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428 人間にとって、よくないと思うだけです

 その日の呪文の練習は、ダメ出しの連続だった。

 ととのってない、とエルフ校長に柳眉をひそめられてしまう。ととのっていないのは、気もちのことだ。つまり、自分がこう……波立ってるっていうか?


「今日はやめましょう……と、いいたいところですが」

「ですが?」

「どんな状況でも、ある程度の段階に持って来れるようにならないと、話になりませんから」


 話にならなかった!

 とはいえ、休憩は少し多めにとってくれた……やさしい。


「授与式とやらが、そんなに嫌なのですか?」


 エルフ校長は、心配してくれているようだ……やっぱり、やさしい。

 お菓子をつまみつつ、わたしは思う――最近、間食事情が充実し過ぎてて困る。体重計がないからわからないが、たぶんわたし……いや考えない。今考えるべきは、そこじゃない。


「えっと……授与式が、というより……目立つのが嫌なのかも?」


 もちろん、授与式は嫌だ。ウフィネージュ殿下の自腹宝石も恐ろしい。

 だけど、問題の根っこはたぶん、注目を浴びたくないって方だ。


「目立つ……ですか?」

「自分でもよくわからないんですけど、たぶん……。自分が聖女の看板に見合ってない気がする、というか。最近は、尊敬の眼差しで見られてると感じることが多くて」


 原因は明白だ。あの、会場を真っ白にする派手なパフォーマンスである。

 終わったところで魔力切れを起こして倒れるという醜態をさらしたわけだが……あれがどうも、第三者目線だと醜態に見えていなかったようなのだ。

 むしろ美談、みたいな?

 一命いちめいすくらいの勢いで、吸血鬼の血に対峙した、的な……。

 いやいや、あれは派手に見えただけで、なんてことはなくて! だいたい、吸血鬼本体ならともかく血だぞ、血! ただの血!

 わたしの認識では、ちょっとやり過ぎちゃった、てへぺろ……って場面だったのに。食事をともにするメンバーでさえ、あれはすごかったわと感心している始末。

 ……やっぱり、ナクンバ様の首に「我がやりました」って看板かけても許されるんじゃない、これ?


「なるほど。過大評価をされていると感じるのでしょうね」


 そう! それです! それそれ!


「はい。……そんなすごいものじゃないのに、って」

「僕自身は、ルルベルはこれ以上ないほど聖属性らしい聖属性の持ち主だと思っていますが……聖女という呼び名が重いんですね」

「慣れてきてると思ってたんですけどね」


 呼ばれるだけなら、よかったんだろうけどな。


「そうやって悩むのも、ルルベルらしいと思いますよ」

「らしい、ですか」

「ただ、その『らしさ』が見えていない、あるいは見る気がない者が多い。それは、人々が望む『聖女』には必要ないものですからね」

「聖女に望まれているものって、なんでしょう?」

「圧倒的な聖属性魔法の力と、安心感でしょうか」

「安心感……」


 その発想は、なかったな!

 あまり提供できてる気もしないな!


「皆、魔王の脅威について知ってはいますが、どこか他人事でしょう。自分の時代に起きるはずがない、昔のことは誇張されて伝わっているだけだと思っている者もいるはずです」

「……はい、そうですね」


 なにを隠そう、わたしだってそんなスタンスだったのだ。

 昔話って、ほら……。昔話じゃん!

 建国の話だって、なんか……ね? きっと、盛ってるんだろうなぁ〜、って! 思うじゃん。

 今は、自分が対処しなきゃいけない脅威として、けっこう身近に感じてるけど……でも、そうじゃなかったら? 対処するのはどこかの誰かだって、そう思ってたら?

 その「誰か」になりそうな人物が、学園内に存在してたら?

 そりゃ、他人事になるよね。


「もう少し危機感を覚えている者であっても、聖属性魔法使いがしっかり活躍してくれると信じたいのです。だから、それを信じさせてくれることを、聖女には欲するでしょう」

「……なんか変なことをいうようなんですけど」

「なんです?」

「聖女って響きがもう、特別じゃないですか。校長先生のお友だちでいらした、初代国王陛下は……男性の聖属性魔法使いでいらしたわけですけど、どう呼ばれていたんですか?」

「当初は、ふつうに名前で。魔王封印を終えて玉座についてからは、聖王、ですね」


 聖王。……聖女より特別な響きっぽいな。

 聖女呼びくらいで、めげている場合ではなかった!


「ですが、我が友もあまり持ち上げられるのは好んでいませんでしたよ。注目されることも」

「えっ。それって、国王という立場には向いてらっしゃらなかったのでは?」

「そうですね。ですが、ほかにまかせられる人物もいませんでしたし。君がハルちゃんと呼ばされているあの人物も、昔の王家の血筋を引いていましたが、あれは論外ですからね」

「論外?」

「面倒になると、時空を操作してしまうので」


 はいアウトー!

 いや、具体的になにがどうなるとかは知りたいけど知りたくないな! でも、強権発動が確実過ぎる大魔法使いが国のトップっていうのは、ヤバいでしょ。

 それにしても。


「ハルちゃんと呼ばされている、って……」


 ちょっと笑ってしまったが、エルフ校長は真顔で返してきた。


「彼女の名をあまり呼ばない約束をしているのでね。本人の前以外では」

「ああ、そうなんですか」

「存在自体を消したがっていましたから」


 それもどうなんだよと思うが、まぁねぇ。気もちはわかる、うん。最近、すっごいわかる。


「ハルちゃん様がいらしたら、たよりきりになってしまいそうです。なんでも……」

「そうですね」


 だから、姿を消したんだろうなぁ。

 お茶を飲みながら、わたしは考える――結局のところ、わたしの悩みなんて、たいしたことないな。もっとつらい立場だったりするひとが、世の中にはたくさんいるんだろう。ハルちゃん様だって、初代陛下だって、そうだ。

 役割が大きくて、重たいひとも。誰にも注目されない、社会の下層で暮らすひとも。

 それぞれが、自分の場所で頑張るしかないんだ。自分らしく。


「……うん、できるだけ気にしないように、頑張ります」

「ルルベルが頑張ることについては、僕は疑いを抱きません。むしろ、頑張り過ぎを心配するくらいで」

「それこそ過大評価ですよ、校長先生」

「そうならいいんですけどね」


 おだやかに微笑むエルフ校長だって、人一倍――いや、エルフ一倍? とにかく、苦労してるはずなのだ。


「最近、思うんです。校長先生がいてくださらなかったら、わたしの学園生活、もっと大変だったんだろうなぁ……って」

「ルルベルがそう思ってくれるのは、嬉しいですが……至らなさも感じます」

「至らなさ?」

「僕は、人間社会にいるべき存在ではありませんからね。本来、僕がいてもいなくても変わらない状況をつくるべきなのですから」

「人間社会にいるべきじゃないなんて、おっしゃらないでください」


 エルフ校長はたしかに、ちょっとその……人間じゃないが!


「ですが、そういうものですよ。僕はエルフであって、人間ではありません。人間の社会にエルフが必要とされるのは、あまりよくないでしょう――エルフにまかせておけばいいと認識されるのは、それこそ、聖女がいるならもう安心と考えてしまうのと似たようなもので」

「ご負担ですか?」

「いいえ。人間にとって、よくないと思うだけです」


 ……なるほど。

 今まででいちばん、エルフ校長ってエルフなんだと実感したかもしれん。


「進歩しないから?」

「そういうことですね。いろいろ改革などにも手をつけてみましたが、これらも本来、人間の中から自発的に出てきてほしかったと思うところはあります。僕がやってしまってよかったのか、と惑うことも」

「改革、ですか?」

「たとえば――この学園が男女共学なのは、創立時に僕が押し通したからですよ」

「……え」


 いわれてみれば、男女共学って、おかしいのである。

 この国の常識では、男女の仲ってホラ……ね? けっこう、距離があるべきとされていて、だから嫁入り前の娘の評判問題なんかも深刻だったりするのだ。

 わたしのような庶民でも、それなりの壁があるのである。上流階級は、さらなり……といったところだろう。

 なのに、我が国が誇るトップ教育機関である王立魔法学園は、男女共学。


 いわれてみれば、おかしいわ! おかしいと思わなかったこと自体がおかしいレベルで、おかしいわ!

 ……前世知識の悪役令嬢もの魔法学園設定に、完全に影響されてたわー!


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