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394 これ威嚇? 威嚇してるの?

 待つほどもなくジェレンス先生が姿をあらわし、無言で――いや、口の中でなにかをブツブツ唱えながら転移陣を描きはじめた。

 ブツブツの内容は、シュルージュ様への恨み言っぽい……たまに聞こえる断片からの推測だけど。


「ほらよ、これで学園に戻れ。あー、出る場所はファビウスの研究室だ。許可はとってある」


 おお。ジェレンス先生にしては計画的!

 もしかして……と思ったら。


「伯母上の指示だ、くっそめんどくせぇ」


 やっぱりだった!

 虚無移動は術者本人以外の負担になるから慎め、おまえがひとりで行き来して転移陣を描けばよかろう、もちろんしかるべく安全な場所に設定せよ、転移先での保護も万全を期すべし、人員の配置もあらかじめ手配せよ――的な指示があったらしい。


「シュルージュ様は、すごいですねぇ……。ほかに考えなきゃならないことが大量におありでしょうに」

「まったくだ。こっちのことは、俺にまかせといてくれていいのに」

「ジェレンス先生にまかせると雑になるのが、お気に召さないのでしょうね。ご高配こうはいのほど、感謝の念に耐えません――とシュルージュ様にお伝えください。聖女名義で」


 俺もお気に召さないぜ、といわんばかりの口調でリートが告げた。


「俺は伝言板じゃねぇぞ」

「わかりました。後日、聖女名義でお礼のお手紙をしたためるときに、ご挨拶が遅れましたと書いておきます」

「……ジェレンス先生のせいですぅ、なんて書く気じゃねぇだろうな?」

「そんな余分なこと、書くまでもないでしょう」


 書かなくても通じるという意味だな! リートよ……なんでもかんでも聖女名義で戦わないでくれん?


「とにかく、ありがとうございます。えっと……学園に戻るのは、わたしたちだけですか? 先生は?」

「俺はまだ事後処理。当代一の看板があった方が、いろいろ楽なんだとよ。あー、あと余った種子をまいて、ふつうに育てることになった。かまわねぇよな?

「えっ? ふつうに育てるだけだと、癒しの樹になるかわかりませんけど……」

「なるだろ。聖属性の魔力玉も投入するらしいし」


 そんなに余力を残してたのか。さすがシュルージュ様だなぁ。


「わかりました。どうぞご自由に。どこに植えるんですか?」

「例の、予言された場所の近く。成長が遅れたり枯れたりしないか観察することで、予兆を得ようって話だ」


 なるほど。避難場所の確保に使うのかと思ってたけど、どっちかというと逆の用途か。

 なんとなくシュルージュ様らしい。


「じゃ、行け。おまえらが行ったら転移陣は消すから、忘れ物すんなよ」

「それより、制服を……」

「あ、そうだった。これこれ。伯母上が貸してる服の方は、後日、俺が回収する」


 持ってるのに、渡すのを忘れてるあたりがジェレンス先生。興味ないから意識から抜け落ちちゃうんだろうな。

 さっさと任務を終えたいらしいジェレンス先生に追い立てられるように、わたしたちは転移陣をくぐり、一瞬で――ファビウス先輩の研究室の、中? 中だ!

 よく実験に使ってる部屋の中央に、制服を抱えて立っていた。


「お帰り、ルルベル」


 出迎えてくれたファビウス先輩が……まぶしい! くっ……!

 首を傾げて可愛いポイントを上昇させないでくださいませんか、たのみます!


「どうしたの?」

「いや……久しぶりなので……なんかまともに見れなくて」

「久しぶりなんだから、よく見せてほしいけどな」


 いやいやいやいや! 近寄らないで近寄らないで! 顔に血流が集まり過ぎて爆発しそう!

 ファビウス先輩に会いたいなと思ってたけど、実物が近くにいるとなんか耐えがたい!


「ルルベルよ、ここはどこだ?」


 ナクンバ様の声で、わたしはようやく状況を思いだした。

 そうだった……ナクンバ様に、ちゃんと紹介しなきゃ。


「すみません、ナクンバ様。ここは、えーっと……魔法学園の中にある研究室です。こちらが、研究室の持ち主である王立研究所のファビウス様。ファビウス様、こちらは……竜のナクンバ様です」


 竜のナクンバ様……って、なんの説明にもなってない気はするけども。ジェレンス先生が多少は経緯を話してくれてることを期待するしかない。いつもなら期待するだけ無駄だけど、今回はシュルージュ様の詳細な指示があるから!

 ファビウス先輩は、ひときわかがやく笑顔を向けてきた。いやまぶしいって。マジで。


「お初にお目にかかります、ナクンバ様。ファビウスと申します。ルルベルの下僕しもべとして、お見知り置きください」

「しも……」


 えっ。わたしの耳がおかしくなった?

 ナクンバ様が復唱する。


「ルルベルの下僕か。我もそのようなものよ」

「いやいやそれはないでしょ!」


 やめてくれ、ふたりとも!

 ナクンバ様も、小さな翼をぶわっと広げるの可愛いからやめて! これ威嚇? 威嚇のポーズ?


「ルルベルは疲れておる。休ませるぞ」

「もちろんです。ルルベル、今日はもうゆっくり休んで」

「いや……いろいろご報告することが」

「それはリートから聞くから」


 ね? って! だから、首をかしげて可愛いポイントを稼がないでほしい!


「リートだって疲れてますよ……」

「じゃあ、報告は明日聞くよ。とにかく君が無事に戻って来てくれただけで、嬉しいよ」

「ファビウス様、俺は平気です。できれば、今日のうちにお時間を」


 わたしの厚意を無視する男、それがリートである。まぁね……報告は、いろいろしたいのかもしれないけど! どうせ、委細漏らさず報告するよう事前にお願いされてるんだろ、報酬提示されて!


「うん。でも、ルルベルが許してくれないからな」

「いやだって……もう……いいですよ、好きにしてください」

「ありがとう。じゃあ、君のだいじな親衛隊長を少し借りるね」


 はぁ〜……久しぶりのファビウス先輩が! 濃い! なんか濃度高い!


「どうぞ、ご自由になさってください」

「ルルベルも、もし寝付けないとかあったら、いつでも声をかけて。ちょっと珍しい茶葉が手に入ったから、君と飲もうと思ってとってあるんだ」

「……はい」

「うん。じゃあね。ナクンバ様も、なにかご要望がおありでしたら、なんなりとおっしゃってください。では――リート、君にも飲み物を出そうか」

「ありがとうございます」


 勝手知ったる他人の研究室なので、わたしは自分の部屋へ行き、ナクンバ様が今夜をどう過ごすかについて本人と話し合ってみた。

 とりあえず、籠にタオルを敷いてみることになった。タオルは例の、むちゃくちゃ高級な手ざわりのアレだ。

 さっそくタオルに飛び込んだナクンバ様は、こう宣言なさった。


「これは、良いものだ」

「良いものですよね……」


 異論はないな。


「ファビウスという男、魔力量はあまり多くないな」

「急になにを……。それはですね、比較対象が規格外なだけだと思いますよ」


 ジェレンス先生とかシュルージュ様とかな!


「そうか。いわれてみれば、ルルベルよりは多いな……。無論、リートよりもだ」

「そうですよ。ファビウス様の魔力量は少なくなんかないですよ」

「だが、効率よく使うせいで、実際よりも魔力が高く思われているのではないか」

「それはあるかもしれませんけど……ファビウス様って、魔力の制御がとてもお上手でいらっしゃるし。でも、魔力量自体は機械で計測できますから、見た目や印象に惑わされずに把握できるんですよ」

「なんと。そんなことが可能なのか。我も計測されてみたい。我はすごいぞ」


 ごろんごろんと転がってタオルをぐしゃぐしゃにしつつ、ぷすん! と鼻から煙を出されても……可愛いだけなんじゃがー! はい優勝!


「ナクンバ様は、計測なんかしなくてもすごいですよ」

「うむ。……ところで、あの男も権力者なのか?」

「え?」

「シュルージュに忠告されておっただろう。注意せよ、と」

「ああ、ええっと――」


 どう説明すればいいんだろう。


「――ファビウス様は、隣国の王子様なんですよ、お生まれは。でも、もう王籍は離脱なさってるんです」

「それはまた。人間の倣いはようわからんが、王族とは辞められるものなのか?」

「はい。まだ爵位はお持ちですけど」


 ――僕はもう王子じゃない。自分で選んで捨てたんだ。君が望むなら、爵位だって捨てる。


 ファビウス先輩の声が耳によみがえって、胸が苦しくなった。

 わたしのために捨ててくださったんです――とは、どうしても言葉にできなかった。


明日の更新はお休みです。

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