411 常識の範囲内でお願いします
「紙吹雪の排除について、追加します。常識の範囲内で対処してください。くり返します。常識の範囲内でお願いします。紙吹雪という障害物は、そこにあるものとして扱ってください。積極的な排除行動は、認めない方針です」
常識の連呼を背中に聞きつつ戻って来たリートは、いつもの無表情だった。
「……相当問い詰めた?」
「王太女殿下のご意志を確認するために伝令を出させるところまで、問い詰めた」
さすが過ぎる……。
「殿下はどこにいらっしゃるの?」
「二階の通路に席を作ってあるそうだ」
高みの見物かー。
見上げれば、二階の通路はけっこうな人だかりだ。これは、空いてるところに王太女殿下がいると見た。ある程度は人混みシャットアウトするはずだから……たぶん、的の真後ろあたりかな。
「あの位置、勢いよく突き抜けたら危なくない?」
「そんなもの、いくらでも防御手段があるだろう……それより、思いついたのか。魔力玉か。なるほど」
わたしが手にしているものを見て、リートも即座に理解したようだ。
「うん、そう。理想としては、魔力操作で制御して、ターゲットの容器を包んで持ち帰る感じ?」
「いきなり魔力として扱うより、腕力で投げて勢いをつけてから操作する方がいいだろう。投げる方が想像しやすいからな」
あー。魔法はイメージだから! スピードも求められるしなぁ。
「ゆっくりの方が、後ろの紙を破かなくて済むとは思うけど」
「腐る、漏れる、消える……このへんは最大限に速度が必要だろう。具体的にどれくらいの時間で中身が駄目になるかは不明だが、どうせ思ったより短時間に設定されているぞ」
リートが語る見通しは、けっこう悲観的だ。これも危機管理の一種?
「優先順位も決めないとね」
「まずは試技だな。ナヴァトが投げろ。後ろの紙は破るつもりで行け。制動は、かけるな」
「はい、隊長」
わたしはびっくりしてリートの顔を二度見した。……なんで?
「貴重な試技で、練習しないの?」
「へたに成功して見せると、時間制限の設定を短縮してくる危険性がある。現時点で、具体的な数字が告知されていないしな。はじめから、この設定でした――と、なりかねん」
そ……そこまで? いやでも、そうか……自腹宝石がかかってるから、紙は破かせたくないかぁ。
なんで自腹宝石なんて設定するかなぁ! 負けるもんかって決意? ウフィネージュ様、ご自分は参加なさらないのに……。
「制動の練習は手元でする。君は魔力玉を多めに作れ。本番で制限されるのは、時間だ。ふたりがかりで投げて、さっさと終わらせる作戦もありだろう。大きさと密度は、できるだけ揃えろ」
「わかった。均質にするのを心がける。でも、本格的に作り足すのは、試技を待ってからにしよう。大きさとか、密度とか、実際に投げてみての意見を聞きたいし」
「……そうだな。魔力は有限じゃない。作成速度は大丈夫だろうな?
「大丈夫だと思うよ。わたしも魔力玉は作り慣れてるから」
まぁ、作って渡すだけの状況に慣れ過ぎちゃってて、使い途を思いつかなかったんだけどね……。
「各班の代表者、集合してください。順番を決めるくじを引きます」
親衛隊のふたりが、わたしを見た……。えっ、やっぱわたし?
「くじ運よくないんだけど」
「順番はどうでもいい。どうせ、俺たちの手法は誰にも真似できないし、俺たちも他の班の方法を真似することはできない」
「一番は引きたくないなぁ……」
「その困った顔でくじ引きに行け。打開策など思いついていないように見える、ちょうどいい」
リートよ。正しいのかもしれないが、リートよ……!
しかたがない。諦めて、くじ引きに参加することにした。まぁチームの代表者っていったら……わたしだよね。
もちろん、チェリア嬢も代表者としてくじを引きに来ている。
王子もいるけど、完全に気配を殺していた……僕はここにいない、僕はここにいない、って顔をしてる。大丈夫なの? 王太女殿下に無理難題を押し付けられてない?
最終的に、参加するのは八チームになったようだ。一学年って今年は二クラスなんだけど――生徒数によって増減するらしい――それぞれのクラスから二チームずつ。あとは、二学年から一チーム、三学年から二チーム、生徒会から一チーム。最終学年である四学年からの参加はない。皆、卒業研究で手一杯なんだろうな。
くじは、筒に入ってる棒を引くタイプのだった。わたしを見た例の生徒会役員は、にこりともせずに筒を差し出した。
「まず聖女様からどうぞ」
えっ。ここで一番? ……いや、チェリア嬢に勧めたってこと?
アリアン嬢が眉を上げた。
「そういうの、どうかと思いましてよ」
「そういうの……とは、なんのことでしょう」
「特定の誰かに、はじめの一本を引かせることですわ。おわかりでしょう? 皆様お上品でいらっしゃるから、口にはなさいませんけど……不正があるんじゃないかって、どうしても思ってしまいますもの」
わぁ……喧嘩売ってる、喧嘩売ってる! あわてて、割って入った。
「不正なんかないと思いますよ、だって順番で有利不利なんてないでしょう?」
「あとからやると、真似ができるでしょう?」
あ、なるほど。でも、うちのチームに限っては……真似できないだろうなぁ。
「わたしが引くわ」
さっ、と手を伸ばしたチェリア嬢を止められる者など誰もおらず――生徒会役員が「あっ」と声をあげたところで、不正疑惑が高まったんだけど、まぁ……。
もう引いちゃったし見せちゃったよね、チェリア嬢。
「一番。真似ができるなら、真似してくださってもいいですよ」
堂々といいはなつチェリア嬢は、ちょっとかっこよかった。敵ながら天晴れである。
そして、生徒会役員に笑顔で尋ねるアリアン嬢も――
「次は誰に引いてほしいのかしら?」
――怖い。クールが際立って氷点下!
「……お好きにどうぞ」
「じゃ、皆さん一緒に引きませんこと?」
逆らえないわたしは、こくこくとうなずいた。残り七チームの代表者がそれぞれ手を伸ばして、適当に棒を選ぶ。
アリアン嬢が、生徒会役員に確認した。
「これでよろしくて?」
「お好きにどうぞ」
生徒会役員さんの語彙が消失してる!
そりゃそうだよな……ずっと矢面に立ち、本気を出したリートの相手までさせられて、もうズタボロであろう。よく頑張ってると思う。
「では、一斉に」
アリアン嬢の声かけで、ひと息に引き抜いた棒の先端に書かれていたのは!
「八番……」
最後かぁ! 最後引いちゃった!
役員さんにひとりずつ申告してメモってもらい、親衛隊がいる待機ゾーンに戻る。
「ただいま。チェリア嬢が一番を引いた。アリアン嬢は二番で、わたしは八番」
「チェリア嬢のくだりは聞こえたが……そうか、君は八番か。準備の時間が多くて結構だ」
声が大きいチェリア嬢の台詞はともかく、ほかも聞こえたの? ――って、そりゃそうか。リートだったわ。聞こえるわな、自分の聴力を強化するだけだ。
「聴力の強化って指向性も持たせられるの? いっぺんにいろいろ聞こえて困ったりしない?」
「ある程度の指向性は持たせられる。いっぺんに聞こえて困ることはあるが、目的に意識を絞る訓練もするから問題ない……ところで、これは的抜きに関係する話なのか?」
「いや、ちょっと興味があって」
「無駄なことを訊くな」
「ウフィネージュ様、このくじ引きの結果をどうお思いなのかしら……って」
リートは一瞬、眉をひそめた。
「そういう興味か。不正があったかどうかを知りたいのか?」
「よくわかるね」
「不正?」
ナヴァト忍者が、おどろいた顔をした。聴覚を共有していなかったんだな。
「生徒会役員が、はじめに引いてくれって、わたしを指名したの。それをアリアン嬢が疑って、揉めてるあいだにチェリア嬢が引いちゃったのよ。一番を」
「……なるほど」
「王太女殿下は、声音ではご機嫌がわかりづらいかただが――」
わたしがナヴァトに経緯を説明しているあいだに、リートが遠隔盗聴を開始、報告。
「だが?」
「――苛立ってるのは間違いないな」
「じゃあやっぱり、わたしに一番を引かせようとしてたってことなのかな」
「たぶんな。目論見は単純だろう。ほかを参考にさせないためだ」
「参考っていってもねぇ……」
魔法の属性が違う以上、ほかのチームを参考にはできないんだけど。
「君が一番を引いていたら、順番が決定した直後にもう試技をはじめるとか、そういう流れだ。ではこのままどうぞ、だな」
「……たしかに、それは嫌だな」
嫌がらせをできる隙は見逃さない、さすがウフィネージュ殿下!
予約したつもりで実は予約してなかったー!
というわけで、ちょっと更新時刻が遅れました……。




