395 リートが話せないことを教えてよ
現在、SNSで連載400回記念の「二名指定SS争奪戦」を開催中です。
ガチ乙転の任意のキャラ二名の組み合わせを皆様からご提案いただき、その後、投票形式で一位をとった組み合わせのSSを書きますよという企画です。
説明は FANBOX にありますので、そちらをご覧ください。
(全体公開記事ですので、どなたでもお読みいただけます)
https://www.fanbox.cc/@usagiya/posts/7640436
その夜は結局、すぐに寝ることはできなかった。なんかもう目が冴えちゃって。
ナクンバ様はタオルがとても気に入られたようだったので、ゆっくりしていただくことにして。
わたしは、与えられている部屋を出た。夜のお茶――ファビウス先輩の徹夜を防ぐ会の時間だったし。
まず支度をして声かけをと思ったけれど、茶葉がどうとかおっしゃっていたし、先に確認かな。
そう思って書斎のドアをノックする。さほど間を置かず、ファビウス先輩が姿をあらわした。
「ルルベル、どうしたの? 眠れない?」
「はい。それで、ご一緒にその……」
「いいよ。お茶会をしよう。嬉しいな」
……キラッキラしとる! これ、よけいに眠れなくなるのでは?
「どの茶葉を使うか、確認したくて」
「うん。……ナクンバ様は?」
「タオルで寝床をしつらえましたら、それはもうお気に召したようで」
「そうなの? ルルベルとはなれても大丈夫なくらい、気に入ったってこと?」
いわれてみれば、ナクンバ様がナクンバ様としてあらわれて以降、ずーっとくっついてた気がするな。そう、籠にタオルを敷くまでは!
「そうなのかも。良いものだ、と喜んでらっしゃいましたよ」
いっそ「竜をダメにするタオル」というコピーで売り出したらどうか?
「それは光栄だね。でも、おどろいたな。リートの話だと、ナクンバ様はルルベルにべったりで、常時同席を覚悟しろってことだったから」
さすがリート。わたしでさえ気づいていなかった今後のポイントまで、網羅済みだ!
「今は大丈夫じゃないでしょうか。きちんとご説明して部屋を出ましたし」
「ナクンバ様も、部屋の出入りはできるのかな」
「扉の開閉の仕組みは理解なさってます。興味を持ってらしたので、お見せしました」
「そうか。なら、僕がルルベルを独占してもよさそうだね」
そうつぶやいて、ファビウス先輩はまた、にっこり。
キラッキラやぞ……。ほんの数日見ないあいだに光量上がってない? なんなの?
イケメンは間に合ってるはずで慣れてもいるはずだったのに。これはただのメンがイケてるだけではない光なのではないか……ファビウス先輩、急に光属性に目覚めたりしてない?
「僕が準備するから、ルルベルは中庭で待ってて」
「そういうわけにはいきませんよ。ファビウス様だって、お疲れでしょう?」
「ティー・セットも、新しいのを手に入れたんだ。せっかくだから、お披露目するよ」
「え?」
この研究室、すでに芸術品っぽいティー・セットが複数あるのだ。さんざん使わせてもらってるから、よく知っている。さすがにエルフの里レベルではないが、たまに我に返るとビビり散らかすような逸品ではある。
あれより上等なお品だと、使うの怖いな……。
「そんな、新品を下ろしていただくなんて」
「ルルベルのために買ったんだから、いいんだ」
即座に答えられて、どう反応すればいいのか。
わたしのために、ティー・セットを新調?
ファビウス先輩は一瞬無表情になって、それから頬を染めた。ちょっと視線を泳がせて、こうだ。
「ごめん……ルルベルがいなかったあいだ、帰って来たらどうやって喜ばせようってことばかり考えてしまって、つい……あれもこれも、って。茶葉もだし、お菓子も買い込んで……ちょっと気もち悪いよね?」
……えっ待って、やめて、百戦錬磨の魔性先輩がそんなのやめて、急に純情な青年の初恋っぽい雰囲気醸し出すのは遠慮していただけません!?
可愛いじゃろー!
ていうか、つられてわたしも真っ赤になっちゃうじゃろー!
「……気もち悪くなんかないです」
「ほんとに?」
「嘘なんかつきませんよ」
「うん。……抱きしめたいな」
「駄目ですよ!」
「いわれると思った」
わたしたちは顔を見合わせ、ちょっと笑った。
まだ顔は熱いけど……ほら、我々はお互いにね? す! な、わけだし! 恥ずかしくない!
……いやそれは嘘、むっちゃ恥ずかしいけど。けどでも大丈夫!
「ティー・セット、まだ梱包を解いてないんですか? だったら、お手伝いしますよ」
「うん。じゃあ、そうしてもらおうかな」
そういって、ファビウス先輩はわたしの手をとった。指をからめて繋ぐと、ぎゅっ、と力をこめる。
「手を握るくらいは、許してくれるよね?」
「もう握られてますけども……」
「許してくれたら、次から許可を求めなくて済むし」
「計画的ですね」
「僕は計画的な人間だよ。知らなかった?」
「知ってた気がします」
そんなわけで、わたしたちはイチャイチャしながらお茶を淹れ、焼き菓子を添えて中庭に持ち込んだ。
なお、このイチャイチャを一応、ナヴァト忍者が廊下に立ち、無の表情で眺めている。親衛隊員としては、見守る一択なんだろうな。
……わたしも見られたくないが、ナヴァト忍者も他人のイチャイチャなんか見たくないだろうなぁ。
ごめんね、でも許してね! わたしも見られてるの許すから!
中庭に移動すると、一応、遮音はされる。ある程度のプライヴァシーは重要よね!
「もう、一刻もはなれたくないな」
真顔でいわれて、これを部外者に聞かれたらどんな顔すればいいかわからん、と思う。
もちろん、部外者に聞かれてなくても、わからん! どんな顔すればいいの! わかったとして、わたしにそれができるのか!?
「……ありがとうございます」
「そこで『わたしもです』っていってほしかったなぁ」
「まぁ……言葉にしてしまうと……適切な距離をたもてなくなる予感があるというか」
ファビウス先輩は、苦笑してささやく。
「よくわかってるね」
「ファビウス様の理解者であろうとしてますので」
「理解者か……いい響きだな」
眼を閉じたファビウス先輩の横顔は、やっぱりちょっと特別感があった。横顔って、隣に並ばないと見れないもんな。何回見てもこう……特別な感じあるなぁ。
「お嫌じゃないですか?」
「まさか。すごくいい。……僕もルルベルの理解者でありたいな」
「理解なさってると思いますよ。お菓子の好みとか」
サクッと軽い焼き菓子は、たぶん上等な原料で丁寧につくられているのだろう。わたしが好きだといったことがある、スライスしたアーモンド――前世のアーモンドと厳密に同じかは不明だが、なんかそういう豆だ。名前は知らない。なぜって、下町では流通してない食材だからだよ!――に飴がけをした、アーモンド・フロランタン的なお菓子のフレーバー違いが用意されていた。
ちょっと怖かったティー・セットもね……これ、わたしが前に話したやつだよ。
実家のとっておき――年に数回しか使わないセットが、学園に入ってからはもう粗末なものだとわかっていても、なんだか特別でなつかしい、みたいなことをね……チラッと話したことがあるの。それで、どんなの? って訊かれて……祖母の嫁入り道具で、当時の庶民の定番とっておきデザインとして一世を風靡したブルーの花柄なんです、どこのお宅に行ってもあるんですよって。
それだった。
何十年も前に流行したものだから、今はあまり売ってないはずなんだ……探して買ってくださったのかなと思ったら、なんかさぁ。
……なんかさぁ!
「ファビウス様」
「なに?」
「いろいろご報告しなきゃいけないし、学園であったことなんかも、教えていただくべきだと思うんです」
ゆっくりと目蓋を上げて。ファビウス先輩は、こちらを見た。
カラー・チェンジする虹彩が、今はちょっと妖しげな赤みの強い紫になっている。
「大丈夫だよ。そっちであったことはリートに聞いたし、こっちであったこともリートに話した。今夜は、そういうのはナシにしよう。それより、リートが話せないことを教えてよ」
「……リートが話せないこと、ですか?」
「うん。君の感想。〈真紅〉に会ってどう思ったか、とか」
「それなら、いくらでも! シュルージュ様って、とってもかっこよくて!」
思わず勢い込んで語りはじめたわたしに、ファビウス先輩は眼をしばたたいて。
それから、面白そうに笑った。
「ほら。そういう話、リートからは仕入れられないから。君が感じたことを教えてほしいな」
「まずシュルージュ様のかっこよさから、ですか?」
「そうしたいなら、そこから。でも、トゥリアージェ卿を讃えるのは、僕が嫉妬しない程度にしてね」
えっ。
それはちょっと……自信ないかな!
更新時、連載回数を間違って表記しておりました、失礼しました!
教えていただけて助かりました。




