表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
385/524

385 違和感が過労死しそうなレベルで仕事してる

 呪文を唱えていると、世界との境界が曖昧になる。


 わたしは世界で、世界はわたし。

 そうなるからこそ、世界に干渉することが可能になるんだろう――でも、だから逆に、その場の影響も強く受けることになる。

 だって、わたしは世界で世界はわたしだから。

 魔王の眷属が大量にいる場所で呪文を唱えるって、うまくいえないけど――わたしが一体化する世界にかれらも組み込まれているって感じ? だから、わたしが魔王の眷属を包み込み、あるいは魔王の眷属がわたしの中に入り込む状態。

 それがもう。……それがもう!

 耐えがたい気もち悪さ。違和感が過労死しそうなレベルで仕事してるっていうか。

 なるほど、と頭の片隅で思う――たしかに、聖属性と魔王の眷属は相容れない。いやほんと無理。


   ふるふる 慈雨のごとく

   ふるふる 粉雪のごとく


 わたしの声が世界を拡張し、どこまでも、どこまでも広がっていく。

 それこそ空のように。雲のように。風のように。

 聖属性の魔力が呪文と一体化し、黒々とした闇の気配を押し戻す。でも、穢れも負けてはいない。ぐいぐいと、わたしの力を押し戻してくる。


   ふるふる は日差しに似て

   ふるふる 其は命の流れへと


 唱えている言葉の意味がわからなくなって、音になり、こぼれていく。

 世界を受け止めきれていない。呪文が効果を発揮できない。

 わたしは呪文の先に進まず、くり返すことを選ぶ。同じフレーズを、リピート。しっかりと、丁寧に。


   ふるふる 慈雨のごとく

   ふるふる 粉雪のごとく


 豪雨や吹雪では駄目ですよ、とエルフ校長には指導された。

 それは地上にあるものを痛めつけるのではなく、やさしく潤すものでなければならない。世界がしんと静まり返って、すべての音を包み込むのを想像するのだ。ただひたすらに――やわらかに。

 わたしの言葉が、呪文が、世界が。魔王の眷属の視点を、価値観を、侵食していく。

 それは静かな戦いだ。互いの力がぶつかりあい、それでも着実に――リートたちが植えた樹に届く。

 種子は事前にエルフ校長の手で「あるべき姿」を埋め込まれている。だから、たちまち成長するのだ。わたしの呪文に応えて、癒しの力を学びながら。

 生属性魔法使いたちが、聖属性の魔力玉で育てた樹々に――届け。

 届け。

 ……届け!


 魔王の眷属との力の押し合いは、しばらく釣り合ってしまって一進一退、どちらに転んでもおかしくない雰囲気だったけど。

 でも、わたしたちは完全にかれらを囲んでいた。魔将軍が率いる眷属たちは、樹々に包囲されて逃げ場もなく。しかも、地上と空にも挟まれて。

 一旦、聖属性に天秤が傾けば、あとは一気に進んだ。

 そうなってしまえばもう、わたしがやることなんてない。ただ世界を揺蕩たゆたう感覚に身をゆだねるだけだ。


 世界は……なんて美しいんだろう。


 ――やあ、また君か。


 すべてが虹のプリズムの中にあって、分裂して、万華鏡みたいにどこまでも無限につづいて、その光の奥から。


 ――気をつけて。ほら。


 最後の「ら」のところでグッと背中を押される感覚がして、わたしは手近なものにしがみついた――って。

 ……あれ?


「いかがした、聖なる乙女よ」


 わたしはまだ、ナクンバ様の背中の上だった。

 ……正直、完全にトリップしてたというか、意識がなかったよね! あっ……ぶねぇぇ! こっぇぇえ! うわぁぁぁ!


「し、し……正気に戻りましたっ!」

「そのようだ」

「わたし、どれくらい意識を失ってました?」

「さほどでもない」


 どれくらいだよ! っていっても、まぁ……わからんだろうな。ここに時計があるわけじゃないし。ナクンバ様だって、時計なんて概念はご存じないか、知っててもあんまり興味ないだろう。


「……とにかく、戻れてよかった」


 なんとなくのつぶやきに、ナクンバ様が大きく息を吐いた。


「まことにな。かつても思ったものだが、呪文とは、人の子には強過ぎる力ではないか」

「……」

「だが娘よ、そなたの詠唱は善きものであるぞ」

「ルルベルです。わたしにも名前があるんですよ、ナクンバ様」


 そろそろ、娘呼ばわりは遠慮していただこうか!


「ではルルベル。呪文はもう不要であろう。次は、どこへ連れて行けばよい?」

「あ、えーっと……それは……」


 どうしよう。どうせジェレンス先生あたりが迎えに来ると思って、なにも考えてなかったよ。

 そもそも、今の状況がもうまったく事前の想定外だからな! 想・定・外!


「リートがどこにいるか、わかりますか? ええと……」

「先に降りた者か。わかるぞ」

「では、そこへ連れて行ってください」


 ナヴァト忍者は、ナクンバ様と会ってないから指定しづらいし、ジェレンス先生は瞬間移動して居場所がブレそうだし。ここはリート一択だろう。

 それにしても、ナヴァト忍者は先行損じゃない? いざとなったらわたしを別の場所に逃すためとかいわれてたけど……実際には地上と空中に別れちゃって、巡り合う可能性すらなくなったもんな!

 もうリートと合流してるかなぁ……。

 なんて、呑気なことを考えていたわけだが――ジェレンス先生が迎えに来ない時点で、察するべきだったよね――戦闘は、まだ終わっていなかったのである。


「う……わ」


 ナクンバ様が高度を下げるとともに、戦場のようすが見えてきた。

 癒しの樹は仕事してた……仕事してたけど、それはやっぱり飛竜の生息地に育ったような大樹じゃなくて。ひょろひょろっと、たよりない感じの木立でしかなかった。

 その木立に向けて、一点突破を狙ってか魔物の群れが攻撃をかけている――もちろん、人間側も応戦しているわけで、そこは激戦区となっていたのだ。

 はじめて見る、魔物の群れ。それは、なんだか理不尽なものに見えた。わたしが知っている生き物に似ている形もあるけど、どこかが歪んでいて、なにかが不自然だ。見ていると、頭がくらくらしてくる。

 皆は、こんな相手と戦っているのか。

 ……ナクンバ様がここに向かったということは、この激戦区にリートがいるということだ。


「どうしよう……もう一回、呪文を――」

「やめておけ」


 ぴしゃり、と。そう表現したくなる勢いで、ナクンバ様に否定された。


「――でも!」

「いうたであろう。人には過ぎた力だと。今日はもうやめておけ。どうせ効果などない」

「なにかあるかもしれないじゃないですか」


 反駁しながら、ナクンバ様が正しいって思った。

 トリップの危険もだけど、魔力量にも問題がある――さっき、念を押すようにくり返しまくったせいで、前回よりずっと魔力を使ってしまったのだ。魔力切れまではいってないけど、けっこうカツカツだという自覚はある。


「今日は無理だ」

「でも、わたしにできることが、なにかあるはずです」

「我に命じればよい」

「え?」

「焼き払えとでも」


 一瞬、考えた。考えてよかった。


「味方ごと、焼けてしまうじゃないですか」

「それは困るか?」

「困るに決まってます!」


 あぶない。ナクンバ様の意識、ちょっとヤバい。人間だからといって守らねばとか思ってない!


「では、退避を呼びかければよい」

「そう都合よく味方だけ逃げられませんよ……」


 そのとき、魔物がわたしたちに――というか、たぶんナクンバ様に気がついた。

 ギヒャ、ギヒャ! という変な鳴き声。それが警戒音みたいなものだったのだろうか。戦場にいる魔物の多くが、ぐりっと目玉を上に向けたのである。

 視線を浴びたとたん、全身が総毛立った。ぶわぁ! って音がしそうな勢いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
[良い点] ――やあ、また君か。 ってだれですか?気になります! [一言] 更新ありがとうございますm(_ _)m
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ