4 担任を、激やば教師に認定した
やばい。王立魔法学園、マジでやばい。
……それが、入学直後のわたしの感想だった。なにしろ誰も彼もの顔面がイッケイケのイケまくりなのである。
もはや、うちの弟もパン屋の次男にしてはイケメンとか、口が裂けてもいってはいけない状況だ。だってやばいよ。これはやばい。あの転生コーディネイター、並行世界には無限の可能性があるからどんと来い、みたいなこと口走ってたけど、ここまでとは思わなかった。
これはつまり、王侯貴族の皆さんの遺伝子がやばいということなのだろうか……。校長先生もやばめの熟年イケメンだったけど、あのひともたぶん、貴族だし。
まぁ、それはどうでもよくて。
「俺のいうこと、ちゃんと聞いてるか? おまえの耳は飾りか?」
今現在、目の前にいるこのひとが、やばい。
前世中国では翡翠の玉が最高の宝石だったらしいけど、これはそうなるな〜……みたいな、非っ常ぉ〜に綺麗な翡翠色の眼をした教師がやばい。
「飾りっていうには粗末な形だが?」
呼吸するように失礼!
イケメンでも中身が残念なのは嫌だと思った、まさにそれそのものが、目の前にいる。しかも担任。はずしてくれ。その方がお互いにとって幸せなはずだ!
「いえ先生、聞こえてます」
あなたの声など聞こえなくてもかまわないのですが、と心でつけたした。
「その割に、冴えない応答だな。だから平民は使えねぇっていうんだ」
はい差別! 差別発言いただきました! これ何回めよ、もう。
パン屋の看板娘として、それなりに腹の立つ客の相手もつとめてきたし、なんなら粘着質を剥がして剥がしてなすりつけるわざも磨いてきたが、こいつは客じゃねぇよな? うん、客じゃない。ってことは、パン屋の経営に関係なくね? 我慢する必要なくね?
「平民平民とおっしゃいますが、王立魔法学園は身分の上下にかかわらない教育が保証されていると伺っております」
ビシッと反論しても、べつによくね? というわけで、わたしはビシッと反論した。
教師は不機嫌そうに顔をゆがめたかと思うと、不意に笑った。なんでそこで笑うのか、さっぱりわからない。
「なかなか気概があるな、おまえ」
「雑草ですので」
なお、雑草発言はこの教師がしたのである。雑草の分際でなんとかかんとかいわれたのである、根に持っているのである、わたしは!
……と、教師がわずかに眼をほそめた。例の、バリヤバの翡翠色の眼だ。
『面白いやつだな、こいつ』
は?
今の、なに?
わたしはまじまじと教師の顔をみつめた。今のは、教師の声っぽかったけど、口は動いてなかった。ていうか声、出てなかった。つまり……なに?
『よく見ると、意外と可愛い』
わたしは口を開けて――閉じた。いや、なんかよくわからんが、気のせいだろう。圧迫授業のせいでおかしくなっているのだ。なにしろほら、わたし、今日、前世の記憶を取り戻したばっかりだしね。ちょっとどころか、かなりおかしい状況だしね。
うん、気のせいだわ。だって、教師の表情はまた冷たくなった。
「まぁいい。属性魔法の基礎について、なんの知識もないことはわかった。明日までに調査して、レポートを書け」
「明日まで?」
「ああ。雑草なら雑草らしく頑張ってくれ。参考書は――」
これとこれと、これ、と三冊も分厚い本を積み上げられた。えっ、明日まで? こんなん一冊読むのも無理やが?
何度でも心で絶叫するんだけども、わたしは乙女ゲームっぽい世界に転生したかったのであって、無理ゲー世界に転生したかったわけではないのである。
「先生、一晩で三冊も読み切るのは無理です。当然、レポートを書く時間もたりません。必然として、満足なレポートを仕上げることも不可能だと思います」
「……おまえ、なんか変わってるよなぁ」
よくいわれる、とわたしは思った。ルルベルもだし、前世でもそうだった。よくいわれる。特に、自分としてはふつうにふるまっているときに、しみじみといわれる。つらい。
「とにかく無理です」
『この俺を相手に交渉してくる生徒なんて、何年ぶりかな』
またなにか不思議なものが聞こえたというか、いやなんだろう……これ耳で聞いてる感じしないな……うんそう、妄想だ。妄想!
うわぁ、わたしの人生危険な領域に突っ込んでない? フルスピードで!
「しかたないな。じゃあ、読めるところまで読んで、まとめられるところまでまとめろ。少なくともこの三冊は、おまえが今後、聖属性の魔法を使いこなすために必要な本だ。これが最低限であって、これで全部という意味じゃない。読むべき本、得るべき知識はいくらでもある。学べるだけ学べ、それが可能な場が学園だ」
妄想に気をとられているあいだに、教師が教師らしい発言をしていた。なんだ、ちゃんとできるじゃん、と不遜な感想を抱いたことは胸に秘めておく。口にしたら大変なことになるだろう……。
「頑張ります」
「ああ、頑張れ」
はじめての授業は、これで終わりのようだった。……が、勉強が終わるわけではない。レポート……。つらい。
教師はわたしの机の横の階段を上がって行った。
教室は、すり鉢状の構造になっている。教師がすり鉢の底の部分で全員を相手に講義をする場面も想定されているのだろうが、今のところ、この構造の利点はない。せいぜい、階段を上り下りすることで激やば教師の運動不足が解消されていいですね、くらいのものだ。
わたしが叱られたり差別されたりしているあいだも、ほかの生徒は自習していた。つまり、同じ教師が担当する生徒は、同じ教室内にいるのだ。
個々の生徒の進度にあわせて教師が指導する、個別学習である。個別学習でありながら、ほかの生徒が褒められたり叱られたりするのは目の当たりにできるのだ。それを利用して、生徒の学習意欲をアレしたりコレしたりするのだと思う。
担当の激やば教師が、新入生の紹介などに時間をとってくれるタイプではなかったのは、説明するまでもないだろう。
なので、わたしは今のところ誰とも知り合うことなく、分厚い本だけを友として机に座っている状態だ。三冊あるから三方を囲むことができると思いつき、本を開いて中を確認しながら移動させる――ふりをしながら、うまく自分を本で囲むことに成功した。いや失敗のしようがないんだけれども、まぁ成功した。達成感は重要だ。
「おまえ、また同じとこでつっかかってるじゃねぇか」
「はい……」
激やば教師は、ほかの生徒のことも容赦しないようだった。厳密には、差別主義者ではないのかもしれない。だからといって、意外と好人物! なんて感想には至らない。当然だ。人を罵らずには発話できない人間を尊敬することなどできるだろうか、いやできない。
無理過ぎて、反語を反語のままで終えられなかった。私塾の先生だったら、教養ある人間は皆まで口にしないのですよ、と諌めたであろう。先生、大丈夫ですよ。このルルベル、口にはしていませんからね!
「だいたいのことは、この本に書いてあるんだぞ。ちゃんと読んだのか?」
「読んだつもりです」
「つもり? つもりってなんだ。読んだか読んでないかの二択以外に、なにがあるんだ」
激やば教師がほかの生徒の指導をしているあいだに、情報を整理する必要がある。絶対にある。
つまり、攻略対象っぽいイケメンの洗い出しをする必要があると思うのだ。
悪役令嬢そのほかのいじめを受けないためには、かれらと距離を置くべきだ。そうではないか? そうだ。賛成多数により可決。
ルルベルとしてのわたしは、魔法学園に入ったらたくさん友だちをつくるんだ〜、なんて思っていた。今もわたしはルルベルではあるが、前世の記憶がよみがえった結果、ルルベル・ヴァージョン2くらいだと思う。メジャー・ヴァージョンアップ済みである。こんなのも前世の記憶なしには出てこないフレーズだろう。
まだ記憶の整理が終わっていないから、ヴァージョン2αくらいでどうだろうか。いやどうでもいい。むちゃくちゃどうでもいいな!
と、そのとき、誰かに背中を叩かれた。
10話までは、1日2回更新の予定です。