391 小さくて可愛くてやさしいとか、最高か!
最高に可愛いぃーいナクンバ様は、わたしの手に乗ってきた。小鳥くらいの重さしかない……つまり、ほぼ無。
「前に話したように完全に姿を消すこともできるが、不都合もあるのでな。これなら、いつでも隠れられるだろう。ほかに、なにか問題があるか?」
どや顔っぽいけど、許す! 可愛いから!
最っ高……に! 可愛いから!
「あとは、ルルベルが知らぬ存ぜぬをどこまで通せるかですね」
「へっ?」
「へっ、じゃないだろう。ナクンバ様の姿が見えない以上――いや、そこにいたとしても、まず君が問われるはずだ。どうすれば竜に協力してもらえるのか、という点についてだな」
「はぁ……」
なるほどそうなるのか。そうなるな。……なってほしくないなー!
「でも、竜がいるなんて皆、信じる?」
「目撃されているからな」
「現地にいなかったら、疑わしいと思うんじゃない? 戦場の幻覚だった、とかさ」
「ルルベル、俺が話しているのは危機管理の問題だ」
わかったよぅ。逃避するなっていうんだろ! 最悪を考えて備えろって話だよね、知ってるよ!
「悪いけど、わたし向いてないのよ、そういうの……。リートが考えてくれたら、頑張って従うけど」
「そこまでの報酬は受け取っていないが」
この期に及んで、そう来るぅ? 対策してあった方が、結果的にリートの仕事も楽になるんじゃないの?
「……ええと……ナクンバ様に協力してもらう方法を、わたしが訊かれたら? って問題だよね。それ、わかんないって正直にいえばいいんじゃないの」
「わからない?」
「うん。強いていえば、聖属性の魔力持ちだから? だけど、検証済みって話じゃないし」
「聖属性なら協力してもらえると話せば、ますます聖女様が狙われそうですね」
……デスヨネー。拉致! 脅迫! まぁいろいろ思い浮かぶよ。拉致監禁暴力関係は、それこそナクンバ様が出てくればなんでもジ・エンドだとしても、脅迫はキツい。家族や友人を人質にとられたら、キツ過ぎる。
「我はルルベルの行くところならどこへでも行くが、ルルベルの願いならなんでも聞き入れるわけではないぞ」
「あ、それを説明すれば――」
「甘い。信じないか、信じたとしても『だったら願いを叶えてもらえるように全力を尽くせ』と脅されるだけだ」
わずかに生じた希望は、リートに即撃墜された。
……うぇーん。
「そうだけどさ……今までと変わらないともいえなくない? 現状、わたしが唯一の聖属性魔力持ちみたいなんだし」
聖属性っぽい魔力を持つ第二の聖女とやらが学園に来てるはずだけど、エルフ校長の伝手で確認した結果は、ハズレっていわれてるしなぁ。
「隊長、解決策があります」
「なんだ?」
「不埒な人間を聖女様に近づけないようにすれば、脅される心配もなくなります」
「名案だが、俺たちでは近づくのを止められない種類の存在がいるだろう。ローデンス殿下やウフィネージュ王太女殿下が『聖女に会いたい』といえば、断れない」
「断ります」
キリッ、といいきったナヴァト忍者、なぜか過去最高に犬っぽい。
「騎士団の上官でもか?」
「断ります。今の俺は、聖女様の親衛隊所属です」
「配置転換の辞令が来たらどうするんだ」
ここではじめて、ナヴァト忍者は答えに詰まった。
組織的な問題がいちばんのポイントかぁ。さすが、若くても宮仕えを経験した人間って感じ。
「……聖女様に辞めろと命じられない限り、親衛隊員としてはたらきたいです!」
それでもなんとかキリッに戻ったナヴァト忍者に、なぜかリートは憐れむような視線を向けた。
……えっ、レアじゃない? リートが他人に憐れみを?
「見上げた心構えだが、ひとつ忠告しておいてやろう」
「はい、隊長」
「本気で辞めたくないなら、ルルベルに命じられても辞めない覚悟を持っておいた方がいい」
「……はい? いえ、はい! わかりました、隊長!」
やや当惑気味のナヴァトとの話はそれで終わったらしく、リートはこちらに向き直った。
「というわけで、方針としては『ルルベルにめんどくさいこと命令してきそうな相手は、できるだけ門前払い』だ。が、どうしてもそれができない場面もあると思う」
「うん」
「具体例としては、祝勝会であるとか、そういった公的な場だな」
たしかに、立場の強い人間が勢揃いしそうな場面だし、欠席でつらぬくのも……難しそう。
聖女ってこう……人前に出て、聖女がいるから安心ですよ〜ってところまで仕事の内みたいだもんな。まだ、あんまり要求されたことないけど……たぶん魔王の復活が近くなったら、そういうの増えると思う。
……ほら!
ちゃんと考えてるんだぞ、わたしだって!
「そういうのは、しかたないよね」
「ゆえに、今後の君に必要になるのは、社交的な突っ撥ね力だ」
社交的な突っ撥ね力って。
……アレか。つまり、オホホホごめんあそばせの範疇で、断るところは断るテクニックかぁ。
「努力するよ……」
「ある程度はファビウスだの校長だのが防壁になってくれるだろうが、単独で立たざるを得ない場面が出るはずだ。そのときに狼狽せず、落ち着いて対処できる度胸をやしないたまえ」
度胸なら、リートが一般人の三百倍くらい所持してる気がするけど……あれって、学べるもの?
「度胸って、努力で身につくのかな」
「俺は知らん」
デスヨネー! 持てる者がうらやましい!
「ルルベルに度胸がないということはないだろう」
手乗りナクンバ様が慰めてくれた。……ナクンバ様、やさしい! 小さくて可愛くてやさしいとか、最高か!
「ナクンバ様がいてくれたら、なんでも頑張れそう」
「うむ。正しい認識だ」
うむ! 意見の一致を見た!
「でも、あらためて考えてみても、できることがあんまりないっていうか……前と変わらないね?」
「自分で考えて、確認することに意義がある。なにができるか、できないかを事前にわきまえていれば、とっさの判断に迷いがなく、間違いも少なくて済むだろう」
ジェレンス先生がいってた、魔法の話と近い感じかな。
覚悟がキマってるかどうかの問題って、なんの分野でも、どの場面でも、影響大きいのかも。
「なるほど……そういう面、あるかもね」
「今後、おおやけの場に出るときは、君はなんでも断る心づもりで臨みたまえ」
……雑! これはジェレンス先生レベルの雑さ!
「なんでも、ってひどくない?」
「俺にいわせてもらえば、君は受容し過ぎだ。はじめから断る気でいるくらいで、ちょうどいい」
「そこまででもないと思うけど……」
「聖女様なら、おできになります。俺は信じてます」
ナヴァト忍者が突然インターセプトをかましてきた。
どうしたんだ急に。あと、信頼が重い!
「いや、まぁ……うん、努力はするけども」
「王太女殿下に口答えができるかたに、度胸がないとは思えません」
ぐっは! 予想だにしなかった角度から、なにかを撃ち込まれた気分!
「……その話はもうやめて」
「俺も見たかったな」
「いやいや、見るべきところなんて、なにもなかったから!」
ここで、ナクンバ様が乱入。
「先ほどからの話を総合すると、王太女とやらは難物ということになるな」
正確な把握ですね!
とはいえ、事前にあんまりネガティヴな印象を与えるのも、いかがなものか?
「次代の君主として、とても意志の強いかたです」
そう思って、わたしが綺麗めにまとめたのに。
「権力の使いかたを熟知していますね。無理難題を押しつける能力に長けています」
リート! リートぉぉぉ!
首根っこを掴んで揺さぶりたい気分を満喫しているわたしに、ナクンバ様はこう告げた。
「ルルベルとは対照的だな。そう思わんか? 権力を持つことを善しとせず、無理難題はみずから抱える」
「いや……わたしって、そんなです?」
わりとシンプルに質問したんだけど、親衛隊ふたりが同時にうなずいたので――リートもだよ!――多数決で採択されそうだ。
無理難題はべつに……抱えようとはしてないつもりだけどなぁ!




