415 言葉が丁寧な方を、拾ってくれない?
「では、競技開始です。一番の班、位置についてください」
チェリア嬢の勇姿を拝見したいところだが、わたしはそれどころではない。
一回できたら次もその次も、か〜んぺきっ! ……なんてことにはならないからね。
つまり、初回がまぐれのビギナーズ・ラック的な成功だったらしく、次はもう全然だったのだ……全然。
包めないというか、丸くできないんだよぉ……うぇーん。
「下手くそめ」
リートが毒づいて、ナヴァト忍者に睨まれた。
「隊長、貶して上達するものではありません」
「いいや、ルルベルは褒めるとつけ上がる。厳しくしないと伸びない」
「……そんな判断できるような事件、あったっけ?」
「ファビウスの試験勉強が、着実に結果を出しただろう。あれは厳しかった。それに、校長の指導もだ。言葉は丁寧でも、容赦はない」
「言葉が丁寧な方を、拾ってくれない?」
もちろん……下手くそなのは事実である。そこは認めざるを得ない。
幼児の頃から十年以上は訓練してたパンの成形でさえ、ナヴァト忍者に遅れをとるくらいだから……造形のセンスがないんだろうな。
「よし、もう時間がない。ルルベルは任意の場所に魔力を出現させることだけに集中しろ」
「え」
「包んだり運んだりは、ナヴァトがやる」
「俺ですか? 隊長の方が得意なのではありませんか」
えっ。あんな派手なデモンストレーションやったナヴァトより、リートの方が得意なの? 魔力操作? ええっ?
「俺は内容物の保持を担当する。容器を手に入れて継ぎ目があることがわかったから、この継ぎ目から中に魔力を浸透させれば、水漏れや腐食にも対応できる。花びらの保持はもちろんだ……火もなんとかなるかもしれん」
「腐食はともかく、水漏れって生属性でなんとかなるの?」
わたしが尋ねると、リートはいつもの表情――君は馬鹿か、ってやつだ――で答えた。
「純水を使っているのでない限り、水の中にはなんらかの生物、あるいは生物の遺骸などが混ざっている。それを操作することで、多少は制御できる。こんな球体に入る程度の量の水を短時間と限るなら、操作は可能だ……だから、回収順は火、水、腐が優先だな」
「回収したら即座に中身を確認してもらえるんでしょうか?」
「少なくともチェリアの班は回収即確認されてるな」
いわれて、わたしはそちらを見た。
こっちの会話に集中していたので音声聞こえてなかったけど――いや、リートが遮断してたのかな――会場は盛り上がっていた。チェリア嬢が、順に球体を落としているのだ。
そりゃもうすごい勢いで。
これチーム組む必要あるの? と思ったけど、枠から落ちた球体を、おそらくチームメイトが魔法で受け止めて、司会役のところまで運んでるっぽいね……。
「内容物への干渉は、やってなさそうだな」
「しっかり見てるのね……」
「任務の一環だ。あとで感想を聞かれるに決まっている。それに、興味もある……未だに、属性がなんなのかわからない」
あー……うんそうね。それはそう。属性わからんな……。
シュパーン! っと一個。また、球体が枠からはずれて落ちる。爽快感があっていいなぁ。
ぼんやり見ていると、リートにどやされた。
「君は見ている暇はないぞ。練習しろ」
「……はいはい。あっ、でもアリアン嬢のは見たい」
「練習しながらだな」
わたしは球体のあたりに魔力玉の素を出すことに専念した。
いつも「魔力玉を作るよ〜」って感じで丸めてるから、魔力だけ出せといわれると、それはそれで……。
「聖女様、いつもと同じ感じで大丈夫です」
「そうなの?」
「はい。丸めるという意識でやってみてください。俺が、介助します」
なるほど魔力操作で。
魔力玉を作ってる最中からもう、ナヴァト忍者にある程度まかせる感じか……まぁ、なんとかなるかな……たぶん。
わたしが駄目でも、ナヴァト忍者がすっごい有能だから! なんとかしてくれるはず!
それで気が抜けたのがよかったのか、無駄に魔力を浪費してる感じが消えた。
単に魔力玉のぶんの魔力を出してるだけ、といえばいいかな。それまで感じていた「遠くで捏ねなきゃ」っていうイメージが消えたのが、よかったんだと思う。
……いや、よかったけどよくないな。
「まずい」
「なにがだ」
「慣れないことやってるから、魔力消費が激しい気がする」
リートとナヴァトが顔を見合わせた。
「よし、練習は終わりだ」
「え、でも」
「でももなにもない。君の魔力が尽きたら、終わりなんだぞ。案ずるな、多少の粗は俺とナヴァトがなんとかする。今くらいできるようになっていれば、もう大丈夫だ。安心しろ。安心して魔力を貯めろ」
魔力を浪費するな、という圧を感じるぅ!
「我が燃やしてやるぞ」
「ナクンバ様は黙っててください」
「ルルベルは、我に冷たいのではないか」
「なんでも燃やしたがるからですよ。燃やしたものは、元に戻らないんですからね?」
手首のナクンバ様と揉めているあいだに、チェリア嬢の競技終了。
「左上から右へ、一段下がって左へ、一段下がって右へ――だな。戦略もなにもない、あるとしたら『チェリアの速度を最大限に活かす』といったところだ」
リートの評は厳しい。
結果はチェリア嬢が落とした順に、こうだったらしい。
火:十点(燃えてた)
花:二点(花びら四枚落ちてた)
水:十点(漏れてなかった)
金:十点
魔:三十点
風:十点
腐:十点(腐食前の回収が間に合った)
秘:十点(中身は未だシークレット)
貴:十点
背景の紙はもちろんすべて破れてたので、二十七点マイナス。
発表された総合点数は、七十五点。花以外はパーフェクトだけど、障子破りもパーフェクトだったからな……。
「ちょっと行ってくる」
リートがいうので、どこへ? と訊くと、また例の顔である。
「お慶びを申し上げに、だ」
「なるほど……」
ぜんぜん喜んでなさそうだが、そこはあの演技力でカバーするのだろう。
……ちょっと怖いわ、リートという存在が。
というわけで、枠とか的とかの準備を生徒会あるいはその下僕? の皆さんがやり直しているのを、ぼうっと眺めていると。
「ルルベル嬢」
「……殿下!」
「ローデンス、と」
びっ……くりしたー! なんでここに王子が?
「ローデンス様、お久しぶりです。なにかご用事でも?」
「いや、スタダンスから伝言を」
侯爵家と王家は仲悪いんじゃないっけ……いやでも王子とスタダンス様には、そこはかとなく友情的なサムシングが感じられるというか……ふたりとも立場が微妙だから、逆に親近感ありそうっていうか……少なくとも試験勉強のときは友人ポジだったよな。
「謹んで承ります」
「はは、そんな大層なことじゃないんだ……それに……そうだな、これは伝言にかこつけているだけかもしれない」
「……はい?」
なんかめんどくさいこと、はじまるの?
不安に眼をしばたたいたわたしを見下ろして、王子は笑んだ。なんというかこう、力みのない、つくりものっぽさもない、いい感じの笑顔だった。
「スタダンスからは、こうだ。『あなたを勝たせるよう、尽くしましょう、全力を』」
……全力を尽くすのがそのベクトルで、いいのだろうか?
でも、わたしが疑念を口にするより先に。王子に、目線で黙らされてしまった。
「僕も約束しよう。姉には勝たせない、と」
姉……。
戦う相手、そこなの? ウフィネージュ様は出場なさってない……ってことは、王太女殿下の「第二の聖女を勝たせる」目論みを潰してやる、って意味?
意図を読み取ろうと必死のわたしに、王子は笑みを消さないまま告げた。
「大丈夫、君はいつものままでいい。これは、僕らの身勝手な決意に過ぎないんだからね。こうして口にして、君に伝えることで……決意を固める儀式を済ませたようなものだから。君は、聞いてくれるだけでいいんだ」
「はぁ……あの、よくわかりませんけども」
「うん?」
「おふたりに、ご迷惑がかかるようなことは、わたしは望んでないです」
わからないなりに、そこだけは最低限理解しておいてほしいことを伝えると。王子は、華やかな笑みを浮かべた。今度はアレだ、いつもの王子様スマイルだ。ロイヤル〜!
「わかっているよ、ルルベル。じゃあね、健闘を祈るよ」
……なにがいいたかったんだろう。わからん。……わからーん!




