401 ファービー!
自称聖女は、なんか思ってたのと違う……って感じだった。
背丈はわたしより少し低いくらい。ふり向いてびっくりした。あんな大声だから、無意識に大きいだろうって思ってたみたい……でも、小さい。
体型は太からず細からずだけど、いわゆる女性らしいってやつだ。小柄なのにメリハリがある。
髪は栗色で、つやっつやの巻き毛。それを顔の両側、耳の下あたりで括ってピンクのリボンを結んでいる。似合ってるけど、幼い印象ではある。体型は成長した女性って感じだから、ややアンバランスかも。
眼は……これ何色っていうのかなぁ。かなり黄色っぽい茶色……? 琥珀色というには、暗めだ。
顔立ちは、まぁ……なんていうか……ごくふつうな感じ。人様の容貌を云々できるような立場でもないが、敢えて評価すれば……ふつう。
ふつうじゃないのは、声の大きさだな……。
「はじめまして、チェリア嬢」
「はい、はじめまして。実はわたしの方が年上なんですよ?」
いきなりなにを……。
まぁ、魔法学園は十六歳から入学できるだけで、十六歳になったら入学しなきゃいけないものでもないし、自称聖女の場合は事情が事情だしねぇ。年上でもおどろかないけど。
おどろかないけど、なんでそこ主張すんの?
「そうなんですね」
無難な返事をしてみると、自称聖女はニコニコしてうなずいた。
「そうなんですよ! わたしはね、もう十七歳なの」
「なるほど」
……僅差! せめて二歳くらい上かと思ったのにハズレた!
ていうか、そこ重要なの?
「だから、ルルベルって呼んでもいいですよね?」
「ご随意に」
返事をするとは限りませんけどね。
……と、いいたいところだが、返事はしちゃうだろうなぁ。わたしって、わたしだから。
それより、無難な相槌の在庫が尽きる前に本題に入ってくれんか。本題がなんなのかは知らんけど。そして、本題に入られたら入られたで、やめてくれって叫ぶことになる可能性もあるけどな! いや、むしろ「その可能性しかない」って感じだけどな……。
はぁぁぁ、めんどくさいなぁ、聖女ライフ!
しかたない、こっちから話をふろう。
「ところで、どのようなご用件ですか?」
「用件? べつに……挨拶しに来ただけです。やっと顔を出したって聞いたから」
「でしたら、食事をつづけても? チェリア嬢はお食事はお済みですか?」
「うん、済みました。ここの食事って、豪勢で美味しいですよね」
それはわかる。
わかるが、わかるのはわたしが庶民だからであり、高位貴族の坊ちゃん嬢ちゃんだったら、ずいぶん質素な食事だととらえても不思議はない。王族は特別メニューが出てくるくらいだし。
「では失礼して――」
「あっ、揚げパンわたしも食べたいな。食べていいですか?」
「――どうぞ」
「誰か椅子を持って来てくれる?」
なんかこう、めまいが……。
威張ってるのに上流階級の子女っぽくはないし、年上だと主張するのに言動は幼い。
しかも、ものすごいゴーイング・マイウェイっぷり! この心臓の強さ、リートとタメを張れるんじゃない? 第二の聖女より、第二のリートと名告ってほしい。わたしが認定する。
「あ、あなた聖女の親衛隊? お願いするわ」
指定されたのは、たぶんリートである。おお、元祖リートと第二のリートの対決か、と思ったが……リートは対決する姿勢は見せず、さっと立ち上がると空いてた椅子を持って戻って来た。自称聖女に勧めるところまで、パーフェクトに下僕の動きである。
待って、こんなのやってもらったことないけど? どういうこと?
「ありがとう。……あっ、違うか。よくやった、とかいえばいいの?」
ねぇ、とわたしに顔を向けないでくれ。
「ありがとうで、問題ないと思います」
「そう? ウフィネージュ様とか、いわないですよね? だから、えらいとお礼っていわないのかなと思って」
めまいが……。
この間ずっと黙っていた面々であるが、ついにシデロア嬢が我慢できなくなったらしい。すっ、と立ち上がった。
「わたし、そろそろ失礼するわ。馬車が迎えに来ていると思うの」
「あ、そうなの? ごめんね、なんか……」
「ううん、わたしの方こそ」
困ったように微笑んで、シデロア嬢は頭を下げ――る動作をするついでに、わたしに耳打ちした。
「このまま同席してると彼女を罵倒しそう。迷惑をかけないように、退散するわ」
そこまで?
いやでもまぁ……合わないだろうな、シデロア嬢と自称聖女。二番煎じちゃんという呼びかたから、すでにこう……悪意というか隔意というかを感じてたけど、実物を見て確信したわ。合わないんだわ。
「じゃあ、わたしも」
優雅にカトラリーを置いたのは、アリアン嬢だ。
「あ、そうだよね。いっしょに帰るんだものね」
「ええ。エーディリアも来て。まだ話したいことがあるの」
エーディリア様が、ちらっとわたしに目線をくれたのは――大丈夫? って感じだな。
大丈夫大丈夫。ニコッとして見せる程度には余裕がある。こんなの、お店の客だと思えばなんとかなる範疇よ。もっと横柄なのも、意味不明なのも、いろんな客がいたからねぇ……。
あ〜、パン屋の看板娘として生きてきた自分が役に立つぅ! 聖女としてより、看板娘としての方がレベル高いよね、わたし!
わたしが平気そうなのを確認したエーディリア様は、アリアン嬢の誘いを受けることにしたらしい。
「喜んで」
「よかった。……そうだ、ルルベルも遊びに来ない? 少しだけ」
この場から連れ出してもらえるのか、なんて魅惑的なお誘い……! と思ったが、わたしは予感してしまった――わたしが行くって返事したら、自称聖女もついて来るだろう、と。
なんだろう、この無駄な直感! でも確信がある。そうなるよ。間違いないよ。
「すてきなお誘いだけど、学園から出ないようにいわれてるし」
「まぁ……そうだったわね。ごめんなさい、また明日ね」
「うん、またね。……シスコたちは?」
ずっと無言だったが、シスコとリルリラもテーブルを囲んではいるのだ。序盤はシデロア嬢の、そして第二の聖女があらわれてからは彼女の勢いに押され、口を挟めなかったものと思われる。
「リラも、そろそろ帰ろうかな……。シスコ、本を見に来る?」
「今日は遠慮しておくわ。ルルベルと話もしたいし」
シスコぉぉ!
「うん……じゃあ、リラは帰るね」
「またね、リラ」
わたしが声をかけるとリラは笑顔で応えてくれたが、ちょっと表情がこわばっている……人見知りだからなぁ。あんな大声でズケズケ入ってくる相手、苦手中の苦手だろう。
あっというまにテーブルを囲む人数が減ったわけだが、自称聖女は気にしなかった。
「ごきげんよう?」
と、なぜか語尾を上げて挨拶をすると、次の揚げパンを取ってムシャりはじめた。
この食堂の揚げパンは何種類かあるんだけど、自称聖女がムシャっているのは、ねじって砂糖をまぶしたやつ。わりとみっちりした生地のドーナツだ。食事する前ならともかく、食事が終わってすぐ何個も食べるようなものじゃないのである。
美味しいとは思うけど、わたしはもっと軽い生地の方が好きかなぁ。
……パンがからむと急にこまかくなるのも、職業病っぽいね。
職業病を発症したわたしの視線に気づいたのか、自称聖女は食べていたものを飲み込んで、口をひらいた。
「あのね、お夕飯は殿下とだったんです。けど、お上品でもう、食べた気がしなくて」
「そうだったんですね」
あっいかん、もう相槌の在庫がない。
「うちは貴族は貴族でも田舎貴族だから、礼儀作法がなってないんですって」
はぁ……。と、ため息をついて、自称聖女は次の揚げパンに手をのばした……。
えっ、さすがに食べ過ぎでは?
「それは、その……殿下がおっしゃったんですか?」
「礼儀作法? そう。王女殿下が、これからみっちり仕込むわよ、って。親に訊いたら、光栄なことだから頑張れっていわれるだろうけど、わたしは気が進まないです。魔物を吹っ飛ばすのと、なんにも関係ないし」
わぁやめて、王族批判っぽい発言は反応しづらいから!
話題……話題をそこから引き剥がさないと!
「魔物を吹っ飛ばすのは得意でいらっしゃると聞きました」
「うん、そう。それはもう、まかせて!」
揚げパンを持っていない方の手で、どん! と。勢いよく胸を叩いた自称聖女は、たのもしく見えた。
その、たのもしい聖女が眼をみはった――お、なにを見たんだ、と視線を追ってみたら。
「ごめん、遅くなっちゃったね。皆はもう帰ったの?」
「ファービー!」
……なんて?




