427 恨みを買われて恩を売られるのか
翌日。
「ルルベル嬢」
校長室に向かう途中で声をかけられて、えっ、誰? ってなったのは。始業時間は過ぎていて、学生はもう教室で席に着いているべきだったから。
でもまぁ……顔を見たら納得だよね。
この国で、多少の無理は通せる存在――ローデンス王子だったから。
「殿下」
「ローデンス」
カーテシーを披露するわたしに、すかさずツッコミが入った。
ここだけはブレないよな、王子……。
「ローデンス様」
ご満足がいったのか、うむ、とうなずいてから。王子は、用件に入った。
「授与式の話をして来るようにと、いわれてね」
わぁ……避けたい話が飛び出したぁ!
「申しわけありません。わたしが教室にいないからですよね?」
「その通りだけど、謝られる筋合いではないかな。教室にいないといえば、僕もそうだから」
「え、殿下……じゃなかった、ローデンス様もですか?」
「ああ。特訓があるから」
あー……魔力制御の!
そういや、ジェレンス先生もそろそろ戻って来るって話だったなぁ。
「それにしても、君も懲りないな」
「はい?」
「ローデンス」
ああ、必ず殿下って口走っちゃう問題か。
そりゃね! 殿下は殿下だから殿下とお呼びしたいですよ。名前呼びだと、無駄に親密な感じするし。
「……ローデンス様は、その……大丈夫だったんですか?」
「大丈夫、とは?」
曇りないロイヤル・スマイルで問い返されると、これは、ふれてはならない話題なのかも……と。頭の片隅で、チラッと思わなくもなかったけど。
「ウフィネージュ様に、なにかこう……」
「ああ。例の競技にまともに参加しなかったばかりか、僕が贔屓されていることを明かしたから?」
わたしが言葉を濁したところを、ズバッと言語化されてしまった。
「はい……」
「その件は問題ないよ。むしろ、姉に味方してしまったかもしれないと思う」
えっ、なんで?
……と思ったのが、そのまま表情に出ていたのだろう。王子に、ロイヤル度が低めのスマイルをいただいてしまった――つまり、苦笑とか失笑とかそういう雰囲気のやつ。
わたしも聖女スマイルで受け流すのを目標にすべきなんだろうけど。身構えてないと、無理なんだよな。
「わからないか?」
「わかりません」
「チェリア嬢が一位を獲れなかったことが、目立たなくなった。これは、姉にとっては歓迎すべき展開だろう。あまり深く考えない生徒は、こう思っているはずだ――王子を勝たせるための企画だったのか、と。それも間違いではないが、姉の意向はそうではなかったから」
……そうか、王子贔屓と考えてしまうと、チェリア嬢への贔屓は目立たなくなっちゃうのか。
もともと、チェリア嬢の優秀さをアピールするのが狙いだったんだから、王子贔屓は役員の行き過ぎた忖度で、ついでに実行されたんだろうけど。
「だけど、生徒会の公正さが疑われることになってしまって」
「だが、ウフィネージュ殿下はお忙しくて、今回の件にはかかわっておられなかった、という話が広まっている。実際、それも嘘ではないしな」
たしかに……。
ってことはだよ? 悪いのは生徒会の一部の生徒で、王子を勝たせようとして失敗した。王太女殿下はかかわっていない、むしろ被害者……って思われちゃうの?
どれもこれも、一定の事実を含んではいる……けど、真実からは遠そうだなぁ。
「それでも、意に染まないことをなさったわけですから」
「無論、褒められたりはしないよ。だが、心配には及ばない。姉には、ほかに気にしなければならないことが、たくさんある」
さらっといわれたけど、それもどうなんだって感じだよね……。
だって、弟の言動なんてどうでもいいって意味じゃん。
実際、ウフィネージュ様がどう思ってるのかはわからない。けど、王子はそう思ってるってことだよね。ウフィネージュ様にとって、自分なんて大した存在じゃない、って。
「わたしには弟がいるんです」
「そうなのか」
「はい。弟って生意気だし、ふだんは口喧嘩ばっかりしてますけど、でも、根っこのところでは信頼してるんですよね」
王子は、少し皮肉な口調で尋ねた。
「我が姉上も、弟のことを気にかけているに違いない、とでも?」
「ああいえ、そうじゃなくて……王族のかたと庶民では、家族の関係も違いますよね。だって、わたしが住んでいた家なんて、すごく狭いんですよ」
「狭い?」
「はい。ほんとに狭いです。店舗の部分を除いたら……学園のどの部屋より小さいですね。そんな狭い空間で毎日顔をつきあわせていたら、嫌でも関係は深くなります。だから、同じ姉と弟の関係でも、ぜんぜん距離感が違うんだろうなぁって……そう思ったんです」
「なるほど、距離感か」
「とくに、なにかをお伝えしたかったわけじゃなくて……思ったことが口から出ちゃっただけです。すみません」
表情を取り繕えていないばかりか! 口もコントロールができていない!
「……ルルベル嬢は、面白いな」
「平民ですからね」
魔法学園の「おもしれー女」枠としてなら、堂々一位になれる自信があるよ!
常識が違う世界の住人だからね。
「平民か……ところで平民にとって、宝石はどれくらいの価値がある?」
「畏れ多くて気軽にさわれない程度の価値ですね」
「畏れ多いか」
「畏れ多いです。なんていうか……身の丈に合っていないというか」
「そうか」
王子は少し心配そうな表情を見せた。
……おっ? これは宝石の授与をナシにしてもらえる流れ?
「慣れるしかないな」
その流れじゃなかった!
「角を立てずに辞退できないですか?」
「辞退? なぜ辞退する。畏れ多いから?」
ウフィネージュ殿下のポケット・マネーから出てきた「提供する予定がなかった宝石」をもらうのが怖いんですが! 恨みを買いそうで!
「そうです」
「諦めた方がいい。姉は、自分の印象をよくするためにも、ここで必要経費を支払っておきたいと考えているはずだ」
「必要経費……」
ちなみにその宝石って、おいくら……いや知らない方がいい。考えない方がいい! 絶対!
「当面は、ルルベル嬢の健闘を讃えるのが得策だと考えているだろう。穢れの浄化も含め、実力は疑うべくもない――ルルベル嬢は、つながりを強調しつつ、恩を売っておきたい存在になった。そこで、恩賞だ」
恨みを買われて恩を売られるのか。嫌だぁ……。
「避けようがないんですね」
「もしルルベル嬢が固辞すると、聖女様はなんて高潔なかただという評価につながるが、姉はその高潔なかたの心を掴めなかったとされてしまう。なんとしても受け取らせるだろう」
「はぁ……」
「諦めろ。そして、慣れた方がいい。宝石を持ってくる人間など、これからいくらでも出てくる」
嫌な予言キタワァ! 妙に現実味あるところが、さらに嫌!
「宝石をもらえるなんて、喜ぶべきところなんでしょうけど……」
「それこそ平民なら、宝石を下賜されれば喜ぶに違いないと思っていたが。そうでもないのだな」
王子の発言に、わたしは少し焦った。
平民が宝石を下賜される機会をつぶしてしまうのでは? と気づいたからだ。
「ふ……ふつうは喜ぶと思いますよ!」
「ルルベル嬢は、ふつうではない? ……ああ、さすが聖女様といったところなのかな」
「いや、そんなわけではないんですが、つまりその……」
「畏れ多い」
「はい」
にっこりと隙のないロイヤル・スマイルを披露しながら、王子は言葉をつづけた。
「授与式だが、明後日、生徒会室でおこなう」
「生徒会室……じゃあ、観覧者がいるとか、そういう感じではないんですね」
「そうだね。一位から三位の班と、生徒会役員――ああ、それから臨時役員がいるだけだ」
だったらなんとか、こう……宝石は「もらったこと」にして、実はもらわずに済ませるなんていう荒技も……使えたりしないかな……。
「学内新聞の取材も来る予定だ。身だしなみはととのえて来た方がいい。もちろん制服着用ではあるが――ああ、装身具は控えめに。その腕輪などは、目立つから控えた方がいいと思う」
「え、なんでですか?」
「宝石が目立たないからだよ、ルルベル嬢。では、互いに頑張ろう」
そう告げて、王子は去って行った。爽やかに。




