416 わたしのシスコはすごいんだから!
「気にしなくていいと思います」
わたしが悩んでいると察したのだろう、ナヴァト忍者はそういった。
「そ……そう?」
ナヴァト忍者の前のご主人様だが……お仕えしていたときは、それは忠実な雰囲気だったが……。
わたしもいつか「気にしなくていいと思います」される側になるのかなって、少し思ってしまったことを告白しよう! ちっせぇな!
「わたしのことは、気にしなくていいからね?」
「は?」
「ああいや……えっと……」
「殿下には、なにかお考えがおありなのでしょう。それだけです」
「うん、まぁ……そうなんだろうけど」
気にしなくていいと、いわれても! 気になるもん!
「それより、魔力の回復具合はどうですか?」
「うーん……ふつう、としか」
わたしは、リートみたいに爆速で魔力が回復するわけじゃないからなぁ。
ほんと、注意しないと。使い切ったら終わりだよ。今度こそ詰む。
「……あっ。次、はじまるみたい」
アリアン嬢がセンターに立ち、一歩下がって左右にシスコとエーディリア様が控えている。
クール・モダンのアリアン嬢、同じくクールだけどクラシック系のエーディリア様、そして可愛い系のシスコ! アイドル・ユニットとしてデビューしたら推す。しなくても推す!
「開始してください」
役員の声かけに、まず手を挙げたのは――シスコだった。
えっ、シスコ?
「渦だ……」
ウザいくらい空間を満たしている紙吹雪が、シスコの魔法で渦を巻きはじめた。排除ではないけど、本来仕込まれているらしいランダムなふわふわではなく、一方向に揃って回転しはじめたのだ。
速度はない。だけど、紙吹雪は次第に筒状にまとまっていく――そして、アリアン嬢と標的のあいだに道を開いた。
すごい……すごいすごい! シスコ、いつの間にこんなに腕を上げちゃったの? あとで問い詰めなきゃ!
「こんな方法があったとは……」
ナヴァト忍者も感心してる。
そうよ、わたしのシスコはすごいんだから! と、なぜか心でドヤ顔になってしまうわたし!
いやしかし、これは……よく考えたなぁ。
魔力をかき乱す紙吹雪がシスコの魔法の制御下に入ったことで、ものすごく認識しやすくなっている。あの紙吹雪って魔力のノイズなんだけど、散漫過ぎて遮断しづらいんだよね。でも今、シスコの魔法でそうじゃなくなったのだ。
うまく説明できないけど、気もち悪さが引いたったいうか……無意識に魔力感知を控えめにしてたのまで、わかってしまった。
「行くわ」
「まかせて」
アリアン嬢の宣言に応じたのは、いつのまにか的の下に移動してたエーディリア様。
その答えに我が意を得たりという顔をして――いやもうアリアン嬢かっこよくない? ファンクラブできちゃうでしょ、これ!――アリアン嬢が宣言した。
「風」
すばぁん! と。
試技のときも気もちいい音だったけど、本番でもまた耳が洗われるみたいな音がした。標的の容器が落ちて来るのを、エーディリア様の魔法が受け止める――木の枝だ。いつのまにか、エーディリア様の足元は緑に覆われ、しなやかな枝や葉が茂っている……!
わぁ……。
もう言葉がないね! わぁ、としか思えない!
「火」
すぱぁん!
「水、花」
次々と撃ち落とされる容器は、着実に回収されていく。
床に落としたら負け、みたいなルールはなかったと思うけど、でもなんかこう、華麗。受け止める時点で勢いを殺してるから、容器が壊れるのを防ぐ意味もあるのかも。
「腐」
すぱぁん!
「なかなか考えられた順番だな」
戻って来たリートが上から目線のコメントをした……ほんと、何様だよ。リート様か。
「チェリア嬢、どうだった?」
「得意げだったが――」
「だったが?」
「――君の友人たちがうまくやるものだから、おどろいているようだ」
「え。なんでおどろくの」
王立魔法学園だぞ。魔法が得意な子が集まってるに決まってるじゃん……。
ただし、わたしは除くものとする。
「地元で最強だったからだろう」
お山の大将であり、井の中の蛙だったわけか。
「あー……。でも、試技を見ればわかるじゃない」
「真面目に見ていなかったんじゃないか? あまり魔法に興味があるわけではなさそうだ」
「そうなの?」
「興味があったら、自分が聖属性だと思い込んだりしないだろう。便利な力で、自分の価値を高めてくれるものだとは認識しているだろうが、魔法自体への興味は薄いはずだ」
なるほど……。
わたしには想像もつかないけど、たとえば、足が速い、みたいな感覚と同じなのかも。地元で駆けっこしたら圧勝できるけど、オリンピックに出るつもりもないし、より速く走るにはどうすればいいか、って考えたりもしない感じ?
だとしたら、なんかもったいないなぁ……。
あの魔法、あきらかに知ってるひとがいない魔法だし。属性検査、真面目にやったらどうなるんだろう――たぶん、聖属性ではないと思うんだけどな。
そんなことを考えているあいだにも、アリアン嬢は次々と的を射抜いていく。
難関らしい魔の的も撃ち抜いて、次がラスト。
「金」
すぱぁん!
……と、音がした直後、標的が外れたことで枠が揺れた。
あー、いちばん重くて扱いづらいっていってたのは、そういうこと?
ベリッと音がして背景の紙が破け、これまでの標的と違う落ちかたをしたけど、それをエーディリア様が渾身のセーブ。
「終わりました」
見届けたアリアン嬢が宣言して、我がクラスの代表チームは競技終了。紙吹雪の渦巻き運動も終わって、うっ……気もち悪い。
持ち時間内には終わったようだし、的もぜんぶ綺麗に落としてたし。これは高得点が狙えるのでは? ていうか……。
「枠に貼った紙が、だいたい無事?」
金の標的で音がして気がついた。障子……じゃないけど、あれが破れてないのだ。
「そうだな」
「ええー。どういう仕掛け?」
「エーディリア嬢が押さえていました」
「え。木で?」
「木の葉を標的と背景の紙のあいだに挟んで、衝撃を殺していたようですね」
そ……そんなことできるの。
「狙う的を宣言したのは、確認のためか。なんにせよ、職人芸だな」
「殿下の暴走を、長年止めてらしたのですから。魔力制御に関しては、超一流といって間違いないでしょう」
納得しかない説明だが、ちょっと待て。
もう運営が枠ごと下ろしちゃったし、シスコの渦魔法も止まってて紙吹雪だらけだから、確認できないんだけど……。
「紙が破れたの、金のときだけだったよね?」
「どうせ、金の枠からほかの枠に及ぶ裂け目が……みたいな減点をするぞ」
……セコっ!
だが、今回の運営に関しては、リートの読みがだいたい当たるから……そうなるのかな。
「結果を発表します」
枠の周りで、仲間と話し合っていた役員さんが立ち上がり、得点を告げた。
アリアン嬢チーム、なんと花びらが一枚散った花が八点だった以外、フル得点! ただし、紙は三箇所破れてたとかで……リートがいうように、金の的が暴れたときに破れたのが、ほかの枠まで影響を及ぼしてカウントされちゃったんだろうな。
「以上、合計は九十九点となりました」
……惜しい! 百点で宝石に手が届くのに!
えーこれウフィネージュ様の顔が見たーい。ほっとしてる? それともイラッとしてる? 後悔してる? でなければ、狙い通りよって顔してるの?




