409 敗北は決定づけられていたという理解が今頃
なすすべもなく迎えた、決戦当日。
そう。なすすべもなかったのである――なんなのウフィネージュ殿下、そうまでして推し聖女ちゃんを一位にしたいの? ……したいんだろうなぁ! わかってるよ、そういうおかただよ。
「本日は、生徒会主催の魔法実技発表会にお集まりくださり、ありがとうございます」
挨拶をしているのは、生徒会の役員らしい。入学直後にお招きを受けた食事会で、会ってるはずだけど……まったく覚えがない。
キラッキラの王族姉弟やスタダンス様と比べると、わりと地味なお顔立ちでいらっしゃる。でも、地位って顔立ちで決まるもんじゃないからな。
「こちらは生徒会の催しですので、皆様の成績などには関係しないこと、あらかじめご了承ください」
おぅ。まったくなんも考えてなかったな、成績のことなんか……。
ペーパーテストと実技試験以外にも、勘案されることってあるんだろうか? え、そのへんの情報ちょっと知っておきたいな。あとでシスコに訊こう。
……なんて呑気に考えているあいだにも、説明はつづく。
曰く、会場はこの特別研修室――その昔、ファビウス先輩と手をつないで魔力感知の練習をした、あの部屋だ。前世でいえば、学校の体育館くらいの広さがあるので、かなりの人数が入っても余裕である。競技参加者以外にも、見物の生徒がたくさん来てるが、ぜんっぜん余裕。二階の壁に沿った通路も、観客席として機能中だ。
曰く、的は天井から吊り下げられている――おお、ファビウス先輩の推測当たった! 的を動かすのはブラフかもっていうやつ……ほんとにそうだった。固定されてる!
「ご覧のように、的は九分割されております」
役員さんが指示すると、的がするすると下りてきた。どう見ても、魔法ではなく物理的に動かしている。天井にある金具に紐を通して、引っ張ってるようだ。
かなりスムーズに動いてるし、滑車なのかも? 魔法の訓練に的を使うこともあるんだろうし、まぁこういう設備があっても不思議はないか……。
「木枠に紙を貼ったもので、とても軽量です。紙は薄く、ちょっと突けば穴があくような脆弱なものです。この枠に奥行きがあるのは、おわかりいただけますか? 本番では、この枠の中に物質を固定します。選手の皆さんには、この物質を撃ち落としていただきます」
……物質?
そういえば的に傷をつけるなって話だったな。じゃあ、その物質を無傷で撃ち落とせってこと?
「物質は、この球形の容器におさめられます。容器と枠は呪符魔法で呼応し合い、容器は設定されたしかるべき枠の中央に浮遊するようになっています」
なんかめんどくさくなってきたぞ。
つまり、むっちゃ奥行きがある障子みたいな――紙が貼ってあるし、前世日本人としては障子を連想してもしかたがないだろう――このマス目の一個ずつに、ターゲット物質が浮かぶってこと?
……あ。なんか嫌な予感してきた。
「物質はすべて違うものとします。左上から、火。これは球体に封じる関係上、一定時間で消えてしまいます。燃えているあいだに撃ち落とせれば十点、消えてからだと二点となります。上中央が、花。撃ち落とせれば十点、花びらが散ってしまった場合は一枚につき二点減点です」
なお、五弁の花です――って、ぜんぶ散ったら零点じゃん! きっつ!
説明をまとめると、こう。
・上左:火 燃えていれば十点、消えてると二点
・上中:花 花びら揃ってれば十点、散ると一枚ごとに二点減点
・上右:水 時間が経つと漏れる、漏れる前なら十点、半分以上残っていれば五点、半分以下は二点
・中左:金 十点。密度の高い金属で、ほかの的より極端に重く扱いに注意が必要
・中央:魔 三十点。吸血鬼の血のサンプルが封入されており、魔力耐性が高い
・中右:風 十点。定位置からずれた瞬間に動きだす不安定さがあり、ほかの的より極端に軽い
・下左:腐 十点。球体を内側から腐食し、時間がたつと崩れて消える
・下中:秘 十点。中身はシークレット……おい、真面目にやれ!
・下右:貴 十点。中身はウフィネージュ殿下の私財で贖った宝石。全体で百点以上を獲得していた場合、この宝石も賞品として持ち帰れる……えっ百点とったら殿下に恨まれるやつでは?
時間制限あるものが多い……できるだけ手早く済ませないといけないのか。
いや、それよりわたしが気になってるのはだな! 障子といえば、破れるものじゃない? つまり、ひょっとして……。
「また、枠に貼ってある紙を破いた場合、三点減点となります」
ほらやっぱり!
そして、三点減点って……えっと全部破くとマイナス二十七点で自腹宝石のお持ち帰りは無理、と。
宝石のお持ち帰りを狙うわけじゃないけど、はじめから不可能っぽい設定なの、なんかイラつくなぁ!
「さらに、競技中は紙吹雪を降らせます」
……は?
って思ったのは、わたしだけじゃないと思う。皆、そういう顔してたから。なにその冗談? みたいな。
でも、生徒会役員は真面目な顔でつづけた。
「この紙吹雪は、呪符魔法により動作が定義づけられております。地面に落ちることなく、常時この空間を循環します。かなりの量ですので、的を視認するのは困難になるでしょう。魔力感知で的をとらえる必要がありますが、紙吹雪も魔法で動いているため、認識阻害の材料となります。参加者には、正確な探知が求められます」
紙が大量に発注された件は、ブラフじゃなかったんだな!
でもまさか、紙吹雪に使うとは。
あと、呪符魔法っていった……よね? まさか、紙吹雪一枚ずつに……? えっ、なんか複製する便利な魔法でもあるんなら別だけど、無茶な仕事量では? いやさすがになんか手段があるんだろうな……そうであってほしい。
でないと、生徒会役員およびその下僕? 使用人? 雇われ魔法使い? 誰か知らんけど、間に合わせるために徹夜しまくった気の毒なひとが出現しそう……。
「感覚を掴むために、各班から代表一名のみ、一回の試技を許可します。的に設置されるのは『風』の球体のみ、位置は本番とはことなる中央となります。紙吹雪は本番同様です」
代表一名のみ、試技一回!
えっ、誰がやるんだ……うちのチームの場合。
「リートが行く?」
「やるのはかまわんが、君じゃなくていいのか」
「えっ、なんでわたし?」
「本番で、緊張しそうだからだ。練習があった方がいいだろう」
あ、なるほど……と、納得しそうになったけど。
「こんな状況で練習しても、練習自体が緊張しちゃって意味なさそうな気がする」
「……器用だな、練習で緊張するとは」
いや緊張するでしょ! 各チーム代表一名って!
注目浴びるでしょ、本番と同じでしょ!
「試技一回は貴重な機会です。誰が、どう試すかは慎重に決めた方がよろしいかと」
ナヴァト忍者が、もっとも過ぎる意見を提出。これには、うなずくしかない。
「それはそう……でも、どうするのがいいと思う?」
「俺の魔法は光属性ですから、役に立てる方法は思いつきません」
「俺は自己強化はできるが、それだけだな。ただ、あの容器が魔力を通すなら、花びらは維持できる。腐食の制御も、おそらく可能だろう」
なるほど……。
「的を撃ち抜くだけでしたら、魔法を使わずとも問題ないと思っていましたが……」
物理最強忍者、ある意味余裕の発言だなぁ。正直、あの高い天井近くまで的を吊り上げられちゃうと、わたしの投擲力では届かない可能性まであるんだけど!
「あっ、背後の紙が破れちゃうから?」
「もちろん、それもです。ただ……今頃気がついたのですが、魔法で撃ち落とす規則なら、手も足も出ません」
「……わぁ……それだわぁ」
ナヴァト忍者は物理最強だし、リートも生属性で自己強化可能。ボールでも持たせれば、的抜きなんて問題なくできるだろう。だけど、ボールがないのだ。いかん、ストラックアウトのイメージが強過ぎた!
この三人で組んだ時点で、敗北は決定づけられていたという理解が今頃……今頃!
衝撃を受けるわたしの耳に、司会進行の生徒会役員の声が飛び込んできた。
「質問があったので、お答えします。道具の使用は禁止です。また、紙吹雪の大規模な排除は、十点減点となります」
紙吹雪の排除……! なるほどなぁ……そして道具の使用禁止……詰んだぁ!




