397 魔力感知の変則的な強化版のようなものです
翌日。なにごともなかったかのように、わたしの学園生活は再開された。
午前中はエルフ校長と呪文の特訓、昼食は職員席で――ジェレンス先生はいなかったから、まだトゥリアージェ領でシュルージュ様に叱られているのだろう。シュルージュ様がいるとジェレンスがおとなしかったでしょ、あれ面白いわよねぇ! と、ウィブル先生が悪い顔で笑ってた――午後もまた呪文の特訓。
午前中は治癒の復習だったけど、午後は新しい呪文を教わることになった。
見顕し、である。
「魔力感知の変則的な強化版のようなものです。今のルルベルならできるでしょう」
変則的な強化版って、なに……。
エルフ校長がいうには、ナクンバ様という存在とコンタクトをとれたのも、魔力感知ができたからだそうだ。
ナクンバ様の本質は魔力だから、魔力感知さえできれば問題なかった――けど、本質が魔力ではない相手には、同じようにはできない。そこを埋めるのが、見顕しの呪文、なんだって。
「たとえば、吸血鬼の下僕などは確実に見破ることができます」
うーん……。便利そうだけど、呪文を唱える必要があるわけでしょ?
呪文自体がハイ・リスクだからなぁ。
「下僕に限らず、魔法で偽られたものはすべて看破できます。心をあやつられている者も含めてですからね。ここぞという場面で、かならず役に立つでしょう」
「……そんな場面がなければ、いいんですけど」
思わず、つぶやいてしまったよ。
周りを疑わなきゃいけない状況ってことでしょー? 嫌だよぉ……。
嫌だけど、たしかに必要ではあるだろうなぁ。まさに、いざというときのために。
と、いうわけで。見顕しの呪文を習うんだけど、例によって難しいのは心の持ちようだ。
最近、ようやくわかってきた。呪文って、実は発声とか発音といった物理的な部分よりも、どういう心境で唱えたかといった心理的な状態の方が重要なんだな、って。
エルフ校長は発音が重要だと話してたけど、その「発音」という言葉が人間の常識とは違うんじゃないかな。どういう音を発したかだけでなく、どういう気もちで発したかまで含んで、「発音」と表現してそう。
本来のエルフの感覚では、言葉を発するときは心も沿うようになってるとか? そういうことなのかも。その、心の状態が、人間には理解しがたい、月だの星だの花だの風だの水だの……。
前世の日本だったら、能楽っぽいのかな。なんか世阿弥が書きそうなイメージじゃない?
なんとなく能面をかぶったエルフを想像して、いまいち似合わないなと思う……。エルフに能面は似合わないという、あらたな知見を得た! ……ものすごくどうでもいい。
「そうですね、そんなことがなければ望ましい。ですが、世界はなかなか望ましい在りようを維持してはくれないものですから」
「なに、ルルベルの望まぬ世界であれば、我が正してくれよう」
ぷふっ、という鼻息とともに宣言したのは、もちろんナクンバ様である。
ナクンバ様の「正す」って、焼き払え! ってことでしょ。あのビーム的なやつで!
「駄目ですよ、ナクンバ様。そんなに気楽に力を使っていただくわけには、いかないんです。とてもお強くていらっしゃるんですもの」
ぷすんと煙を吐いて、ナクンバ様は丸くなった。
はじめは、研究室で待っていていただこうと思ったんだよね。だって、目撃されたら困るし。絶対、騒がれるじゃない? わたしだって見たら大騒ぎよ。可愛い、すごい、きゃー! ってなるよ。
でも、ナクンバ様には拒否されてしまい、結局、外に出るときは腕輪に擬態することになった。翼を閉じて、足もたたんで、尻尾をくるんと巻いて前足でキャッチしたら、できあがり。見た目は完全に腕輪。
いやでもさ……竜の形の腕輪よ? それも、むちゃくちゃ精巧な!
どっちみち、大騒ぎじゃん……可愛い、すごい、きゃー! どこで手に入れたの! ってなるよ。
ナクンバ様曰く――エルフにもらった魔法の腕輪で、ふれることはまかりならんと話せばよかろう、と。
それで解決するのかは、今日、このあとの食事タイムで実践かな。
透明になったり、もっと小さくなったりは? って訊いてみたけど、それはやりたくないそうだ。
小さくなり過ぎると、見聞きするもののズレが大きくなって――実際、今でも相当なズレがあるわけだけど――距離感をはじめ、いろんな感覚がバグっちゃうんだって。
実体化をやめれば透明にもなれるけど、また本能のままに行動する飛竜に分裂してしまいかねないから、よほど必要性がない限りは避けたいとのこと。
……まぁ、頑張るよ。エルフにもらった魔法の腕輪設定。
エルフ校長にも説明して、僕が贈ったことで口裏を合わせましょうといわれている。
なお、呪文の練習中はナクンバ様も擬態をといて、校長室に置いてあった芸術的な器――なにに使うかわからない、装飾的な深皿みたいなもの――におさまっている。
「見顕しは、悪意ある相手の変身を見破るだけではなく、ものの本質を突くのにも使えますからね」
エルフ校長は、ナクンバ様の危険発言をスルーするようだ。
というか、このひとたち――ひと? このエルフと竜っていえばいいの?――直接話してないよね。今日、一回も! すべて、わたしを介して意思の疎通をはかってるよ。
なんなの? 語り合えない呪いにでもかかってるの?
「ナクンバ様を喚びだして名づけたように、ルルベルはすでにそれができています。ただ、しっかりした呪文を使わずにそれが可能だったのは、竜がいると知っていたから――そう説明すれば、わかりますか? そこに竜がいると知らなければ、これまでの君の知識や力では、竜を具現化することはできなかったでしょう」
なんとなく雰囲気で唱えた癒しの呪文プラス・アルファが運良く機能したのは、癒すという行為と、竜が受肉するという現象に類縁性があったからで――とかなんとか、難しい説明がつづいたけど、まぁ!
よくわかんないけど、雰囲気はわかった!
「見顕しの呪文は、もっと強力です。対象に意識を絞らずとも、呪文を使えばすべてが暴かれます」
「……ちょっと怖いですね」
わたしの素朴な感想に、エルフ校長は寂しげに微笑んだ。
「魔法はすべて、おそろしいものですよ。魔法使いに必要なのは、魔法を正しく畏れ、うやまうことです。それを忘れた魔法使いは、かならず滅びます」
ますます怖いですね! ひぃー。
「忘れないようにします」
「はい。呪文を唱えるたびに、思いだしてください。魔法はおそろしいものである、と。言葉は世界の力であり、個人のものではないということを。聖属性魔法も同じです。力を使っていると思い込んだまま、力に使われてしまう危険があることを忘れてはなりません」
ガチマジ口調でいわれてしまったよ……。怖い怖い。
呪文を唱えるたびに魔法怖いって思いだすようにしないと。面倒でも、所定の手順を省いちゃいけないよね――って考えたところで、おぼろげな前世の記憶がよみがえった。東海村の臨界事故が、まさにソレだった気がする……。
なんでピンポイントで覚えてるかっていうと、いろんな「失敗」を解説する動画で見て、衝撃だったんだよね。ウランなんて明らかにヤバいもの扱ってるのに、取り扱いマニュアルを無視してたっていう。
作業しづらいからって、バケツでやる? 核よ? 核! デーモン・コアのドライバーと双璧をなすと思うわ。
すごいよな。衝撃過ぎて、生まれ変わっても覚えてるって。
魔法はさすがに、ウランほど怖くはないと思いたいけど……取扱注意なのは、間違いないよな〜! 気をつけなきゃ。なんでも慣れてきたあたりが危ないよね。
……あれっ。
わたし、最近わりと慣れてきてる気がするよね。呪文怖いとかいいながら、短期間にどんどん使ってない?
もしかして「バケツでやってもいいだろ」的な感覚を獲得しつつあるのでは?
「呪文で失敗するっていうと……やっぱり、心がこう……戻ってこない、とかですか?」
「そうですね。あとは、呪文が暴走することもあります。呪文を唱えた者の制御が及ばない状況を、そう呼びます。周囲にとってはもちろん、本人にも危険なことです」
「それはその……どうすれば避けられますか?」
「過度の使用を控え、精神を清澄にたもち、無理をしないことですね」
こういう、あーわかるけど漠然としてるし自覚なしにやっちゃいそう! ってやつが、いちばん怖いな……。




