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426 わたしが戦闘民族であるかのごとき評価を!

 遅れて来たファビウス先輩は、食事はほとんど取らなかった。ほぼ、わたしを研究室に連れ帰るために来たといっても過言ではないくらいなので……忙しいんだろうなぁ。


「ファビウス様、ちゃんと食事なさってます?」

「食べないとルルベルに叱られるからね。……でも、たまに叱られるのもいいかな?」


 君になら、と微笑むファビウス先輩、通常営業の過剰披露――食堂中の女子生徒、いや少なからぬ男子生徒までノックアウトしてのけた。すごい。


「変なことを訊くかもしれませんが」

「いいよ。なんでも訊いて?」

「……ファビウス様は、視線が集まっても疲れませんか?」


 この質問をしたときには、もう外に出ている。研究室までの道のりは、ちょっとしたお散歩コースみたいなものだ。

 気温はかなり下がっているので、制服の上にマントを羽織らせてもらって――もちろん、ファビウス先輩が着せ掛けてくださるのだが、こういう動きに慣れつつある自分が怖いよね。

 このマントがまた、羽のように軽くてさぁ! 比喩表現じゃなく! でもあったかい……庶民には無縁の素材であることはわかるが、具体的になんなのかは不明だ。


「僕に興味を持ってくれるのは、嬉しいな」

「わりと真面目に訊いてるんですが」

「真面目に答えてるよ。……そうだね、そんなに疲れないよ。慣れなんじゃないかな? あとは、性格もあるかも。僕は、注目を浴びたら楽しむことにしてるから」


 なるほどな……。流れるようにファンサ――あれを「ファンサ」と呼んでいいのかは不明だけど、なんかそういう感じなんだよな――できる存在、精神の構造が違いそう。


「真似できそうにないです……」


 思わずこぼすと、ファビウス先輩は少し笑って、後ろから来る親衛隊たちをちらりと見た。


「ちょっと雑談しながら遠回りするよ。危険がない範囲で距離をとって」

「了解」


 雑談しながら遠回り? って、どゆこと?

 疑問でいっぱいのわたしに、ファビウス先輩は笑顔で告げた。


「気分転換が必要そうだからね。温室でも見に行こう。大きくて本格的なやつ」


 なるほど。お気遣いいただき恐縮です!


「そういえば、研究所の方には大きな温室があるんでしたね?」

「うん。気散じには悪くない場所なんだ。なにより、あたたかいしね。今の季節には、ぴったりだよ」


 そういって、ファビウス先輩は足を向ける方向を変えた。

 ……今のちょっとした会話だけでも、なんだか気分がふわふわして、楽になったかも。


「ファビウス様って、すごいですね」


 わたしがつぶやくと、ファビウス先輩は少しおどろいたような顔をして、それから微笑んだ。


「君に感心してもらえるように、いつも努力してるからね」

「そうなんですか?」

「涙ぐましい努力の数々を並べたら、もっと好きになってもらえるかな」

「す……」


 あのその「す」でスタートして「き」で終了する二文字の言葉は、わたしには難易度高いですが、ファビウス先輩はぜんっぜん平気そうですね……。

 人間としての練度が違うわぁ。


「そうやって赤くなるの、すごく可愛い」

「……もう!」

「いいね、その『もう』も、最高だよ」

「ファビウス様! ふざけないでください」

「ふざけるのをやめるの? 真顔で口説くことになるんだけど」


 いや違ういや違ういや違う!

 やめるのは、ふざける方じゃない! 口説く方! でも口説くって言葉もなんかこう!


「……そういう意味じゃないって、わかってますよね?」

「やっぱり悪くないかも」

「なにがですか」

「叱られるの。君になら……そうやって叱ってもらうのも、悪くないな」


 曇りのない笑顔でいわんでくれー! 心臓に負荷がかかるから!


「ファビウス様、ほんとに」

「わかったわかった。ちゃんと真面目にエスコートするから、機嫌直して? そうだ、今日はまた新しい菓子を手に入れたんだ。シェリリア殿下からの届け物でね――ああそうだ、思いだしちゃったな」

「なにをです?」

「ほら、殿下が君の絵を描きたいって。殿下にお時間ができたら、呼ばれそうだなぁ」


 ……そんなことが……あったような……なかったような……?


「あれって、本気の話だったんですか?」


「殿下がお忘れにならない限りは、呼ばれたら行くつもりでいてね」


 お忘れになっていただきたい! 可及的すみやかに、跡形もなく忘れていただきたい!


「いつのまにか、呼ばれてる……なんてことは、ないですよね? 留守のあいだに、ご連絡が来てたりとか……」


 つい最近まで突如として西国ノーレタリアに行ったりしてたしな! この世界にはスマホもなければ留守電もないので、連絡が行き違って絶望的な事態が発生するおそれがある。怖い。


「大丈夫だよ。僕を通してくれるようお願いしてあるからね」


 留守番電話ならぬ、留守番ファビウス先輩がセットされていた……いや畏れ多いな!


「お忙しいんですか? シェリリア殿下」

「詳しくは知らないけど、各国の貴族との交流とか……最近は、慈善活動にも力を入れてらっしゃるよ」

「そうなんですか」

「庶民人気ってものも稼いでいこうって方針なんじゃないかな。君と出会って殿下が変わったところがあるとすれば、たぶん、平民の存在が視界に入ったことだと思うよ」


 ……平民は存在しないも同然だったんだな、シェリリア殿下の世界では。すると、平民代表みたいなものか、わたしって。

 いやいやいや、それもなんか! 荷が重いわ!

 こっそり動揺していると、額を指で押された。


「えっ……。えっ?」

「そんな顔しないで。難しいこと考える時間じゃないよ、今は。ほら着いた」


 ファビウス先輩が案内してくれた温室は、すっごい大きかった。

 さすがに、ノーランディア侯爵家の温室には負けるかもだけど……侯爵家の温室って、ほぼ、豪勢なパーティー会場みたいな作りだったよね。実際、そういう用途のために建てられたものだと思う。

 ほら、うちの国って寒いから……温室って、あったかいってだけで価値がある。庶民にはまったく縁がないものだけど、だから、富裕層にとっては望ましい贅沢であり、当然、社交の場としても重宝されるのだ。

 もちろん、あんな規模の温室を維持するのは、超富裕層であるノーランディア侯爵家だから可能なこと、だと思う。


 研究所の温室は、もっと実用的だ。学術目的だから、侯爵家の温室とは方向性がまったく違う。

 見たこともないような植物は当然として、あたたかい土地の虫や鳥なんかのケージもある。豪奢な装飾や、目をみはるような凝ったデザインはないけど、育てられている生き物の質と量は素人目にも尋常ではないものだった。

 ファビウス先輩が話していたように、こんな季節なのに花々が咲き乱れ、何種類ものベリーがたわわに実り、あちこちから甘い香りがただよってくる。

 なんというか……ちょっと詰め込み過ぎた楽園みたいな感じ? って感想を漏らしたら、ファビウス先輩には面白がられちゃったけど。


「なかなか楽しい場所だったろう?」

「はい! なんかもう……想像以上でした」


 いやまぁ……想像もできなかった、という方が正確かもしれないけども。

 下世話な感想としては、研究所ってお金あるんだなー! とか……さすがにこれは口にはできなかった。


「これだけ集めても、まだ世界中の植物があるわけじゃないんだよね」

「そうですね……そう考えると、世界ってすごいですね」

「……そうだね」


 あと、ファビウス先輩もすごいなって、やっぱり思ってしまう。

 食堂を出たときの、お腹の底がギュッとなるような気分は、どこへやら。今はもう、なにかあったっけ? くらいの感覚だ。


「ルルベル」

「はい?」

「僕はいつだって君の盾になる――もし、それが必要だと思ってもらえるならね」


 でも、とファビウス先輩は微笑んでわたしを見下ろす。


「君はきっと、陰に隠れてはいられない」

「そんなことは……」

「自覚がないの? それは由々《ゆゆ》しき問題だな。そうなんだよ、君は。だからね――」


 ファビウス先輩はそこで言葉を切り、少し考えるようにしてから。ゆっくりと、こう告げた。


「――君がどこで誰と戦うにしても、必ず支えるから。僕がいるってことを、覚えてて」


 そ……そんな美しい顔でせつなげに、わたしが戦闘民族であるかのごとき評価を! いただきましても!


火曜日の更新は、お休みになるんじゃないかなぁと思います。

ほんと、お休みが多くてすみません。

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