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424 ほかにも得意なことがあるぞ

 わたしの権威は強化されてしまった。

 いやマジで。

 標的の中身が吸血鬼の血で満たされていたことをね……仕掛けた本人が白状したんだってさ。皆の前で。

 エルフ校長が調査に赴いたってのは、ウィブル先生の話通りだったんだけど。

 例の魔道具をひけらかしつつ、これを使って真実を明るみに出してもいいですが、使用回数が減るので――やっぱり! やっぱりそういうやつだ!――よからぬことをやらかした張本人に賠償してもらうことになりますね、って。ものすごく貴重なもので、間違いなく家が傾く金額を請求することになりますし、犯人への請求を決して諦めないという誓約魔法も準備しているので、これに署名して魔道具を発動させたら後戻りできませんが、いいですか? と、やったそうだ。


 よくねぇーだろ!


 もちろん、よくなかった。泣きながら白状したのは、例の司会進行役の生徒だったらしいけど……単独犯ではなかったとのこと。つまり、今回の実行運営チーム全体のたくらみだったらしいんだよ。

 リートにいわせると、無能な味方に足を引っ張られる王太女殿下、実に胸がすく展開だな……って、違うだろ!

 胸がすくというのは! こういう場面で使う表現であってほしくない!


 まぁその場で告白したから、皆が聞いちゃったわけよ。参加者も、観覧者も。

 光ったのも君らの仕掛けですかってエルフ校長が確認したら、それは全然、自分たちもびっくりしました、あれは聖女様のお力だと思います……ってさ!

 一同、大いに感じ入り――さすが聖女様、吸血鬼の穢れた血に反応して光ったんだ! 中身がわからなくても、魔力自体が反応したんだ! って話にね……勝手に、なってるんだよね。

 学園内を歩くだけで、尊敬と畏怖の眼差しがすごいよ。今までとはレベチってやつだよ。

 わたしは主張したい! 勘違いだ! と。

 聖女様のお力じゃ! ねぇーんだよ!


「でも、公表できないじゃん……竜がやりました、なんて」


 無理じゃん。竜が勝手にチェリア嬢に張り合って、見栄えを派手にしました――なんてもう、意味不明じゃん!

 机に突っ伏しているわたしの背後から、リートが冷静に指摘する。


「やったもなにも、竜の存在自体が機密事項だ」

「それもある」

「それもある、じゃない。まずそこを考えろ」

「わかってるよ……」


 ナクンバ竜は静かである。やらかした、とは思っているらしい。たいへん結構なことだ。

 反省して、今後に活かしてもらいたい。


「王太女殿下は、さぞ苛立ってらっしゃるだろうな。チェリアを盛り立てるはずが、……ふ、はは!」


 そこ! 楽しそうにしない!


「聖女様は、お気になさることありませんよ。ふだん通りに、なさったのです。そして、そのふだん通りがようやく評価されているだけなのです」


 ナヴァト忍者が慰めようとしているが、それはちょっと違う。


「脚色された派手さが評価されてるんだよ?」

「我は悪くない」


 すかさず、ナクンバ様が声をあげた。……逆効果だっつーの!


「ナクンバ様は反省してください」

「我はリートの意見を取り入れただけだ」

「……なんですか、それ」

「圧倒的な力を見せつけたい、と話しておったではないか。魔属性の標的でなにかできると望ましい、とか」


 ……ああー! あーあーあー!

 たしかに、そんなことぬかしてたわ! 王子の宣言のあとだろ、いってたわ! あれかぁ。


「わたしは見せつけたいとは思ってなかったんですよ……」

「聖女様、見た目がどれだけ派手でも、実績をともなっていなければ評価はされませんよ」

「その通りだ。あの量の穢れた血を完全に消し去ったんだからな」


 実行犯の完全証言がとれてしまったので、血の量も明確である。マジで、標的いっぱいだったそうだ。たっぷんたっぷん。

 ハルちゃん様の魔道具すごい。こうかはばつぐんだ! ……使わなくても効果がある時点で怖い。というか、エルフ校長の運用が強過ぎる。

 研究員は解雇、学生は謹慎処分とのこと。怖い……生徒会に所属するってことは、上位貴族の皆さんでしょう?


「わたし、恨みを買ってるんじゃない?」


 へんじがない。……ただのしかばねのようだ。

 わたしはガバッと起き上がり、椅子の背に手をかけ、ふり向いた。

 親衛隊のふたりは顔を見合わせ、まずリートが口を開いた。


「君は正しいことをした。なにも問題ない」

「恨まれてるよね?」

「そんなことは本人にしかわからん。俺にどう答えてほしいんだ」


 どう答えてほしいのか?

 気休めでいいから、大丈夫って断言してほしいのかな……。うーん。


「大丈夫です、聖女様。なにがあっても、俺たちがお守りします」


 ナヴァト忍者がキリッと宣言してくれたが、わたしの気もちは晴れなかった――大丈夫という言葉がほしいわけでもないらしい。

 なにがあっても守ってくれるってところは疑ってないけども。


「……誰かに嫌われるのって、嫌だよね。恨まれるなんて、なおさらだよ」

「君がどうこうできる筋合いの話じゃない。それに、恨むとしたら逆恨みというやつだ」

「そうですよ」

「なにがあっても我が焼き払うぞ」

「……ナクンバ様は反省してください」

「反省するのは君だ、ルルベル」


 リートに偉そうにいわれるのって、カチンと来るよね!


「どういうことよ?」

「他者からの好感度をなんとかできると勘違いしていないか?」

「そんなこと、思ってないよ」

「いや、思っている。君は接客業が長く、相手に嫌われないことが必要だった。好かれるための技術も学んだだろう。だから、好かれていないと落ち着かない。対策しようとしてしまう気もちが強いんだろう。だが、今の君は小売店の店員ではない。聖女だ。聖女も好かれるに越したことはないが、そんなものは二の次だ。わきまえろ」

「わきまえろ、って……」

「聖女に課されている責務は、魔と対峙し、滅ぼすことだ。それより重要なことがあるか?」


 返す言葉がないとは、このことだ。

 硬直してしまったわたしに、リートは畳み掛ける。


「君は、そのつとめを果たした。吸血鬼の血を、完全に浄化したんだからな。それがすべてだ。君の存在意義であり、価値でもある。なにも問題はない。恨むとしたら、恨む側が悪い」


 はい正論!

 わたしはまた、机に突っ伏した。……もう嫌だ、こんな生活。


「……聖属性魔法使いが必要なのは、わかってる。わたしにしかできないことは、ちゃんとやるよ。でも、ちょっと放っておいてくれない? 校長先生が戻ってくるまで、ひとりになりたい。ここなら安全でしょ」


 少し間を置いて、リートが答える。


「わかった。俺たちは廊下にいる。忘れてはいないと思うが――」

「なによ?」

「――この部屋でなにかが起きても、俺たちの魔法では窺い知ることができない。万が一、なにかあったら腕輪を使え。それでファビウスが気づくか、最悪でも反転魔法が使える。もちろん、校長の紙も有効だ。持っていればな」


 ……忘れてはいなかったけど、忘れてたわ。さんきゅーリート。


「わかった」

「……では失礼します、聖女様」


 リートは無言で、ナヴァト忍者は挨拶をして出て行った。

 扉が閉まるのと同時に、わたしは大きく息を吐いた。

 はぁ〜……なんでこうなっちゃうのかなぁ。


 ちなみに、今いるのは校長室だ。

 エルフ校長、今回の件で奔走してるので……呪文の特訓のための時間すら削らざるを得なくなったらしく、待っていてくださいねと圧強めの念押しをして、離席しちゃったのである。

 当然、突っ伏しているのは芸術的な机だ。表面にほどこされた象嵌細工は、素晴らしいのひとことに尽きる。いろんな種類の木の色を生かしたグラデーション、木目さえデザインに取り込んだ意匠! ふだんなら、突っ伏すなんてできない。

 でも、今日のわたしはもうね。無理よ。

 だって、ここに来る途中ですれ違った生徒の皆さん、例外なくこう……崇拝の眼差しなんだよ。


 注目を集めるのは、さすがに慣れた。

 嫉妬の視線については、もはや意識さえしなくなった――ファビウス先輩が食堂での夕食に同席するようになったから、そりゃもうね! 羨望の的でございましたのよ!

 だけど、崇拝されるのはさぁ……なんか違う。

 うまくいえないけど、重いっていうか?


「ルルベル」

「燃やさないでくださいね、ナクンバ様」

「我は燃やすのも得意だがな、ほかにも得意なことがあるぞ」

「なんですか」

「ルルベルが望むなら、この背に乗せて飛んでやるぞ。どこまでも遠くへ」


 わたしは腕輪の竜をそっと撫でた。


「うん。覚えておきますね」


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