390 やだやだやだ、最高に可愛いー!
「ごめんね、邪魔しちゃって。あと、ありがとうね。助かるよ。お腹が空いて困ってたの」
「調味料が乏しいので、あまり凝った味付けはできませんが」
「今なら、なんでも美味しくいただけると思う。それに、ナヴァトってなんでも器用にできるから、そうはいっても美味しいものが出てくるんじゃないかって期待しちゃう」
ナヴァト忍者は、ちょっと誇らしげな顔をした。……あっ、これわりと料理にも自信があるやつだな!
「ご期待にそむかないよう、努力します。少々、お待ちください」
「なにか手伝えることないかな?」
「聖女様は休んでいらしてください。お疲れでしょう」
「ううん、わたしはナクンバ様の背中に乗ってただけだから――」
「呪文を唱えたであろう」
そういえば、そうだった。でも、体力に響いてる感じはあんまりないんだよなぁ。
だから実感もなくて、忘れちゃうんだけどね。なんもしてないや、って気がしちゃうんだ。
「部屋に連れて行ってやろう」
ナクンバ様にうながされ、わたしは大樹の上の方にある部屋でしばらく休むことになってしまった。
疲れていないつもりだったけど、ふかふかベッドに横たわったら……なんと、秒で寝たよね! 横になったあとの記憶がない。そして、目が覚めたのはナクンバ様に呼ばれたからだった。
「ルルベル、食事ができたそうだぞ」
寝ぼけたまま部屋を出て、もうちょっとで木から落ちそうになった……もちろん、ナクンバ様が魔法で浮かせてくれたから、なんともなかったけど。
一発で目が覚めたよ!
ああ怖かった。心臓バックバクだし血流もガンガンだよ……。
でも、肉が焼ける匂いを嗅いだとたん、お腹がぎゅるっと音をたててしまった。空腹、主張が強い!
ナヴァト忍者が用意してくれたのは、鳩肉の串焼きだった。付け合わせに野草も添えてある。……ジェレンス先生が準備してくれるパンと腸詰めより栄養バランスがよさそう。
「美味しそう!」
「お口に合えばいいのですが」
「早く席に着け。君が来るのを待っていたんだ」
どっちが誰の台詞かは、説明しなくてもわかるよね!
「待たせちゃってごめんね。じゃあ、いただきましょう」
串焼き、お行儀を気にしなくて済むのがいいね。騎士団の野営料理って、こういうものなのかな。
ひとくち齧ってみると、これがもうね。ジューシィー! パリッと焼けた皮目の歯ざわりと、シンプルな塩味。そこにあふれる肉汁!
「すっごく美味しい! ナヴァトって料理も上手なのね。なんでもできちゃうんだなぁ」
「過分なお言葉です」
そういいながら、ナヴァト忍者はとても嬉しそうである。声は渋いし体格もいいけど、反応がたまに子どもっぽいよね。
……というか、犬っぽいのだが!
「ルルベル、食べないなら俺がもらうぞ」
「誰が食べないのよ。食べるわよ」
リートが手をのばしてきたのは冗談じゃなさそうだったので、わたしは自分のお皿を引き寄せてガードした。
「隊長は食欲旺盛ですね」
「いつでもいくらでも食べるぞ。ナヴァトも食べきれないなら俺にくれ」
ストレート!
リートの食欲から自分のぶんを守る戦いをくりひろげつつ、食事は終了。
ナクンバ様はいずこへともなく飛び去ってしまった。見てたら食べたくなって、お食事タイムとか?
「ナクンバ様、戻って来るかなぁ」
「来るに決まっている」
リートが断言した。……あっ、これは「君は馬鹿か?」顔ですね……。
「決まってる、までいう?」
「野生の飛竜でさえあんなに集まったんだ。君の呼びかけに応えて出現したあの竜が、君から離れると思うか?」
「……わからないよ」
「まったく、しかたのないやつだな。そんなことで悩んでいる暇があったら、学園に戻ったとき、あの竜をどうするかについて考えた方がいいぞ」
「え」
ハイなんにも考えてませんでした!
そしてもちろん、リートの「君はやっぱり馬鹿だな」顔をいただきましたーッ!
「ついて来る……かな?」
「来るに決まってるだろう」
決まってるかぁー。決まってるのかなぁー!
「学園の森は広いですから、竜の居場所くらい、なんとでもなるでしょう」
「甘いな、ナヴァト。あれは校長の縄張りだ。竜に貸してやるほどの度量があるか、試されるところだな」
縄張りって。
……いやでもそうか、学園の土地ってエルフ校長にとっては特別なものなんだな。初代陛下から賜った、想いの詰まっただいじな土地だもの。
「すぐそのへんに竜がいるとなったら、生徒たちも黙ってはいるまい。そして、生徒ならともかく――」
ナヴァトが、なにかに気づいた顔になった。
「研究所ですか」
「そうだ」
わぁー……。
吸血鬼をギリギリまで痛めつけてデータとってる研究所の話ですね?
それはたしかに! やばいな!
「ナクンバ様は連れて帰らない方がいいのかも」
「あれだけの戦果を上げた竜だ。放っておいてはもらえないぞ」
「協力してくれたんだから、あとは自由にしていただいて……ってことにならないかな」
「たとえ君が竜を自由にしたとして、では野生に帰っていただきましょうとは、ならないな。間違いなく、探しに来る。トゥリアージェもだが、西国だって手を尽くすだろう。鬱陶しいからって焼き払ったら、全面抗争だ」
不幸な予言はやめていただけませんか……。
「ナクンバ様は、実体化をやめればまた飛竜に戻るみたいなこと、話してらしたけど……。つまり、わたしと別れたら、元の状態に戻るんじゃないかな?」
「わからんのか」
「え? なにが?」
リートは、聞こえよがしにため息をついた。
「君と一緒にいたがっているんだろう? だから、竜もここに来た」
「うん。そういわれた」
「それなら、ナクンバ様は飛竜に戻りたくはないということじゃないのか?」
「そういうことだな」
答えたのは、ナクンバ様だった。
高いところから降りて来たナクンバ様は、着地寸前にふわ、っと無重力みたいに浮かんで。
それから、ずん、と地面が揺れた。着地である。
「ナクンバ様、どこから聞いてらっしゃったんですか?」
「焼き払ったら全面抗争、くらいからだな。我はルルベルの行くところならどこでも行くが、それでは不都合があるのか?」
「その……ナクンバ様は珍しい存在でいらっしゃいますから、皆が騒いだり、ご迷惑をおかけしたりするのではないかと」
「ずっとここにいては、駄目なのか?」
そう問われると……ナクンバ様に犠牲を強いてまで、学園に戻る意義とは? みたいな気分になる。
いやでも、わたしは戻りたい。シスコたちにも会いたいし、ファビウス様にも会いたいし。だからって、皆に来てもらえば解決するって話じゃない……気がする。
大雑把にいうと、竜といっしょに世捨て人になるのは、ちょっと……ってことなのだ。
あれだけ助けてもらっておいて、恩知らずだなとは思うけど。
「わたしは、いつも聖女としての仕事をしてるわけじゃなくて……ふだんはもっと、ふつうの学生なんです」
「ああ、魔法学園のだな」
「そうです。でも……困りました。皆がナクンバ様を尊重してくれるとは限らない、って気がついてしまって」
具体的に研究所の名前を出すのは避けたけど、珍しい生き物がいたら実験したがるひともいるし、そうでなくとも神話の世界の存在である竜なんて皆が会いたがるだろうし……その中に、ナクンバ様の力を利用したいと考える者もいるだろう、って感じで説明したら。
「この姿が問題なのか?」
「え? いえ、姿だけの問題では」
「大きくて隠れづらいのが困るのであろう? なら話は簡単だ」
しゅぽっ。
ジェレンス先生が瞬間移動するときと、ちょっと似た感覚を覚えたと思ったら。
ナクンバ様が……小さくなったー!
て……手のりサイズ!
やだ……ちょっとやだやだやだ、最高に可愛いー!




