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42 魔性先輩と一対一で特訓とか聞いてない

 特訓第二回にして、ジェレンス先生はわたしを見捨てた……校長命令はどこに消えたのか! ほかにやることがあるという伝言だけ残して、魔性先輩とふたりきりにされたルルベルの運命やいかに!


「呼吸するように甘い言葉を吐くのをやめたらいいんじゃないですかね?」


 容赦なく提案している理由はといえば、もちろん。魔性先輩がまた胸を押さえているから、である。


「自覚がないから、難しいんだよね」

「ないんですか、自覚……」


 うん、といってようやく顔を上げ、魔性先輩は少し気弱げな笑みを見せた。さすがにこれだけ誓約魔法の制裁を食らいまくると、健康が心配になってくる。身体的にも、心理的にも。

 ウィブル先生もいってたじゃん――なんだっけ? えっと……やる気があっても身体がついてこないことがあるとかさ! なんか、そういうの!


「胸の痛みだったら、君が気にすることはないよ」

「えぇー……気にしますよ」


 だって、誓約魔法にしたらいいんじゃない? って提案しちゃったの、わたしだもんな! ここまでひどいことになるとは思いもしなかったから……というのは、イイワケっぽいでしょうか、ダメですか? でも思わないじゃん!


「君みたいに可愛い女の子を見れば、誓約魔法なんてなくても胸は痛むものだからね」

「そういうの、やめた方がいいっていう話をですね……してるんですけどね?」


 わたしたちは昨日同様、膝を突き合わせて手をつなぎ、魔力で全身を覆う練習をしている。ジェレンス先生がいないのは、たぶんアレだね……誓約魔法がきっちり効果を上げてるからだろうね……。


「それにしても、昨日よりずいぶん進歩したね」

「ありがとうございます。でもまだ、きちんとは覆えてないですよね」

「厚みが一定じゃないのも気になるな。もちろん、わざとならいいんだけど」

「わざとじゃないですね……」


 魔性先輩は、シュガーレスな表情でなにか考えこんでから、うん、と小さくうなずいた。


「ちょっと違うことをしてみよう」

「違うこと、ですか?」

「うん」

「注意深く発言してくださいね?」


 先回りしたわたしに、甘味料をぶっこんだ笑顔が返ってくる。


「ありがとう。やさしいね、ルルベル」

「先輩の健康が心配なだけです」


 天才少年を、わたしの思いつきの誓約魔法で失うわけにはいかないんだよ。わかってくれよ!

 あまりわかった気配のないまま、魔性先輩は新たな訓練について説明しはじめた。


「自分を覆うって、輪郭を把握するってことなんだけど、意外と難しいんだよね」

「そうなんですか?」

「うん。たとえば鏡を使えば自分を見ることはできるよね? とはいえ、左右逆転してるし、平面だ。背中は見えないし、ふつうに立ってたら足の裏だって、つむじだって見えない。自分は自分をよく知らないんだ、ほんとうは」


 だから、と魔性先輩は肩をすくめた。


「まぁ、ここで本来なら僕を――って話にしたいところだけど、そもそも人間の形が複雑なのがいけない気がするから、それは没」


 よかった……「僕を覆ってみて?」みたいなこといわれたら、絶対「うっ」の展開だったよ!


「なにを覆えばいいですか?」

「ちょっと待ってて、あの倉庫にボールがあると思うんだ」


 奥にある扉はなんだろうって微妙に疑問だったんだけど、倉庫なのか……。

 勝手知ったる、という感じで倉庫に入った魔性先輩は、すぐに片手で掴めるくらいのボールを持って戻って来た。


「魔力操作の訓練によく使うんだ。試しに、これでやってみようか」

「はい」

「ひとりでできる?」

「えっ? ……ええと、はい。やってみます」


 いわれてみれば、だいたい手をつないだ状態で魔性先輩の魔力をイメージしてばかりだったから、自分だけで魔力を出して覆う……って、はじめてかもしれない。

 魔性先輩から受け取ったボールを、わたしは両手で包んだ。ちょっと小さいから、両手とボールのあいだに魔力の膜をつくるようなイメージでいいかな……。

 指の隙間から、魔性先輩が染色しているわたしの魔力――ピンク栗色だ――が見える。


「うん、よさそうだね」


 手をひらいてみると、きれいに魔力に包まれたボールがあった。


「わぁ……」


 思わず、声が出た。これはちょっと嬉しい。感動した。エモい!


「うまくいったね」

「単純かもですけど、やる気が湧いてきました。できるぞー、っていうか」

「そう?」

「はい。結果が見えるって、すごいですね。これも先輩のおかげです」

「そういってもらえると、助かるな」

「わたしが手をはなしたら、これ、どうなるんですか?」


 魔性先輩は、にっこりした。受け流せるタイプの笑顔だ。


「それは、実際にやってみるといいね。ほら、机に置いてごらん」


 いわれるまま、わたしは立ち上がって机に近寄ると、魔力で覆ったボールを置いてみた。ボールは机の上でじっとしている。わたしの魔力に覆われたまま。


「おお……なんかすごい!」

「時間経過で薄れていくけどね。物体に付与した魔力は、その物体に属する。つまり、自分からは切り離されるんだ……ああ、そういうことか!」


 なにかを勝手に合点したらしい魔性先輩に、わたしは一応、尋ねてみた。


「どういうことですか?」

「ジェレンス先生の指導だよ。自分を覆ってる限り、魔力は戻せるから。もちろん消耗はするけど、ああいう風にまったく別個の物体を覆うのとは比べものにならない」

「……なるほど?」

「なぜ、こんな複雑な課題を与えてるのかなと思ってたんだ。訓練の回数を増やすためには、魔力の消耗を抑える必要があるからだ。だから多少難易度が高くても、『自分を覆う』ところからはじめたんだろう……実際、それができるようになってほしいわけでもあるしね」


 そういうことか……。ジェレンス先生、意外と考えてるな。いや、そういうひとだよな。ぬかりないっていうか。

 指導役の方が魔力の消耗が多いっていうのも、そういう理屈なのかなぁ、たぶん。


「じゃあ、練習法は戻した方がいいのかな」

「それはどうかな。……こういう経験を少し積んだ方がいいかもね。できる、っていう感覚は重要だから」

「なるほど……」

「今の笑顔、すごく可愛かったしね」


 その評価は必要ないです! ……と思うけど、少し顔が熱くなったのは否めない。

 ほんと、呼吸するように褒めるんだよな〜、魔性先輩ってさ。だからわたしも呼吸するように受け流す必要がある。だってこのひとのこれ、ただの呼吸だものな。深い意味はないのだ。


「もっとたくさんボールを包むとか?」

「いろいろやってみたくない? 床の上にひらたく伸ばしてみるのはどう? 自分の影の形状に」


 いきなり繊細な制御が必要そうな課題きたな!


「床の上にただ広げるだけじゃないんですね」

「それはね、際限なく魔力を垂れ流して、簡単に魔力切れになりやすいから駄目。実際にあるモノがやりそうな挙動は、想像しやすいだろう? 初心者は制御が追いつかなくなるんだ」

「先輩も、やったことあるんですか?」

「もちろん。ひっくり返ってるところを発見されてね。まだ子どもだったから、大騒ぎになったよ」


 ちょっと、笑ってしまった。当時は笑いごとじゃなかっただろうけど。


「何歳くらいのとき?」

「十歳くらいだったかなぁ……」

「ずいぶん早くから魔法が使えたんですね」


 わたしなんて、聖属性の魔力があるってわかったのだって、つい最近だ。自分が魔力持ちだなんて想像もしたことなかった。

 貴族だと、子どもの頃から魔法のことを意識する機会が多いんだろう。ファビウス先輩も、どうせ貴族だろうし……。本来、こんな風に会話できる身分のひとじゃないはずだ。エルフ校長や王子はもちろん、ジェレンス先生だって。同じ平民のシスコやリートでさえ、きっとわたしとは生きてきた世界が違う。


「どうしたの、ルルベル」

「わたし、恵まれてるなぁって思って」

「恵まれてる? なんでそういう話になるのか、訊いていい?」

「えっと……わたしは下町のパン屋の娘なんですけど、下町に生まれたら一生下町暮らしなんですよね、ふつう。それなのに、聖属性の魔力があるから学園に入学できて」

「うん。それで?」

「なにもかも、わたしが知ってるものとは違うんです。皆が親切にしてくれるし、すべてが特別で。うまくいえないんですけど――いつか醒めてしまう夢みたい」


 魔性先輩は考え深げにわたしの顔を見た。そして、ゆっくりとこういった。


「でもルルベル、それは君が聖属性に目覚めたからだよね。周りが求めてるのは魔王を封印できる力であって、ルルベルという存在ではない――そんな風に考えたことはないの?」


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