417 女に好かれたいとは思っていない
「金はけっこう難敵らしい。チェリアも、手応えが違ったと話していた」
へぇー。そういうの、わかるものなのか。
ナチュラル・ボーン魔法使いのチェリア嬢、探究心はなくても、使い手としては熟達してるんだろうなぁ。
「軽いっていう風の方は?」
「そっちは特に問題なかったんじゃないか。言及しなかった」
「そういえば、秘の中身って結局なんなの……」
「さあな。重さや挙動がほかと変わらんなら、中身がなんでも関係ない」
リートは興味がなさそうだ……そういうとこ、チェリア嬢のこといえないんじゃないの? 実利っていうか、結果しか! 気にしてない!
わたしのじっとりした視線を、リートは無視した。強いていえば、かるく眉を上げるくらい……それはむしろ、やらんでくれん? 馬鹿にされた気がするから!
「ルルベル嬢」
声をかけられて、そちらを見ると。おおぅ、エーディリア様!
「拝見してましたよ! 素晴らしかったです」
思わず駆け寄り、手をとってしまった――あっ、距離近過ぎたか? と思ったけど、エーディリア様は苦笑して。
「少々詰めが甘かったようですわ。それと、ごめんなさいね」
「……はい? えっと……なんのことでしょう」
「時間稼ぎ。渦魔法が、審議になると踏んだのだけれど」
そういやリートが要請してたんだったな、時間稼ぎ!
なるほど、紙吹雪の大量の排除……常識の範囲内……まぁ、いろいろ解釈の幅があるルールだもんなぁ。
「いわれてみれば、そうですね」
「うまくいかないものね。できたら百点以上をとりたかったのだけれど」
ああ。アリアン・チームは喧嘩を買いに行ったんだな!
「惜しかったですね」
「ええ。あの標的、ただの金属じゃないかもしれないわ」
「ただの金属じゃない、とは?」
話に入ってきたのはリートである。勝つ気だから、情報収集にも貪欲だ。
「重さだけなら支える自信があったのよ、わたしたち。だけど、動くの」
「動く……」
「重心の移動が、はげしいの。もしかすると、枠からはずれた時点で不安定になるように、調整されているのかもしれない」
調整って、いったいどんな……? と。ぽかんとすることしか、できなかったのだが。
「重心か……なるほどな」
リートは、なにか思い当たるところがあったらしい。
「重心? って、どういうこと?」
「あの標的、枠の中央に浮いているだろう」
「うん」
「あの浮かせる処理が、内容物にも及んでいるとする」
「……うん?」
「重たいものが浮かんでいる、球体の中央で均衡がとれた状態だが、それが枠からはずれた瞬間、重みが生じて揺らぐんだ。つまり、中にあるのは『すごく重いけど小さい』もので、枠からはずれた瞬間に動きだす」
うーん。イメージしづらいけど、まぁなんか……わかるような、わからないような。
「あの大きさから考えるより、はるかに重さを感じるものではありましたわ」
「チェリアも変な感じだったといってたしな……警戒しよう」
「……そういえば、あなた、チェリア嬢に話しかけにいってましたわね?」
「ああ。歓心を買っておくと便利だからな」
エーディリア様は、わかりやすく軽蔑の眼差しを向けた。
わぁ、美人のこの顔、むしろご褒美では……すっごいなんかこう……やめて、あらたな性癖の扉を開かないで!
「あなた、女子全員に嫌われますわよ?」
「女に好かれたいとは思っていない」
回答に迷いがない! でも、わたしはなんとなく知ってた! たぶんだけど「自分の利益にならないものには好かれても無駄」くらいの感覚だろう……わたしの中のリート理解班がそう分析している。
びっくり顔になったのは、会話を聞いていたナヴァト忍者である。な、なんだって! みたいな顔してる。……まだリートの理解が浅いな。
「短絡的でいらっしゃいますのね。あなたのお言葉をお借りするなら、嫌われるのは不便ですわよ?」
……エーディリア様の方がリートを理解してる!
さすが、魑魅魍魎が跋扈する――って、わたしの勝手なイメージだけど――王宮で生き延びてきただけのことはある! って感じ。
ナヴァト忍者は、騎士団で素直に育ったんだろうな……。
「ご助言、痛み入る」
「とはいえ、やめる気はない……といったところでしょうね」
「もちろんだ。任務だからな」
「それが確認できて、安心しましたわ。ルルベル嬢も、ご承知のことのようですわね。でしたら、聖女様の評判に影響がないよう、適宜介入しておきますわ」
「借りをつくる気はないが」
「あなたのためではありませんもの。借りだと思ってくださらなくてもよくってよ? もちろん、恩知らずと思われても気に留めるかたではいらっしゃらないでしょう。大丈夫、どうぞご自由になさって」
怖い怖い怖い怖い!
自由にしちゃ駄目なタイプの大丈夫だろ、これ!
「わかった。協力に感謝する」
そしてリートはそこを踏み抜いていくタイプだよ!
でも、エーディリア様はリートが理解できてるので……それも予想した反応だったのだろう。ご気分を害されたようでもなく、わたしの方に向き直り。まだ握ったままだった手を、握り返してくださった。
「美しさですわ、ルルベル嬢」
「……はい?」
「なぜ、文句をつけられなかったと思いまして?」
「紙吹雪の話……ですか」
エーディリア様、うなずく動作だけでもお美しいの、なんだろうね……所作がいちいち! すべて! パーフェクト!
いやまぁ、話題が戻ったんだな、もとに。えっと……そう、審議になりかねない紙吹雪の渦巻きが、文句をつけられなかった理由……。
いや、回答が先に与えられてるな。
「美しかったから、なんですか?」
「王太女殿下は、ご自身も魔法の達人でいらっしゃいます。研究にも、とてもご熱心。ですから、こう思いますの――渦魔法による紙吹雪の操作、つくられた空隙をつらぬいて的に当て、それを受け止めて採点担当者に送る。ここまでの流れが美しく完成されていたことに、殿下は見惚れてくださったのではないか、と」
「見惚れる……」
たしかに、すごかった。連携する魔法は綺麗で、完全に噛み合っていた。
わたしだって、まず思ったもん。華麗! ……って。
「美しいものの瑕疵を探してあげつらうことを、殿下はお望みではありません。もちろん、目的のためなら、なさるでしょうけれど」
……あっ、それはするんだ?
声にはしなかったけど顔に出たらしいわたしに、エーディリア様は微笑んでこうおっしゃった。
「目的を違えるような弱さは、殿下がもっとも嫌われるところです。けっして、ご自身にそんなことをお許しにはならないでしょう」
「だったら、勝てないんじゃ……あ、いや、その……」
「最善を尽くす以外、できることなどありません。ただ、美しさも意識なさるべきですわ。殿下がご自分を恥ずかしく思われるような――目的のために毀損したことで、ご自身を責め苛むことになるような、美しさを」
それでは、と優雅に一礼。エーディリア様は、戻って行かれた……。
王子の訪問より謎度は低かった。むしろ目的や助言は明快だったとはいえ。恐怖度は高かったな!
ウフィネージュ殿下はどうせケチをつけて勝たせてくれないだろうから、ケチをつけた自分を後悔する流れに追い込め、って話でしょ、怖いわ!
シンプルに! 怖いわ!
「リート、どう思う?」
「重さがぶれる話は参考になった」
「ああ、うん」
〆が衝撃的過ぎて、忘れてたわ……。
「はじめにやるか」
「……うん?」
「金の標的を後回しにする戦術は、うまくいかないことがすでに証明されているからな。もしかすると、枠全体を保定する魔法が解除されるのかもしれん」
「枠? えーっと、標的がぜんぶ落とされると、枠が動くってこと?」
「そうだ。ただでさえ不安定な金の標的を支えながら、背景の紙に被害を及ぼさないようにするのが困難になる――という設計だな。それだったら、枠自体は保定されている状態で金の標的を狙う方が、安定するはずだ」
なるほど……。
「しかし隊長、『金』の標的自体に枠を固定する魔法がかけられている可能性も」
「あるな。だがまぁ、俺たち以外の班がやることをよく観察すれば、わかるだろう」
「皆が同じ順番でやる、ってことは……」
「さっき失敗したばかりだからな。絶対に、誰かは試す――よかったな」
「え、なにが?」
「順番だ。一番を押しつけられていたら、こうはならなかった」
ああ〜、リートがまた悪い顔してるぅ〜!
他人様の犠牲の上に、パーフェクトを築こうとしてるぅ〜!




