだけど。それ以上に、適性の問題もあるんじゃないかと思うんだよね。魔法の属性みたいなものとは別種だと仮定して推測をかさねると、共感能力の高さかな、って」




