423 ルルベルの権威は強化された
もう大丈夫だから、わたしも様子を見に行きたい! という主張は、ナヴァト忍者に無言で却下された。
いやもう、リートかよっていう目つきで見られちゃったよね……あれは、愚か者を見る目だ!
しかたなく、保健室で待つこと暫し。
やがて戻って来たウィブル先生は、ひとりではなかった。
「……校長先生!」
「ルルベル、大変でしたね……もう平気なのですか?」
「はい」
気遣わしげに声をかけられると恐縮せざるを得ないほど、今は元気です!
若干のギボヂワドゥさは残ってるけど、問題ないレベルといっていいだろう。うん。まぁ問題ない……たぶん。
「ルルベルが事情を知りたがっているというので来たのですが、つらいようなら、後刻あらためても」
「いえ、問題ありません」
そこは今! なるはやで解説お願いします!
エルフ校長はうなずいて、付き添い用の椅子を引き寄せるとベッドの脇に座った――エルフ校長と簡素な椅子、すごいミス・マッチだ!
「まず、標的ですが、白状しましたよ」
白状って言葉のチョイスが、すでに不穏。……ってことは、やっぱり?
「ほかとは、違っていたんですか?」
「ええ。ほかは、吸血鬼の血を染み込ませた布帛を封入してありました。それは事前に提出された計画書通りだったのですが、ルルベルが相手をしたのは、血ですね」
「……はい?」
はじめから、吸血鬼の血っていう話だったけども?
「あの容器の中いっぱい、吸血鬼の血だったようです」
「は……」
はいぃぃいい!?
頭おかしいんじゃないの? っていうか!
「よ……よく入手できましたね」
「研究所には厳重に抗議しているところです。在籍中の所員に、今回の企画をした生徒の親戚がおりまして。彼が、都合をつけたらしいですね」
そりゃ……そりゃ、魔法エリートはお貴族様と決まってるから、学園と研究所の両方に親戚が在籍中! なーんてことは、あるあるネタだと思うけども。
思うけども、ガバナンス! いやそれともコンプライアンス? そして、リスクマネジメント!
どうでもいいけど、リートが得意そうな分野だ。あいつ企業戦士向きなのか。
とにかくさー、もうさー、気をつけてくれよなー。漏れちゃったらどうすんのよ……血だけじゃなんにもできないかもしれないけど……いやどうなんだろう?
「吸血鬼の血って、血だけで脅威になったりは……?」
「僕の経験的な話でよければ、その吸血鬼の格次第、というところですね」
えっ、やだ。格次第では、なにかあるの?
「ぐ……具体的には、どのような?」
「わかりやすくいえば、血を操作できるのですよ。生属性魔法使いみたいなものです」
わたしは、血を練り上げて吸血鬼を拘束したウィブル先生を思いだした。そして、理解した。
……むっちゃ危険じゃん!
「なにごともなくて、よかったです……」
「そうですね。どの程度のことができるのか、今まさに研究を進めているようですから……実験になるとでも説かれたのかもしれませんね」
自重しろ、マッド・サイエンティストめ!
「吸血鬼って、あまり研究されてないんですか?」
「生け捕り自体が、滅多にないことですからね」
もちろん、あれらを生きていると表現していいかという問題は別にありますが――と、エルフ校長は美しい眉をひそめた。
いやまぁ……なるほど? なるほどね?
「研究が進むといいですね」
「はい。なにもかも一歩ずつ検証する必要があるでしょう。昔の記録は失われてしまったのですから」
あー……。大暗黒期ね! 昔のデータはエルフの記憶にしか残ってないし、エルフはあんまり人類とは接しない……。
「校長先生は――」
訊きかけて、わたしはちょっと迷った。
でも、途中でやめさせてくれるようなエルフ校長ではない。
「なんですか?」
「いえ、個人的な質問かも」
「ルルベルがすることで、僕が気分を害することはありませんよ」
そういうとこが、怖いんじゃよー!
でもまぁ、質問しかけてやめるっていうのも、最低だもんな。よし行け、ルルベル!
「前回の魔王をしりぞける戦いの前から、人間とかかわりをお持ちだったり? それとも、そこからですか?」
エルフ校長は、小首をかしげた。
「どの程度の行為をもって、かかわりと称するかによります。僕は、叔父に憧れていたので」
「叔父様というと……もしかして、漂泊者ルールディーユス……?」
「ええ。ですから、人間にかかわりたいというより、世界を知りたくて。よく里を抜け出していました。ただ、両親はもちろん警戒していましたから、監視の目は厳しかったですよ」
そして、わたしは知っている。エルフは子育てが苦手!
「それでも、人間と出会ってしまったんですね」
「遠くから観察しているだけではなくなったのは、そう――我が友との出会いからですね」
エルフ校長が、遠くを見るような目つきになって。ああ、これは初代陛下を思いだしてらっしゃるんだなぁ、って嫌でもわかるよね。
そうかそうか……。ようわからんが、運命の出会いだったんだな。
やっぱり、エルフの里長は子どもを思うようには育てられなかったんだろうけど、それを一概に失敗とはいえないかな。そのとき、世界は救われたんだし。
それに、今だって。
「……どうしたのです、ルルベル?」
「校長先生が人間に興味を持ってくださって、よかったな、って」
エルフ校長が、ここまでわたしに友好的でなければ。いやそもそも、魔法学園の校長という地位におさまっていなければ。
いろんなことが、もっと大変だったはずだ。
トテモ愚カな人間たちのあいだで、さぞ苦労してるだろうに。親友が遺してくれた学園を、なんとか切り盛りして、踏みとどまってくれたことには感謝しかない。
「ルルベル……!」
あっ、感極まったなコレ。
いきなり手をとられて、ちょっと顔が引き攣ってしまったことは許してほしい。
話題を変えよう、話題話題。いや変えるんじゃなく、戻そう!
「ところで、標的の中身が吸血鬼の血だったのはわかったんですけど、なんであんなに光ったんでしょう?」
「ああ、それは――」
エルフ校長は、にっこりしてわたしの手をさらに強く握った。
……なに?
「君の竜ですね」
「はい?」
わたしは手首の竜に視線をやった。腕輪に擬態して動かない。
喋りもしない。
そういや、そもそも――ずっと無言じゃん、この竜。
おかしくない? 我がなんとかしようとかいって、出しゃばってくるだろ? 疾しいところがなければな!
「……ナクンバ様が、やったんですか」
「我は悪くない」
フォントを小さくしたいような小声が手首から聞こえた。見た目は無機物のまま。
「やったんですね」
「魔族の気配を感じたゆえ、ルルベルに力を添えたのみ」
そういうオチかーい!
「じゃあ、標的の対処はナクンバ様のお力で」
「違う。我はその……見た目を派手に」
いやなんで?
「なんで?」
そのまんま声に出ちゃったよ! だって、何で?
「ルルベルに助力したかったのだ」
「見た目は求めてませんよ」
「あの偽聖女めより、見ただけで凄まじさが伝わるように」
「張り合ってませんて」
「リートやナヴァトの力も借りているようだから、偽聖女に劣ると判断されては腹立たしい」
そこ、どぉーでもいいって!
「それで、真っ白に?」
「我は悪くない」
「いや悪いでしょ」
「悪くない。あそこまでやる予定ではなかった」
「でも、結果そうなってましたよね?」
結果でものをいえ! って、リートっぽいけど……ああ、毒されてる毒されてる!
「効果はあったぞ」
「はい?」
「さすが聖女様、ホンモノホンモノ! と。かがやいたのは、聖属性の力だから、と。標的が魔属性だからだと、皆が感動しておった。我は聞き取った。大丈夫だ、ルルベルの権威は強化された」
わたしはまず、ナヴァト忍者を見た。ナヴァト忍者は困惑顔である……そりゃそうだよな、あの時点で我々はテンパっていた。完全に。周りの反応なんて、意識できてない。
次に、後ろで腕組みしてるウィブル先生を見た。先生は、大丈夫よルルベルちゃんって顔だ……いやそれ不安しかないんですけど? 大丈夫よって励まされる状態なんだろ?
……いやマジで?
体調が思わしくないせいで、更新が滞りがちになっております。
無理のない範囲で、ぼちぼち書きつづけるつもりですので、あたたかく見守っていただけると助かります。




