420 雑念は禁止、雑念は禁止!
ほどなく、聖女チームの出番となった。……なってしまった。
こうなったら、腹を括ってやるしかないよね。うん。
「準備ができたら、開始を宣言してください」
準備っていわれてもなぁ……なんもないよな?
リートを見ると、無表情にうなずかれた。ナヴァト忍者の方も確認する――やっぱり、うなずかれた。
よし。
「準備できました」
「はい……」
司会の生徒会役員は、ぼんやりとした表情である。ほら……漫画的表現でいうなら、目からハイライトが消えてるってヤツ? あれだよ、あれ。
王子の爆弾発言が効いてるんだろうなぁ。
リートあたりは、身から出た錆だと評価するのだろうけど……気の毒ではあるよねぇ。
とはいえ、まだ会は終わってないんだから、ちゃんとしてもらわないと困る。
「はじめても、大丈夫ですか?」
「どうぞ」
目にハイライトを戻してあげたいけど、わたしじゃ無理かな〜。このひと、王族の歓心を買いたいんだろうし。わたしなんか、そのために蹴落とされる予定だったんだろうし……。
うん、わたしが気にかける筋合いじゃないね! よし!
「行きます」
わたしが宣言すると、リートが声をあげた。
「左上」
アリアン嬢のチームと同じ方式だが、標的の中身がちゃんと暗記できている自信がないので、位置で指示をもらうことにした。
左上は、火――リートがいちばん干渉しづらい内容物だ。
いろいろ話し合った結果、紙吹雪はガン無視。時間勝負の標的である火と水を済ませてから金に行こう、ということになった。
初手金にする案もあったんだけど、練習が不十分なのに、いきなり金は悪手だろう……って、いわれてみればね! その通りなので。
だから、まず火だ。
わたしは標的を見上げ、魔力まるめ職人としての全力を発揮すべく念じた。
あの場所で、まぁるくするんだ。わたしの魔力を届けろ、あそこに!
魔力が出現する――っていうのも変だけど、わたしの魔力ってほら、固体になるからね――のを待っていたナヴァトが、すかさず補助に入る。
うん、大丈夫。安心して、ナヴァト忍者にまかせればいい。
魔力を捏ねてまるめるイメージだけ、しっかり持ってればいいんだ。あとは、おまかせだ。
まだきちんとした形になってないけど、速さ優先。
シュッ! とこっちに飛んで来た球体をナヴァト忍者が受け止めて、そのまま運営の生徒会役員にパス。でも、そっちに意識を持って行かれるわけにはいかない。
急いでいるからだ。
「右上」
計画通り、次は水の標的だ。
行け……わたしの魔力! 捏ねてまるめて、ナヴァト忍者に渡せ!
二個めは少しだけ慣れたみたいで、ちゃんと形にできた。
今さら気がついたんだけど、魔力の量はそんなに必要ないんだよね。魔力玉を作るわけじゃないんだから。
表面を覆うだけなら、自分の身体にやってる魔力覆いの要領を参考にできる。人体を覆うよりずっと簡単だよ、球体を覆うのなんて。
もちろん、ナヴァト忍者へのリレーもスムーズに……よし、できる。
「中段左」
いよいよ、問題の金の標的。
慎重に――でも、遅くなっても駄目だ。わたしは集中力を高めた。
こういうの、不思議なんだけどさ。集中してると逆に、関係ないことが頭の片隅をチラチラして、だんだんそっちに思考がさまよっていくことって、ない?
わたしはある。
そして、まさに今。その状態になりかけてる!
意識はちゃんと魔力玉……いや、標的の魔力覆いに向かってるんだけど、同時になんか、なんでこんなことやってるんだっけな? みたいな気分になってきて。
いやほんと、なんでだっけ……ああ、勝たないとシデロア嬢が許してくれなさそう……ワン・ツーでフィニッシュするなら、アリアン嬢のチームに近い点を取らないと……あれっ、チェリア嬢のチームって何点だったかな? みたいな。
変だなって思うけど、でも、そう。
自分の意識がふわっと浮き上がって、さまよってるみたいな? なんかうまく表現できないな。
わたしの中の、魔力を扱うことに特化した部分――純粋にその部分だけが、作業してるみたいなイメージ。
魔力の流れが見える。
自分の魔力を把握できる。
標的を、わたしの魔力が覆っていく――。
「ナヴァト、やれ」
「はい、隊長」
わたしの意識はまだ金の標的にある。
ナヴァト忍者に完全に譲り渡そうとして、思い直した。
直感だけど、このままの方がいい。
「ナヴァト、わたしも支える」
「はい」
こういうとき、ほんとナヴァト忍者は頼もしい。訊き返さない。わたしがやりたいことを、一緒にやってくれる。
……よし、行くぞ!
わたしの魔力覆いが完成したことで、金の標的は動きはじめていた。たぶん、枠との関係をつくっていた魔法が遮断されて、消えたってことだろう。
ぐん、と重みがかかる。
手に持ってないのに、持ってる感じ――ああ、これはヤバい。たしかに、暴れる。
でも、わたしはぐっと堪えた。
物理干渉の鬼と呼んでくれ! わたしがこの位置だと念じたら、それはもうこの位置なんだよ! 揺れないぶれない暴れないと命じたら、もうそうなるの!
だって、魔法だから。
「暴れるのは抑えた。動かせる?」
「やります」
そして実際、ナヴァト忍者は実行した。
わたしの魔力が動かされる気配がする――ああ、こういう感覚かぁ!
今まで、魔力玉って完全に自分とのつながりを切ってたから。これは初体験ですね……うわぁ、ちょっと気もち悪い。
でも、これなら……行けそう!
「ルルベル、君は次の的だ」
枠からはもう、それなりの距離がある。よし、暴れても平気だな?
「わかった。ナヴァト」
「おまかせください」
ナヴァト忍者、最高だな!
わたしは次の標的に意識を向ける――次、どれ?
「左下」
リートの指示で、わたしは左下の標的を狙った。これ中身なんだっけ……まぁいいや、リートがいうなら左下!
これで四つめ、慣れてきた……うん、スムーズ。
「代わります」
「了解。リート」
「右下」
あっ、これは覚えてるよ……宝石だよ。ウフィネージュ殿下の自腹宝石……そういえば、障子はまだ破れてないのかな? 気にしてなかったな……そんな余裕なかったけど、えっと……。
あっ、いかん! 雑念は禁止、雑念は禁止!
なにも考えない……のは難しいな、なにか考えよう。標的の中身は不明な方がよかったな……気が散らなくて済むし。
少し手間取ったけど、この標的もクリア。リートの指示が飛ぶ。
「そのまま下段中央」
下を全部取り切っちゃうのか。中身謎のやつか……これも覚えてたなぁ。
だってシークレットだよ。気になるでしょ。前言撤回、中身不明は不明で気になるね!
ウフィネージュ殿下がシークレットに設定しそうなものって、なんだろう。下賜品? ようやった、くるしゅうない、これが褒美じゃ……みたいなやつ?
いや、違うかなぁ。それは宝石でやってるもんな。同じ要素のかぶりって、殿下はたぶんお嫌いでしょ。美しくなさそうだし。
「次、上段中央」
これはなんだっけ? 残ってる標的は、なにかな……。もう覚えてない。
でもそうだった、中身がわからない方がよさそうなんだから、わからなくてヨシ!
「できた!」
「中段右」
ここまで来ると、もう作業はスムーズ。わたしが包んで、ナヴァト忍者が運ぶ。
そして次。
「中央」
これで最後!
わたしは意識を集中し、標的に魔力を沿わせた――。
「えっ」




