表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
388/524

388 ナクンバ様とゆっくり行かせてもらうぜ!

 そのうち来るだろうと思っていたジェレンス先生が姿をあらわしたのは、予想よりずいぶん時間が経ってからだった。

 それだけ事後処理が大変だったということなんだろう。


「よう、調子はどうだ」

「お腹が空きました」

「あー、わかる」


 わかられてしまった。表情から察するに、ジェレンス先生もだいぶお腹が空いてそう……。


「それどころじゃない感じですか?」

「んや、もうだいたい終わりだから撤収していいんだが――ナクンバ様だ」

「……ナクンバ様?」

「現状、ナクンバ様は実体化してるわけだが、それって可逆的なのかって話だよ」

「つまり、実体のない状態に戻れるか?」

「ってことだ。戻れねぇなら、領主館に行ってもらうことになる」


 あー……。

 そうか、あの星形の砦にナクンバ様を連れて行くとして……広場があるからそこにいてもらえばいいかもだけど、ナクンバ様はそれで快適に過ごせるだろうか?


「ナクンバ様、どう思われますか? 人間の館に逗留するというお考えは――」


 ぷすっ、と鼻から煙が出る。ナクンバ様はちょっと鼻にものをいわせ過ぎだと思う。


「――先生、この提案はあまり歓迎されていないようです」

「だろうなぁ。そいつ、おまえ以外の人間には、なんも思い入れなさそうだし」

「え……」


 いやまぁそうだけど。そうだけど、伝わってるの?


「戦場に来たとき、こりゃ眷属ごと燃やされるなって覚悟したぜ」


 そっかー……そういえば、そっかー! 無頓着に、焼き払えばいいだろうっていってたもんな!

 あれが冗談だとは思ってないけど、そんなに気にしてなかった。そのあと、人間を傷つけないよう配慮して戦ってくれたからだ。

 だけど忘れちゃいけないんだな。ナクンバ様って、基本的に人間に対してフレンドリーなわけじゃないんだ。聖属性魔法使いであるわたしには、例外的に親切ってだけ。

 聖属性って、そんなに価値があるのか……。よくわからんけど。


「で、どうなんだ。可逆性」

「……あ、そうでした」


 気が逸れちゃって、肝心のそこを確認してなかったわ!

 でも、あらためて質問するまでもなかった。


「可能ではある」


 ナクンバ様が直接回答してくれたからだ。

 ジェレンス先生の反応は、これ。


「……おいおい、いつから喋れるようになったんだ」

「あ、はい。先生が別行動を選ばれてからです」

「なら、ルルベルを介さなくても喋れるな」

「ルルベルを介さない場合、話す意義も失われるが」


 なんでいきなり険悪な感じなの! やめてよ!


「ナクンバ様、わたしがあいだに入らなくても話を聞いて、答えてもらえると助かります。ジェレンス先生は魔法学園の教師で――って、魔法学園はわかります?」

「語彙は学んだからな。察しはつく」


 あーそっか、語彙……。

 ……ひょっとして、前世知識の言葉なんかも紛れ込んでたりしないだろうな?

 いや、そんなこと考えてる場合じゃなかった。


「つまり、わたしの魔法の師です! うっかり燃やしたりしないでください」

「案ずるな、ルルベル。我がなにかを燃やすとき、うっかりなどということはない。狙って燃やす」

「問題なのは、うっかりかどうかって部分じゃないです……」


 なにひとつ安心できない!

 でも、ジェレンス先生は楽しげに笑った。


「いいじゃねぇか、ルルベル。うっかりしないって約束してくれんなら、その方が」

「それはそうですけど……」

「で、可能ではあるって嫌そうだったが、消えたり戻ったりすると困ったことがあるのか?」

「若造、舐めた口をきくでない」


 低い声は雷鳴がとどろくようだ。怖い……。


「ナクンバ様、落ち着いてください。ジェレンス先生は雑なところはありますが、とても良い先生なんです。ちゃんと、先々のことを考えてくださってるんですよ。ですから、質問に答えてあげてください」

「礼儀は望めんか」

「はい」

「おいルルベル、即答か」


 はっ。つい容赦なく肯定してしまった!

 いやでもジェレンス先生って礼儀作法とか苦手分野でしょ。あと社交。


「すみません。ナクンバ様、ジェレンス先生は言葉遣いや態度が丁重だったりはしませんが、二心ふたごころのないかたです。信じてください」

「……貶されてんだか褒められてんだか」

「聖なる乙女の信頼を勝ち得ておいて、なぜ文句をつけておるか」

「そういうひとなんです、ジェレンス先生は」


 ナクンバ様はまた、ぷすんと鼻から煙を出した。でも、怒ってるって感じでもなさそうね……。


「現身を捨て去ることは可能だが、ナクンバとしての意識をたもつことが困難になる。長く呼ばれることがなければ、ふたたび知性なき飛竜の群れへと転じるだろう」


 ジェレンス先生は少しだけ考えてから提案した。


「じゃあ、こうしよう。ナクンバ様は、姿を消す。できれば少し高度を下げて、なにが起きたかはっきりわかるように目撃者をつくる。で、元いた飛竜の生息地に戻ってもらう。俺はルルベルを抱えて一回そっちに行って、ルルベルがナクンバ様を呼べばまた実体化……できるんだよな?」

「可能だ」

「じゃ、そのあと俺とルルベルは人間の世界に戻る。つまり、面倒な社交のお時間だ。ナクンバ様には、聖なる大樹の下で待っていてもらおう」

「我がそなたの指図を受けると?」


 また声が低くなったナクンバ様の首を、わたしはぺしぺしと叩いた。


「ナクンバ様、よい考えだと思います。あの樹の近くにいれば、ナクンバ様も快適でしょう?」

「ルルベルと離れるのは、嫌だ」


 お、おう。そう来たかぁ……。


「じゃ、見世物になる覚悟で一緒に来るか? 俺はそれでもかまわんが」

「ルルベルも大樹のもとで待機すればよかろう」


 ジェレンス先生は腕を組み、うーんと唸った。


「なぜルルベルが同席しないのかって理由を捻り出せるか……まぁ、なんとかなるか……」

「戻ったら、隣国の皆さんとの会合が?」

「あるに決まってる。どっちにどれだけ被害が出たかって話もしなきゃなんねぇし。実働隊の大部分はうちの――つまり伯母が率いてる兵だが、西国ノーレタリアの兵もそれなりには参加してるんだ。ほら、逐次投入された戦力と、あとは例のレデルラントの市長が連れて来た傭兵がいてな」

「傭兵ですか」

「ああ、傭兵だ。市にも兵が配備されてはいてな。国境だから、常時それなりの戦力が駐留してる。だが、そいつらは国の命令で動く立場だからな。市の警備はするし、ある程度は市長の依頼にも従うが、この件に関しては別だ。上からの命令は、魔将軍は『通せ』だからな。よって、今回の戦場には出て来てない」

「なるほど……」

「だからといって、市長のお願いだけでシュルージュを、つまり外国の領主を動かすのも変な話だ。傭兵を連れて来たのは、市長の誠意を見せるためだろうよ。まぁ、ちゃんと仕事してたぜ?」


 傭兵なんて商売があるんだなぁ……という点からおどろきだ。

 王都では、あんまり聞いたことがない。わたしが住んでたあたりが、かなり中心部だからかなぁ……いやぁ、さすがに傭兵が出入りしてたら、ふつうに知識として入ってくると思うけど……。


「よし、ルルベルとナクンバ様は元の場所に戻ってもらおう。ルルベル、聖女様のお力で竜が顕現して味方してくれたって話にするが、それでいいか?」

「それはもちろん……先生たちの都合がいいように話していただければ」

「ルルベルも連れてかなくていいなら、このままナクンバ様と移動でいいか。消えるところを見せなくても……。よし、それで行こう。ああ、リートとナヴァトは送っておくから」


 ……虚無移動だな。

 頑張れリート、頑張れナヴァト! 悪いね、わたしはナクンバ様とゆっくり行かせてもらうぜ!


「なにかあったら呼びに来るから覚悟しとけよ。じゃあな」


 といって、ジェレンス先生は姿を消した。


「……あ」

「どうした、ルルベル」

「いや……食べるものを都合つけてもらおうと思ってたんですけど」


 お腹が空いたのである。

 ……お腹が! 空いたので! ある!

 ジェレンス先生が運んでくる雑な食事――だいたいパンと腸詰めだ――にも、少し飽きてきたのが正直なところだが! でもとにかくなによりお腹が! 空いた!


「そういえば、我も腹が減った」

「……ナクンバ様って、なにを食べるんですか?」

「今、人間かもしれないと思ったであろう」


 バレてた!

 いや、だって躊躇しなく焼きそうだったし! 飛竜時代(?)に、こっちを見る目がこう……食欲っぽかったし!


「なんでも食べられるぞ」


 これはその……人間を含むって意味……かな……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ