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405 吐いたものが見えんのは、おかしな気分だ

 んでまぁ、ナヴァト忍者は校長室からの退出を命じられた。

 それは想定内だったのだが、問題はナクンバ様である。


「我も外に出る。見聞を広げたい。呪文は昨日も見た。今日は、ほかの魔法を見てみたい。我ならば魔王の眷属も発見できる、ちょうどよかろう」


 ルルベル以外に興味はないって雰囲気だったのに……! 成長したなぁ、ナクンバ様。


「ナヴァトがいれば姿を消してもらえるし……いいかもしれないですね。じゃあ、昼食までナクンバ様のこと、少しお願いできる?」

「はい」


 これがなぜか、ナクンバ様の癇に障ったようだった。


「我に保護者など必要ない」

「姿が見えないようにしてもらう必要があるんです。ナヴァトがうまくやってくれなければ、今までだって騒ぎになってたかもしれなかったんだし……」


 ぷすんと鼻から煙を吹いて、ナクンバ様はナヴァトを見た。ふわっと浮き上がり、挑戦的に命じる。


「消してみよ」


 とたん、ナクンバ様の姿が見えなくなった。

 ぼわっと変な音がして、ナヴァト忍者が顔をしかめる。


「聖女様、可能でしたらナクンバ様にお願いをしていただけませんか。火は吹かないように」

「ナクンバ様、火は駄目ですよ、火は! 火事になったら困ります」

「我は困らん」

「わたしが! 困るんです!」

「……気をつけよう。しかし、火も不可視になったな……吐いたものが見えんのは、おかしな気分だ」


 ナクンバ様が姿をあらわした。これはナクンバ様がやっていることではなく、ナヴァト忍者が魔法を切ったってことだよな……なんか紛らわしいな!

 ナヴァト忍者は黙っている。それが却って、よかったのかもしれない。

 なんとなく楽しげ且つ前向きに、ナクンバ様は提案した。


「我の動きにどこまでついて来られるか、試してみよう」

「ナクンバ様、あんまり無茶はなさらないでくださいよ!」

「燃やさんようにするし、音も出さん――此奴こやつは音消しはできんだろうからな。さて、行こうか」


 なんかウッキウキしてらっしゃいませんか、ナクンバ様……。まぁ、わたしの腕に巻きついてたり、蝶のように花のように、雲のように風のようにというエルフ校長の謎教育を黙って聞いてるよりは……楽しいだろうなぁ!

 ほんと、無茶なことさえしないでくれれば問題ないんだけど。


「やれやれ、竜は自由ですね」


 扉が閉じてから、エルフ校長がつぶやいた。


「そうですね。むしろ、なぜわたしについて来てくださったのかが不明です」

「僕にはわかりますけどね。あの竜に同意できるのは、ルルベルを見込んだというその一事に尽きます」


 そうおっしゃられましてもね! 営業用の笑顔で流すと、エルフ校長もやわらかな笑顔を返してくれて、いやもう眼福ですね! エルフの微笑ってさぁ、人間となんか違うよね……。

 なんだろう、光そのもの、って感じ?

 ……いかんいかん、エルフとつきあってるとヘボ詩人モードが発動してしまう!


「では、見顕しの呪文を復習しましょう。まず、自由に唱えてみてください」

「えっと……全文を暗誦あんしょうできるか、自信がないんですけど」

「覚えているところだけで大丈夫ですよ。ですが、一回唱えるだけで用が済む魔力感知の呪文と違って、治癒や見顕しは、必要なときに唱えられるように暗記しておきたいですね」

「……はい」


 ごもっともで! ございます!

 だけどね、わたしの事情も察していただきたい。さすがに口頭で教えられるわけじゃなく、書いたものを与えられるのではあるが。もちろん古代エルヴァン文字で書かれた原初の言語で、知らない単語もあるし、変則的な文法も使われてるから、サラッと読めたりはしないのも当然なのだが。

 そこまではいいとして、その紙を持ち出せないのである。校長室から。つまり、校長室を出たらもう、見本がないわけ。


 まぁ……こうなってる理由はわかるよね。エルフ校長が呪文を教えてくれてるのは、わたしだから。わたしだけ。わたし以外の誰かに見られる可能性はゼロに抑えたい。繊細かつ根に持つエルフ心の欲求……理解はできるけどね。

 できるけど、この紙を持ち帰りたい! 持ち帰らせてくれぇ!

 魔力感知のときは特別だったんだろうなぁ。

 それと、一回唱えたら用済みの呪文っていう種別? の問題もあるのかも。

 一回唱えられれば効果は永続ってのは、強力な魔法にも思えるけど。でもあれ、応用ができないのだ。魔力感知ができるようになります、以外の使い途がない。

 治癒だって治癒にしか使えないだろうといいたいとこだけど、現実には、ナクンバ様を顕現させちゃったりしてるからな……。

 そして今度の見顕しは、初手から「いろいろ使えます」って説明とともに教わってるわけで。


 流出リスクが高いって判断なんだろうなぁ〜、そんなヤバいものをわたしが教わっていいのか。

 教わってもいいなら、紙に書いたものを持ち出させてほしい……いっそナヴァト忍者に透明にしてもらうとか……いや透明だと読めないし、まずナヴァト忍者に見せる時点でアウトだな……。


 しかたがない。頑張れ、わたしの貧弱な記憶力!

 ……で、唱え終えたときのエルフ校長の評価は、こうだ。


「導入部は完璧でしたよ」


 木漏れ日のきらめきのような微笑とともに、導入部以外のすべては駄目でしたと指摘を受けた。

 見顕しの呪文、そんなに長くはないんだけど――実際、文字数だけなら治癒の呪文の方がずっと長い――なんかこう……間違えやすいんだよな。

 くり返しが少なくてコンパクトにまとまってるのが逆に、覚えづらい。


 思えば、学生時代に暗記した『枕草子』の冒頭とか、テンポの良い文章だったよなぁ。春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる……。まだ覚えてるくらいだもん。

『平家物語』なんか、もっとリズムがあるよね。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ……。


「……ルルベル? どうかしましたか」

「いえ、なんでもありません。ちょっと、自分が情けなくて」


 もっと本気出せ、ルルベル! 相変わらず、聖属性魔法使いとしては「魔力をぶっぱなす」以外の使いかたができてないんだし。

 せめて呪文という人類が失った技術を……せっかくエルフ校長が教えてくれるんだから、自分のものにしなくては。


「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」

「いえ、頑張ります」


 長命種の時間感覚を真に受けると、たぶん痛い目を見るぞ。その程度のことは想像つく。


「では、今度は書かれたものを見ながら唱えてみましょう。同時に、心の持ちようを学んでください」

「はい」

「読みはじめは、呪文と同一化するつもりで」


 また難しいこと要求されてるけどまぁ……まずは暗記からだ!

 たまに休憩が入るので――脳も疲れるけど、音読が主だから喉にも来るので、休憩は必須だ!――疑問に思ったことを訊いてみた。


「校長先生、呪文っていうか……原初の言語って、文字よりも音声化が重要なんですか?」

「……そうですね」


 エルフ校長の返答には少しだけ遅延が生じて、あれ、なんか面倒な質問だったのかなと思った。

 その疑念を裏付けるように、今度はわたしが質問された。


「なぜ、そう思ったのですか?」

「あーえっと……考えたら、言語はまず音声があって、次に文字っていうのは当然のことなんだろうと思うんですけど……少なくとも人間の場合はそうでしょうけど、原初の言語って特別そうだし、先に文字の可能性もあるのかな、って考えたんです。でも、呪文が詠唱を必要とするってことは、文字に書いただけじゃ駄目なんだなって思って」

「その通りです。原初の言語は本来、エルフの言葉ではなく、世界の言葉でした。ですが、文字にしたのはエルフです。エルフが作った文字は、言語の本質には迫り得なかったのですね」

「世界の言葉……?」


 なんか話が大きくなってきたなぁ。


「古代エルヴァン文字は、エルフが人間との意思疎通をはかって作ったという説明も間違いではないのですが……僕は、それ以上に、いにしえのエルフの志を感じます。原初の言語を記録しようとする意志を。エルフは忘れませんから記録の必要もないのですが、それでもなお、形にして残したかったのでしょう。それは一種の信仰であり、願いが形をとったものといえます」

「祈り、みたいなものですか?」

「……ええ。とても素敵な表現ですね」


 微笑むエルフ校長に、わたしは――美し過ぎるものは悲しいなって。なぜか、そう思った。


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