39 夕食の席でお貴族様メンタルが発揮される
マップ兵器はシスコ嬢に向かって微笑み、次いでわたしに尋ねた。
「ご一緒しても、かまわないかな?」
これ断るって選択肢あるの? シスコ嬢を見ると、困り顔で見返された。やっぱり、ない感じ?
「あの……もうひとり、いるので」
「リート君ですか?」
ああそうね……知ってるよね。招待状、渡しに来たもんね。
「そうです。今、いろいろ取りに行ってて」
「彼なら気にしないでしょう」
スタダンス留年生は、わたしの向かいに座った。さすがのお貴族様メンタルだ。生徒会ってことは、確実にお貴族様中のお貴族様みたいな感じのアレだよね……アレ……。あの……リートは鉄の心臓の持ち主なので気にしないかもですが、わたしは気にしてるよ? 見るからに、迷惑そうにしてるよね? そこガン無視です?
もちろんガン無視したまま、スタダンス留年生は本題に突撃した。
「ルルベル嬢、殿下と昼食をともにすることになってましたよね、君は。聞かせていただきたいものだと思ってね、その約束を破った理由を」
それかー! それ問題かー、やっぱり!
「その……ジェレンス先生に特訓を受けてまして」
「特訓?」
先生……先生! ちゃんと教室でアナウンスしてくれてないの!?
「ご存じとは思いますが、わたしの属性は聖です。いざというときに使えないでは困る、という話で」
眷属が目撃されたという情報を話していいのかわからない。ふわっとした理由になってしまうが、まぁほら……聖属性はさ! 稀少属性だから! ってことで万事納得していただきたい。
「たしかに、確認されている聖属性の使い手は君だけですが」
「まだ、使い手にもなれてないんです。属性が判明したのも最近ですし、入学まで、魔法についてもなにも知らなくて。だから、ずっと特訓を受けてました。魔力が尽きるまで。それで疲れ果ていて、今……すみません……本来なら殿下にお詫びをしに行くべきですね。それさえ、思い至りませんでした。申しわけありません」
「ルルベルさんは、魔力切れでご気分がお悪いのです」
シスコ嬢が援護してくれた。……感激! ありがとうシスコ嬢!
「なるほど。特訓とは、どんな?」
「ファビウス研究員の協力を仰いでの、魔力染色と魔力操作だそうです」
すっ、と皿やカップを置きながら答えたのは、リートだった。爽やかクラスメイト・モードで微笑を浮かべたリートは、こういう場面では心強いね!
「やあ、リート君。失礼してるよ」
「スタダンス様を同じ卓にお迎えできて、光栄です」
君、よく貴族様を前にして口が回るよね……。昨夜の歓迎会でも思ったけども。
「様はやめてくれ。わたしは君らと同じクラスだ」
「でも、年上でいらっしゃいますし」
さりげなく留年問題にふれてるね? ふれてるよね? 怖い!
スタダンス留年生は、鉄壁のマナーでもってリートの攻撃に応じた。
「なに、年齢など瑣末なことですよ。ところでルルベル嬢」
こっちに注意戻さなくていいよぉー! 助けて。たのむ。誰か。
「はい」
「ファビウス研究員と長時間一緒にいて、なにもなかった?」
いや、いろいろありましたよ。おもに誓約魔法のせいで魔性先輩が「うっ」ってなったり、笑い過ぎたジェレンス先生が呼吸困難になったりだけど。
「ジェレンス先生もずっといらっしゃいましたので」
「君らは入学したてで知らないでしょうが、彼は魔性と呼ばれていてね」
知ってます……。
「わたしも、噂だけは聞いたことがあります」
シスコ嬢! そんな深刻そうな口調で乗ってこないで! 涙目で笑うジェレンス先生を思いだして、わたしも脈絡なく笑いだしそうになるからやめて!
「いろいろあったのですよ。問題がね。ちょっと口にはできないような噂も」
気をつけた方がいい、と心配そうにスタダンス留年生はいった。
……まぁ、あの調子だし。たしかに、魔性先輩は魔性と呼ばれるだけのことをしてきたのだろう。でも、なんかなぁ。
「そうなんですね。でも、魔法の腕はすごかったです。魔力の彩色は、訓練効率上昇には効果的だと実感しました」
「ああ、まぁね。天才と呼ばれるだけのことはありますよ、彼も。ただ、君に間違いが起きないかが心配でね。もし必要なら、殿下から校長に申し入れて、人員を変更してもらうことも可能ですよ」
いや、そのエルフ校長の計画ですし?
「ご親切にありがとうございます。ですが、聖属性の特性上、ファビウス先輩の魔法がなければ訓練もおぼつかない状態なので」
「そうですか。これは余計なお世話だったかな。それとも、もうファビウスに魅入られてしまった?」
スタダンス留年生はマップ兵器、とわたしは心の中で唱えた。こいつはマップ兵器で間違いなく高位貴族。敵にまわすとヤバさしかないやつ。落ち着け。そして、いでよ! 下町のパン屋の看板娘モード!
「まさかそんな。わたしは訓練だけで精一杯です。今日ももう、へとへとなんですよ……これも聖属性に目覚めた者のつとめなのでしょうけど、心が弱くなったときには、どうぞ皆様、応援してやってくださいね!」
「ルルベルさん、わたしでよければいつでも力になるわ」
シスコ嬢〜! ちょっと感激しちゃう!
「ありがとう、シスコさん……ねぇ、もしよかったら……呼び捨てにしても?」
「もちろん。わたしも、ルルベルと呼んでいい?」
「ええ。ありがとう、シスコ!」
「わたしね、魔力切れで気もち悪くなったときにいつも果物を絞って飲んでいたの。明日からもきっと、大変なのでしょう? 家に連絡して、手配してもらうわ」
「えっ……そんなの申しわけないから、いいよ」
「申しわけないなんて、いわないで。わたし、ルルベルのこと応援したいの」
娘どもふたりが盛り上がった結果、スタダンス留年生は白けてしまったらしい。眼鏡をくいっと押し上げて(これはポイント高いよね、正直いって!)、立ち上がった。
「忠告はしたよ、ルルベル嬢。くれぐれも気をつけて」
「ありがとうございます、スタダンス様。ご忠告、感謝いたします」
カップを手に歩み去るスタダンス留年生を見送って、わたしは小さく息を吐いた。彼はなんなのかなぁ。王子の尖兵? まぁ手下ではあるだろうな……。
リートもスタダンス留年生を見送っていたが、不意に向き直ると前のめりで尋ねた。
「シスコ嬢、その果汁とやらは、どんな果物の?」
「あの、リート様も……その……呼び捨てにしてくださってかまわないですよ」
「そうか。ではシスコ、その果汁とやらは、どんな果物の?」
ぶれないな、リート!
「名前は知らないのですけど、なんでも遠い南の国で採れるんだそうで……わたしは絞って果汁にしたものしか飲んだことがありませんけど、街中では、半割りにして売っていると聞きました」
……ものすごく覚えのあるなにかが登場した。
「魔力を増やす力もあるのか?」
「いえ、それはないですけど、魔力枯渇による疲労感を軽減する効果があるそうです」
まさかとは思うが、ジェレンス先生、先回りして飲ませてたのか。そこまで気が利くか? いや……意外とぬかりがないからなぁ、やりかねないな。
「シュガの実かな……。かなり高価なものだと思うぞ」
知りたくなかった、その事実!
「や、やっぱり遠慮した方が」
「いいえ、わたし先ほどのスタダンス様の態度にその……少し……むかつきましたの。ルルベルは、頑張ってるのに。……はしたない表現ですけど、魔性の研究員とイチャついてるんじゃないか、みたいな。そういう感じを匂わせてらしたでしょう?」
「あー、まぁそうだったね。わたしも正直、いい気分じゃなかったけど」
「当然です! わたしはルルベルが魔力切れまで頑張ったという言葉を信じます。だって、魔力切れのだるさは、よくわかるから……おなかがすいてるのに、気もち悪いのも。魔力操作が大変なのも、視覚化されたら効率いいだろうなってことも……ぜんぶ、ぜんぶわかります」
ああそうか、と思った。
シスコは、ずっと苦労してたんだ。
稀少属性に目覚めても、使いこなすには魔力がたりなくて。魔力を伸ばすのも、技術を磨いて効率を上げるのも、きっと大変なことだろう。その大変な道を、この子は歩んできたんだ。わたしなんかより、ずっと前から。
わたしに共感してくれるのは、だからだ。
「シスコ……わたしもわかるよ。大変だったんだね」
そうつぶやくと、シスコの眼がうるんで――でも、彼女はすぐに俯いてしまった。うなずいたのかもしれない。どっちかな。
わたしはまだ、彼女のこと、よく知らない。だけど。
「わたしたち、お友だちになれますね?」
「うん。友だちになろう」
お父さん、お母さん。わたし、魔法学園で友だちができました!




