403 僕とシスコ嬢でかなり態度が違うよね?
シスコはそんなに長居できないので――あくまで、食堂ではお茶できそうもなかったから避難所的に研究室を使った、という体裁をととのえる必要があるのだ。でないと、シスコの評判にかかわるからね!――お茶会はテキパキと進んだ。
ティー・セットは、もとから研究室にある豪華なやつ。お菓子は、ファビウス先輩が買い足したのと、シスコが部屋から持ってきたおしゃれで可愛いプチ・ケーキみたいなの……うひょー、目から栄養がとれる気がするよ! 乙女心的な栄養!
「それにしても、困ったひとね」
「……その話はもうやめようよぉ」
「駄目よ。明日からどうするか、考えておかなきゃ」
うう……目から摂取したキラキラふわふわな気分が、こぼれていくぅ。
「ルルベル、そんな顔しないで。僕がなんとかするから」
「ファビウス様は、ルルベルを甘やかし過ぎです」
キリッ、とした表情のシスコ、新鮮で麗しい。でも厳しい。
「ほんとに? 甘やかせてるなら、嬉しいな。ルルベルは、なかなか甘えてくれないから」
シスコがスン顔になった……駄目だコイツって顔だね、これは!
わたしのせいで、ファビウス先輩が駄目男認定されてしまう。これは話題を変えねばならぬ。
「そういうのはともかく、あれはなんなんですか?」
「あれ?」
「ファービー」
「ああ……、あれか。なんなんだろうね?」
小首をかしげて見せるファビウス先輩、あざとい。……あざとい!
「お心当たりはないんですか?」
シスコが切り込んだが、ファビウス先輩は少し眉根を寄せて、うーんと唸るだけ。
チェリア嬢は、東国との国境近くの出身らしいから、東国との接点は存在してもおかしくはないし、だったら幼き日のファビウス先輩と遭遇してる可能性はあるよなぁ。
「リンダルの池という場所も、ご記憶ではないですか?」
「さすがに池の名前をすべて覚えてはいないからなぁ」
白状しよう。わたしは池の名前をひとつも知らない。
だって、王都には池などないのだ。そして、王都にないものなど知らぬ存ぜぬの暮らしを送っていたのである。庶民の知識の狭さを舐めんなよ!
「あの話しぶりだと、なにか事件があったようですけれど?」
シスコがまた切り込むが、ファビウス先輩の反応は鈍い。
「そういわれてもね。もとは他人の記憶には残らないような些細なできごとを、記憶の中で美化して大事件に発展させていたとしても、おかしくないだろう?」
「そんなことって……」
あるんだろうか。
チェリア嬢だから? 彼女の性格なら……と、いえるほど、よく知ってるわけじゃないけど。でも、思い込みが強いタイプなのは間違いなさそうなんだよな。
「もし誤解なら、そこをしっかり認識してもらう必要があるわ」
「誤解ですよといって、そうですかと納得してくれるかな? 無理じゃない?」
眉根を寄せて考え込むシスコと、あくまでサラッとしたファビウス先輩。
まぁなんだ……諦めてるか否かの差って感じだね!
「でも、なんとかしなきゃ」
「シスコ、そんな難しい顔で考え込んでると、眉間に縦皺が刻まれちゃうよ」
「だってルルベル……わたし、ほんとうに許せないの」
「うん? ああ、ファビウス先輩に会いたいから、わたしを探してたってやつ?」
「そう」
「そんなに気にしないで。誰だって、自分の都合でそれくらい考えるでしょ。特定の誰かに会いたければ、その誰かがいそうな場所を探すわけだし……場所っていうのが『別の誰かのそば』だっただけなんじゃないの、今回は」
宥めようとしたら、睨まれた。おお……怖い。まだ怒ってる!
「だからって、『自分が探してるのはファービーであって、あなたには用はない』って、はっきり宣言する必要ある?」
「べつに用はない、とまでは……」
いってたも同然だけど、気にしてないし!
むしろ、用がないと思われてる方が平和じゃない?
あ、違う。そうじゃないな。ファービー探しが終わらない限り、平和にはならんって話をしてるんだった。
「まぁ、適当にあしらうのは慣れてるから。わたしは平気だよ」
「慣れてる、って……」
「シスコ、忘れた? わたしはパン屋の娘なんだよ。入学する前は、はたらいてたの。店で」
「忘れてないわ。前に教えてもらったもの」
「うん。でね、お客さんて、いろんなひとが来るし、こっちは店から逃げられないんだよ。だから、あんなの大したことないの。変なお客も、たくさんいたし……あっ、もちろん良いお客さんもいるんだけどね。とにかく慣れてるのは嘘じゃないよ」
「お店じゃないのよ、学園は」
「それはそうだけど……」
でも、逃げられないって点では似たようなものじゃないかな。
そこがどこであれ、わたしは聖女という役割からは逃げられないわけだし――あー、エルフ校長なら「逃げられますよ、僕が逃がしてあげます」って返してきそうだけど!
「ルルベルは、そういうところがあるよね?」
ね? と語尾を上げながら、ファビウス先輩が同意を求めたのはシスコである。
シスコはといえば、不満げに口を引き結び――葉っぱの口だ!――視線をそらした。
「どういうところか知りませんけど、なんでか自分をだいじにしないところがあるとは思ってます」
「そういうところだよ。だから、甘やかし過ぎるくらいでちょうどいいんだ」
「……ファビウス様がそう思っておいでだということは、わかりました」
「意見は違うけど、ってところだね?」
かろやかに笑うファビウス先輩とは対照的に、シスコの表情は暗い。
「なんか……ごめんね、シスコ。せっかくのお茶の時間なのに」
「いいの。わたしが意地を張ってるだけなんだし。解決策なんて、すぐにみつかるはずないのも、わかってはいるんだけど……一刻も早く、なんとかしたくて」
「ありがとう。その……わたしのために、怒ってくれてるのよね」
シスコはようやく、へにゃっと表情をやわらげた。可愛い。
「……ルルベルには、迷惑かもしれないけど」
「ううん、そんな」
「それに自分のためでもあるの。だって、ルルベルが平気だっていうのが事実だとしても、なにも変わらないもの。わたしは彼女のあの発言も、態度も、許せない。許したくもないわ」
おおぅ……やっぱりガチ怒りじゃん!
チェリア嬢も、まさかここまでガチ怒られしてるとは気づいてないだろうなぁ……平和でいいなぁ……メンタル強くて視野が狭いって羨ましいなぁ!
「でも、いつまでもそんなこと口走ってるばかりじゃ、駄目ね。ルルベルを楽しくなくさせちゃう。せっかく戻って来たのに」
「え、わたしはシスコが近くにいるだけで幸せだし楽しいよ!」
「もう……!」
シスコがまた赤くなった。可愛い。そしてこれは……ほら、立ち上がった!
「時間が遅いし、そろそろ失礼するわ。ファビウス様、ご馳走様でした」
「こちらこそ。美味しいお菓子をご相伴にあずかってしまった。……寮まで送って行こう」
「あ、じゃあわたしも」
立ちあがろうとしたけど、ファビウス先輩に制止された。
「ルルベルは駄目だ。まだアレがうろついてるかもしれないからね。リートが戻って、どうなったかの報告があるまでは、外出禁止」
「ええー……」
「そうしてちょうだい、ルルベル。お願い」
「うん、わかった」
シスコにお願いされたら、しかたないな!
「……ねぇ、やっぱり僕とシスコ嬢でかなり態度が違うよね?」
「えっ? そうですかね」
「まぁいいや。その件に関しては、あとでまたゆっくり聞かせてもらうよ。行こうか、シスコ嬢」
「はい。じゃあね、ルルベル。またね」
「またね!」
シスコをエスコートして立ち去るファビウス先輩の後ろ姿は、かっこよかった。
なんか珍しいものを見た気分だな。最近、ファビウス先輩の後ろ姿って見てなかったかも……うん、この距離で見送ることって、滅多にないんだ。
わたしの中のファビウス先輩のイメージって、近寄ってくるのばっかり。背中を見せて遠くへ行く映像って、浮かばない。
見送られる方なら、多少は思い浮かぶんだけど……こないだ西国に出発したときの、どんどん小さくなってくところとか。
……それにしても、明日からどうするのかなぁ。
あと、すっごい気になってるんだけど……「ファービーと池」の話、チェリア嬢が自分の中で熟成・成長させたんだとしても、その元になった「なにか」はあったわけだよね?
それはいったい、なんだったんだろう。
彼女の思い出の「ファービー」は、ほんとにファビウス先輩なんだろうか?




