425 「我がやりました」って看板かけたい
しょんもりしていても、お腹は減る。食事の時間も来る。
お昼は職員席で、魔力切れが肝臓におよぼす影響について、ウィブル先生が滔々《とうとう》と語るのを拝聴しながら……。警戒されてるね? そんな心配しなくても、不可抗力以外ではなりませんて。
……不可じゃなくするよう気を配れって、話なんだけども。
まぁ昼はそうだが、夜ごはんは食堂の、ふつうの席だ。
注目を浴びつつ移動して、こっちよ、と手をふるシデロア嬢に笑顔で応え――着席。
ファビウス先輩は来ていないけど、いつもの面々は揃っている。伯爵令嬢たちに、シスコ、リラ。なんか……ほっとするぅ。
どんなに視線が来ても、友人に囲まれているこの状況なら……耐えられるはず……!
「昨日は素晴らしかったわ、ルルベル。早くお祝いを伝えたかったのだけれど……先生が面会禁止っておっしゃって。よほど具合が悪かったのかって、皆で心配していたのよ?」
「ううん、全然平気。ただの魔力切れ」
「まぁルルベル! それは辛かったでしょう……」
シデロア嬢が、わたしの手を握る。ああ〜、お嬢様の手って、すべすべやわらかだね! わたしもずいぶん手がやわらかくなったと思うけど、やはり労働者階級の手とはレベルが違うわぁ。
うっとりしていると、反対側からアリアン嬢に問われた。
「魔力切れを起こすほど、深刻だったの? あの、穢れた血の対処」
「え? いや、えっと……午前中の特訓とかで魔力がけっこう減ってて、そのせいだと思う」
「そう? あんな光、見たことがなかったから」
「ああ……」
竜の首に「我がやりました」って看板かけたい。
しかし、そうもできない――しかたなく、曖昧な笑顔を浮かべて答える。
「心配かけちゃったみたいで、ごめんね。あれは、リートの発案だったんだ。派手に見せたい、って」
嘘はついていない。むしろ真実である。
もちろん着席即飲むように食べはじめていたリートは、口の中のものをスムーズに飲み込むと、真顔で答えた。
「完全な勝利をお望みだったようですからね、皆様が」
半端に猫をかぶっている上、責任転嫁もはなはだしい……。
でも、シデロア嬢は気にしないようだ。
「そうね。望み通りになったわ」
……ということは、ワン・ツー・フィニッシュ決まったのか、我がクラス。
結果は気にしてなかったというか、それどころじゃなかったので今知ったよ! リートやナヴァトも、わたしが勝負にこだわってないことは知ってるから、言及しなかったんだろう。訊けば教えてくれたんだろうけど……訊かなかったもんなぁ。
ま、シデロア嬢が喜んでくれてるなら、それでいいわ……なんて思っていると。
「授与式があるそうよ」
アリアン嬢がクールに告げた。
「え、なんの?」
「宝石よ」
だって、アリアン嬢のチームは宝石には届いてな――って! まさか!
「気がついていなかったの? ルルベル」
「無欲ね……さすが聖女様だわ」
わたしの笑顔が引き攣っていたとしても、許していただきたい。
だってそんな、ウフィネージュ様の自腹宝石……わぁぁ、恨まれるぅ!
「辞退することはできないかな?」
「可能ではあると思うけど――賢明ではないわね」
アリアン嬢、クールに断言しないでくださらない?
「な、なんで?」
「王太女殿下の面子をつぶさないように辞退するには、適切な口実が必要よ」
「平民には不似合いです、でどう?」
「平民である以前に、あなたは聖女なのだから」
「じゃあもう聖女に宝石は不要です、で……」
シデロア嬢が吹き出した。
「ルルベルったら、どうしてそんなに辞退したいの?」
「高価なものをいただく理由がないから……かな? ほら、わたしって商売人の家で育ったから。損得勘定に敏感っていうか……理由もなく高価なものを手に入れると、見返りになにを求められるか怖くなって落ち着かないっていうか……」
これもべつに、嘘じゃないというか、マジでそう。
「理由はあるでしょう? 優秀な結果を出したのだから、褒賞よ」
……いやいやいや。ここまでの結果を出すことは、ウフィネージュ様はお望みじゃなかったと思うんですよね?
そこなんですよ、問題は! そこ!
もちろん、ご褒美はくださるだろう。だって、くれてやるって公知しちゃったもんね。
でも、くれたくてくれるわけじゃ! ないじゃん! 絶対に!
「それにしても、見事だったわ。あの紙を破かずに、なんて。あれは、どうやったの?」
わたしがゴニョゴニョしてるあいだに、話は元に戻った。
アリアン嬢は、マジで興味津々って顔である。
「えっと……わたしの魔力で標的を包んだの。難しい操作はできないけど、魔力を出すだけなら遠隔でも可能だし……そのあと移動させるのはナヴァトにたのんで、中身の保持なんかはリートの担当。分業だよ」
「ナヴァト様の魔力操作は凄まじい精度だったわね。紙吹雪は障害にならなかった?」
「わたしは平気。標的は視認してたから、あんまり関係なかったかな。もとは魔力感知が得意じゃなかったのが、幸いしたのかも。無意識に、視覚にたよっちゃうんだよね」
本来、それは良いことじゃないと思う。
だけど、良くも悪くもわたしはそう育っちゃったし、今のところ、その習慣を拭い去れてはいない。魔力感知が得意になっても、まず目で見ちゃうのだ。
だから、魔力感知が得意なエリート生徒の皆さんよりも、紙吹雪の影響は少なかったんじゃないかなー……と、自分では思っている。まぁ、気もち悪くはあったけど。
「あれは大変だったわよね。観覧してるだけでも、めまいを感じたわ」
シデロア嬢が、ねぇ? とリラに話をふった。リラは少しあわあわしたけど、すぐ立ち直り、うん、と首を縦にふる。
「気もち、悪くなっちゃって。ちょっと会場から出たりした……あっ、でもここの皆のは、ちゃんと見たよ! 応援したかったから」
シデロア嬢が、ふふっと笑った。
「そうね。わたしたち、応援は頑張ったわよね?」
……おっ? シデロア嬢とリラの心の距離、ちょっと近くなってるんじゃない? 出場しない同士で、仲良くなったのかも。
なんか嬉しいな。
「わたしたちも頑張ったよね?」
アリアン嬢とシスコを見ながらそう問うと、ふたりはうなずいた。
「かなりの学びを得たわ。誰かに合わせることの困難さと、それがうまくいったときの達成感。これを実感させてくれたことについては、生徒会に感謝したいわね」
「わたしは……あんな大きな渦を作るの、はじめてだったし、怖かった。紙だし、動かすのは容易なはずだって、ふたりに説得してもらえなければ――自分だけじゃ諦めてたかもしれない」
「そんなことないでしょう、シスコ。あなたは、やると決めたらやり遂げるひとよ」
……おお! アリアン嬢の中でのシスコの評価が爆上がりしてるじゃん!
そうよ、わたしのシスコはすごいんだから! 世間の評価がやっとシスコに追いついた!
「合わせるという意味では、ルルベルたち、ほんとうにすごかったわね……」
しみじみとシデロア嬢にいわれて、そうかな? と首をかしげてしまう。
そうなのかな。そうかも。大した打ち合わせもないぶっつけ本番で、魔力の受け渡しとか……うまくいったんだもんな。
「わたしは大したことしてないけど、ナヴァトはすごかったと思う。他人の魔力を動かすのって、大変じゃない?」
「そもそも、魔力を動かすという感覚がよくわからないわ――あんなに物理干渉力が高い魔力、見たことがないもの。『奪われた魔法』の著者が聞いたら、どんなに奇想天外な話を考えようとも、現実はすぐに追い越してくるんだと嘆くでしょうね」
『奪われた魔法』とは、シスコとアリアン嬢、それにファビウス先輩も読んでるらしい、面白そうな小説のシリーズだ。わたしも読みたいとは思ってるんだけど、ぜんぜん時間がとれなくて読めてない。
「物理干渉の話が出てくるの?」
「出てくるのよ。ね?」
話をふられたシスコが、熱心にうなずく。
「たしかに……ルルベルの魔法を知ったなら、小説の筋より大胆だと思われそう」
「トランディスあたりに、いわせるんじゃないかしら? 『現実はつねに想像を凌駕するものさ』って」
現実はつねに想像を凌駕する――そのキャラの決め台詞なんだろうけど、全力で同意したいね……。わたしの現実、だいたい想像もつかない方向へカッ飛んでくから!




