412 なにをどうやったとしても紙は破かせる
「試技を開始します。各班の代表選手は集まってください」
ナヴァト忍者が魔力玉を持って出発するのを見送ってから、わたしはリートに訊いてみた。
「いっそ、試技も参加せずに『打つ手なし』ってところを見せた方がよかったかな?」
「君の演技がもう少し期待できるなら、それでもよかった」
……我が演技力に容赦のない評価をありがとう!
「ま……まぁ、一回投げてみるのも悪くはないよね」
と話しているあいだに、紙吹雪が起動した。
……うっわ。
想像以上の量である……視界をさえぎるのもウザいけど、なにより魔力がヤバい。かき乱される感じがする。これは魔力感知が得意なほどヤバいのでは?
なお、わたしもヤバい……昔なら気にもとめずに平然とできていたはずだが、今は無理。
「気もちわる……」
「この中で魔力操作するのは難易度が高い」
リートも、若干青ざめてるようだ。魔力感知、得意そうだもんなぁ。
「うん」
「ということは、チェリアの魔法は魔力感知と関係ないってことだな」
「……うん?」
「チェリア有利な環境を生成するための仕掛けだ。あの女は魔力感知にたよらず標的を撃ち抜けるということだ。役員も『撃ち抜く』という表現を使っていただろう。おそらく、速度があって、ほかの魔力の影響を受けない。紙吹雪もこの量なら標的の視認ができる……魔力感知ではなく、見て、魔法を飛ばせるんだ」
「なるほど……」
気もち悪そげであるにもかかわらず、さすがの分析力。いわれてみれば、そんな感じだ。
「じゃあ、紙は破けちゃうね」
「それを考えて、宝石なんてご褒美をぶら下げたんだろうな。勢いを殺して宝石を狙いに行く生徒もいるだろうが、チェリアの正確性と速度を上回ることはないという評価に違いない」
「……でも、花は? そんなに勢いつけたら、散ってしまうんじゃないの?」
「そんなもの、事前に細工しておけばいいだろう」
堂々とイカサマ疑惑をかけた!
「いや、そこまで……やるかもなぁ」
「標的は回収するからな。運営が相手にあわせて交換する機会など、いくらでもある」
やるのかなぁ。やるならもう、マジガチっていうか、本気だなぁ……!
我々が――いや、会場の全員が見守る中、一番を引いたチェリア嬢が位置についた。的を見上げる横顔は、凛々しい。
「そこまでやらないと、チェリアは勝てないのかな」
「安全策だろう。勝利をさらに磐石にする。……ま、ひっくり返すがな」
リートよ……顔が、完全に悪役になってるぞ!
チェリア嬢と見比べると、どう見てもあっちが主人公でリートが小物の悪役!
そのチェリア嬢が、ゆっくり右手を上げて、高みにある的を指さした。
場内がしんとなった、その刹那。
「吹き飛べ」
ビシュッ! と音がして。
上空の枠にはまっていたはずの球体が、すとーんと落ちて来た。
静寂のあと、ざわっ! とするよね……。ざわざわだよ。わたしもざわつくよ!
「今の、なに?」
「はじめて見る魔法だな」
魔法……魔法だよね。うん、魔法には違いないだろう。
でも、なに?
「風?」
「聖属性だと主張するだろうな、本人に訊いたら」
「聖属性であんなのできるなら苦労しないよ」
「そうか? 意外と、鍛錬すればできるのかもしれんぞ」
うぐぅ。
いや、今はそんなこと話してる場合じゃない……ものすっごいドヤ顔をしたチェリア嬢が、こちらを見て手をふった。
「リート、見てくれた?」
「拝見しました」
拝見しました……?
いや、さっきまでのワル顔はどこへ消えた! 恭しいっていうか、そりゃもう理想の親衛隊長って感じの抑制された讃嘆の表情……。
なるほど、わかったわ。こりゃ、わたしの演技を批判するだけの実力あるわ。
そして察したわ。チェリア嬢を恋愛感情で落とすのではなく、聖女様にお仕えする人材として取り入ったんだわ……色恋営業は素人だから!
「リートって、面の皮が厚いよね」
「一般的な厚みだがな」
さらっと答えて、それが嫌味なのかなんなのかわからないあたりもリートである。
それより、とリートは話をつづけた。
「試技でさえ、いちいち枠を取り替えるんだな。紙まで貼った枠が大量に準備されているということか」
「破れやすいから、扱いも大変そうだね」
障子経験者の前世日本人としては、そのへんが気になるところである。
障子はいいんだよ、それこそ障子紙を張り替えるのでもなきゃ、持ち運ばないからさ。でもこの枠は、運ぶじゃん……絶対、途中で事故が起きるよ。
「そうだな。考案者は、自分が作業しない立場なのか。作業するなら、ただの馬鹿だろう」
そこまで考えが及ばなかっだというだけで馬鹿呼ばわり……。
「予備を作らないにしても、十六個?」
「そういうことだ。的になる容器と内容物も予備を準備するとなると、かなり力が入っている。……やはり、負けられないな」
そこに着地するのか。
わたしは、費用大変そうだけど誰が出してんの、みたいなことを考えていたのだが。
「あの紙吹雪の仕組みはわかる?」
「俺が呪符魔法に詳しいと思うか?」
「勉強してたじゃない。呪符も暗記してたし」
「呪符は暗記した。だが、運用の実際については詳しいわけではない。それで思いだしたが、君は俺が渡した略称表を暗記できたか?」
「できてない……だって呪文を覚えるだけで精一杯なんだよ」
リートはわたしの方を見もしなかった。想像通りの回答だった、ということだろう。
そう、前にファビウス先輩と相談して作った、呪符を構成する図形の略称表は完成しているのだが……暇があるときに暗記しろと渡されもしたのだが……わたしの暗記力は今、テンポが悪くて妙に覚えづらい見顕しの呪文に、完全にかかりきりなのである。
「そら、君の友人の伯爵令嬢の番だぞ」
試技も、アリアン嬢が担当するらしい。
先ほどのチェリア嬢とだいたい同じ位置に立った、その姿がもう……絵みたいに綺麗。硬質のかがやきを帯びた赤いショート・ボブが、小首をかしげた動きにあわせて、さらりと流れた。
それだけ。
チェリア嬢みたいに手を動かすでもなければ、声をあげるでもない。ただそれだけだった。
すぱぁん!
すっごく爽快感のある音がしたと思ったら、もう終わってた。
ふわふわと、水球に包まれた容器が降りてくる――アリアン嬢は水属性だ。実技は得意だけど、就職のこととか考えてない……って、もったいなさ過ぎる!
「すごい」
「この紙吹雪の中、ここまでの制御ができるとは……ただ、枠の紙は破れてるな。破れたというか、水にふれて溶け崩れたようだ」
「あー……そうだよね。紙だもんね。水もそうだけど、火も近くで使ったらまずいよね」
「風も危ないだろう。あの容器を動かすには、それなりの勢いが必要そうだ」
なるほど……風でもぎ取ったら、紙も破れるという仕掛けか。
「……なんか、なにをどうやったとしても紙は破かせる、って意志を感じる」
「珍しいな。俺も同意見だ」
リートと意見が一致しても、あまり嬉しくはない。というのが顔に出たらしく、リートはまた悪そうな笑顔になった――今日のリートは、むちゃくちゃ表情豊かだな! リートにしては。
「なに?」
「いや、君の反骨心が刺激されていそうだな、と思っただけだ」
「反骨心って。なにそれ」
「あらかじめ決められた通りにやるのが嫌いだろう。結果を前提にした勝負が気に入るはずがない」
「そんなの誰だって好きじゃないでしょ?」
「そうだな。だが、好き嫌いはともかく諦める者は多い。だが、君の場合は逆だ。結果が決められていると気づいたとたん、反抗したくなる。誰かの思い通りにふるまってたまるか、とばかりにな」
そんなことはない……と、反射的にいいかけた……けど……。
「そうなのかな?」
「俺が観察したところ、君はそういう人間だ。そして、俺は観察力には自信がある」
「……そういうとこだぞ、リート」
「なにがどういうところが」
「そういうとこ!」
三番を引いた三学年の生徒が、ぶわっと炎を発して――紙吹雪が大量にやられてしまったのを見ながら、わたしは言葉をつづけた。
「あれ、嫌がらせだと思わない?」
「まぁそうだな、三学年であの制御では、こんな催しに参加はしないだろう」
「つまり、決まった勝負を前にして諦めちゃわないひと、けっこういるんじゃないかな?」
「試技で不満を発散しておいて、本番では権力に従う者もいるだろうがな」
悲観的ぃ!




