408 俺は所詮、素人だからな
……で。
「なにも知りませんね、あの女」
研究室に戻ったリートの報告は、こうだった。
「ちょっと、失礼よ」
「『二番煎じ』より、いいだろう」
「そういう問題じゃないでしょ……」
リートはわずかに眉を上げたが、視線はファビウス先輩に向けたままだ。わたしなんか、相手にしていないのである。……君は誰の親衛隊長なんだ?
視線の先のファビウス先輩はといえば、頬杖をついて思案している風情……かっこいい。
いちいち! いうまでも! ないんだけどかっこいい!
「後援者からも信用されていない、ってこと?」
「ちょっと水を向ければ、なんでも喋りますからね。誰だって、あれに重要なことは明かしたくないでしょう」
いろんな意味で、ひどい扱いだな!
「誰かチェリア嬢の味方はいないの……」
思わずこぼれた声を、意外にもリートが拾った。
「本人が、必要ないといっているからな。君も聞いただろう、ひとりでなんでもできると主張していたのを」
「……それはそうだけど」
たしかに、いってた。でもさぁ、人間ってそういうんじゃないじゃん。
ひとりでできるもんは、たとえ本人がそう信じてたとしても、なんかさぁ……。
「とにかく、現段階では王太女殿下が彼女の後見だ。君は、心配するよりされる側だろう」
「……それも、そうだけど」
王太女殿下に否定されてることが、あきらかだもんな!
「大丈夫、心配されるような事態にはしないから」
ファビウス先輩が保証してくださったが、なんだろう。この……まかせて安心なんだろうけど、どこか安心できない感じ!
「わたしのせいで、ファビウス様やシェリリア殿下のお立場があやうくなったりは、しないですよね?」
「そんな立ち回りはしないから、信じて」
伝家の宝刀、上目遣い発動ぅ! くっ……直視できない。
いやね、そりゃね、ファビウス先輩のことだから万事ぬかりないんだろうけど。でも、心配かどうかでいえば、心配ではあるよね。
そんなわたしの心境まで読んでしまったのか、ファビウス先輩は微笑んで。
「心配してくれるの? 嬉しいな」
キラキラ嬉しがるなーッ! くっ……心臓がもたない。
「いやもう、すみません、わたしのことは放置で結構ですので……あっ駄目だ、共有しないといけない情報があった」
「なんのこと?」
「夕食のときに聞き込んだんです――」
生徒会の風属性魔法の達人が的を動かす練習をしていたって話と、生徒会が紙屋に大量発注したらしいって話。このふたつは、伝えておかねばなるまい。
せっかく、皆が集めてくれた情報だもんね!
「なるほどね。的を動かす練習の方は、引っかけの可能性もあるかな」
「えっ」
「もちろん実際に誰かが的を動かすのかもしれないけど、ちょっと聞き込めばわかるような情報なら、わざと流してる可能性がある」
「つまり……的は動かない可能性がある、ということですか?」
「そうだね。あるいは、動かすにしても風属性魔法を使うような手法ではないのかも」
「……」
たしかに、ウフィネージュ殿下ならブラフをばらまきそうだ。生徒会は探りを入れられるだろうと考えて、わざとオープンにした情報で引っ掛けてきそうよね。
それはわかるけど……風属性魔法ではなく動かすって、どんな?
「結局、王太女殿下のてのひらの上、という感じだな」
そういって苦笑したファビウス先輩に。
「かならず勝利します」
やる気に満ちた宣言をしたのは、リートである。
ちょっと困ったように眉尻を下げ、ファビウス先輩はわたしを見た。
「親衛隊長は勝つ気らしいけど、ルルベルはどう?」
「え、わたしですか? うーん……」
正直、どうでもいいのだが。
どうでもいいのだが、さすがに実力で勝ってみせれば、あの聖女ちゃんも少しはおとなしくなるのではないだろうか。少なくとも、わたしは心の中でフフンできる。
家に帰れば生ハムの原木があるんだぞ、みたいな感じ? なんか流行しなかったっけ……つらい現実を乗り越えるために、家に帰れば生ハムがあるって心の中でフフンするって話。
あんまりよく思いだせないけど、生ハム食べたいな!
「チェリア嬢を勝たせてしまうと、さらに態度が大きくなるかもしれないですね」
「それはそうだろうね。今よりもっと、ってことだろう? ちょっと想像が難しいな」
「でも、負けたら立場が微妙になるかな……」
「立場が微妙? ……ああ、チェリア嬢の立場を心配してるの?」
「そうです。ウフィネージュ様が、ぜったい勝てる布石をなさってるんだとしたら……それでも勝てなかった場合、お立場が」
現状、チェリア嬢はウフィネージュ様がわたしの対抗として推してるから居場所があるだけで。
わたしのように、「そうはいっても聖属性魔法使いがいないとお困りですやろ?(ゲス顔)」みたいな強みもないのだ。だって聖属性じゃないんだもん、エルフ判定で。あんなに聖属性が好きなエルフが判定を間違うはずないから、そこは信じていいと思う。
「やさしいね、ルルベルは」
「いえ、そういうんじゃないです。ちょっと傲慢です」
「そうなの?」
「はい。だって、自分には居場所があると思ってるわけだし……負けても皆が受け入れてくれるだろう、って。でも、チェリア嬢にはそれがないと考えてるわけですよね? なんていうか、偉そうだと思います」
わかりやすくいうと、上から目線ってやつだ。
……感じ悪っ!
「ファビウス様」
「うん?」
「……リートとナヴァトも聞いて。わたしやっぱり、勝ちたい。ちゃんと勝ちたいと思う」
根拠もなく余裕ぶっこいて、わたしよりあなたが勝つべきだわ、みたいな勘違い聖女になるって考えたら……ぞっとしたのだ。
そういうの、趣味じゃないよ。
わたしの中のこう……なんていうの? 善性? 取り柄? よくわかんないけど、それってさ、目の前のことは全力でやるって点にあると思うんだよね。
失敗しても、それはそれでしかたないじゃん。それより、全力を出したかどうかが重要だよ。
今できる精一杯で挑戦する以外、どうしようもないんだから。
「そうか。じゃあ、応援しちゃおうかな」
「応援してください」
「俺は勝つつもりだぞ、君がどういおうが」
「わたしも勝つつもりになった、っていってんの! ちゃんと協力するから、作戦とかあるならいって」
「俺も微力を尽くします」
「なにいってんの。ナヴァトにあるのは微力じゃないでしょ。怪力でしょ」
「はい」
そこ肯定しちゃうかー! いやまぁ物理最強枠だもんな、転生コーディネイターによれば。
「作戦か……もっとも手間がかからない案のひとつだが」
「なにかあるの?」
「ファビウス様にチェリアを落としてもらう」
……なんて?
「あの……えっと、リートが落としに行ったんじゃなかったの」
「俺は所詮、素人だからな」
いやいやいや、ファビウス先輩がプロみたいな言種ぁッ!
「リート、それはルルベルが望む勝利じゃないと思うよ」
ファビウス先輩も! そこはなんか、もうちょっと否定してくださいよ!
「確実に弱体化できる見込みがあります。子どもの頃に出会った『ファービー』への執着が強いので」
「ファビウス先輩はほんとにご記憶にないんですか?」
「そうだね。僕は一応、王子だったし。そうそう単独行はしないはずで、目の前でどこかのご令嬢が溺れてるなんてことがあったとしても、前に出て助けるのは僕の護衛だと思うんだ」
あー……そっか。なるほど。
お兄様がたぶん暗殺で命を落とされてるわけだし、警護は手厚かったはず。本人が育って優秀な魔法使いとなり、隣国に腰を据える姿勢を示し、なおかつ最近は王位継承権さえ放棄したからチャラチャラ出歩けるってだけで。
本来、そんな自由に出会いがあったりしないんだな。
「じゃあ、人違い……?」
「だったとしても、彼女は簡単に認めないかもしれないね」
諦めたような表情のファビウス先輩に、ひょっとして、ああいうタイプの女性に粘着されたことが以前もおありですか? という質問が喉まで出かかったが……今訊くことでもなさそうなので、わたしはなんとか我慢した。
リートも、かんたん解決を諦めることにしたようだ。
「わかりました。お気が進まないなら、この案は却下します」
「そうだね。却下で」




