383 俺はあのひとに、叱られ慣れてるんだ
『然様なことか』
「はい。ナクンバ様もご存じの、あの癒しの樹を――あれほどまでの大きさは無理でも、数を揃えることで魔王の眷属の軍を囲み、無力化したいのです」
『気配を消して行動せん、と。なるほど、あいわかった』
新生ナクンバ様、前より話せる感じになってる!
これなら、パン屋の看板娘の接客技術でなんとかなるわぁ……たぶん。
「話が早くて助かります。種子を蒔いて、聖属性の魔力を通しながら芽吹かせるところまでは、生属性魔法使いが手分けをして進めます。わたしはそれに呪文を唱えたいのです――先ほどのような」
ナクンバ様の鼻から、ぷわっ、と煙が出る。べっこう飴みたいな金色の眼が、わずかにほそめられた。
『あれは善きものなり』
「あの……わたしの頭に直接話しかけてくださってるんですから、こう……もう少し現代っぽい言葉遣いにしていただけると、わたしも楽にお話しできるのですが……いかがでしょう?」
『……すまぬな。不便をかける』
「あ、いえいえ! そんな! 今のはわたしの我儘でした。どうぞ、お気になさらず」
『古き者ゆえ、言葉も亦、考えも、知識も然り。じき、今様になろう。そなたの言葉を学ぶゆえな』
わたしはちょっと考えてしまった。
……わたしっぽい喋りをするナクンバ様って、なんか……威厳なさそう。
「わたし以外の人間とも、お話ししてくださいますか?」
『気が向かば、或いは』
って、こんなところは前と変わってないな……。いやまぁ、そんな話をしてる場合ではない。
「ルルベル、どうなってる? もう向かっていいか? 打ち合わせ通りなら、伯母上の部隊も植樹をはじめる頃合いだ」
「まだ肝心の話が終わってないです。ナクンバ様に、どう協力していただくか――」
『包囲網の中央に、我が運んでやろう』
「え、いや……それでは眷属に気づかれてしまうのでは?」
『魔力を抑えればよいのであろう? その程度、児戯に等しい』
そう答えると同時に、ナクンバ様の魔力が消えた。
……えっ。すご。なんにも……ほんっとになんにも感じないぞ?
「ジェレンス先生……どうです?」
「魔力を消したのか? 感知不能だな」
すご!
『現身あればこそ、可能なわざよ。人の魔法使いらは種子を植え、聖なる乙女よ、そなたは呪文を唱えるがよい』
なるほど、実体化したから逆に魔力を消せるようになった、ってことか。実体がない状態だと、魔力を消したらそのまま消えちゃいそうだもんな……。
そっちはいいけど、結論部分はちょっと承服しがたい。
「でも、呪文を唱えるのであれば、わたしは魔力を放出するわけです。目立ってしまうのでは……」
さすがに、身を隠すところがない空の上で唱えるってのは、ちょっと……。それに、範囲的にも届ききらないんじゃないかなぁ。残念だけど、わたしって魔力量はそんなに多くないし。
でも、ナクンバ様はまた鼻から銀色の煙を吹いて。
『いうたであろう。魔将軍など、我の敵ではない。されど、数を頼みに攻め寄せるのを、いちいち相手どるは愚策。聖なる樹木で囲むとは、よう思いついたものよ。気に入ったゆえ、力を貸してくれようと申しておるのだ』
「先生……ナクンバ様が、包囲網の中心まで連れていくから、そこで呪文を唱えろって……魔将軍なんか敵じゃないから目立っても問題ないっていってます」
「そうか。じゃ、ルルベルのお守りはまかせよう」
「え」
ちょっ……そういうことになるの? えっ? ナヴァト忍者がいたら絶対、猛烈抗議案件よ!
「ナクンバ様、ジェレンス先生も一緒でいいですよね?」
『自由に行かせるがよい。その者は、庇護者向きではなかろう。聖女の護り、我が引き受けん』
「いや、俺は包囲網がまともにできてるかを確認しに行く。俺は種蒔き向きじゃねぇんだし、おまえが呪文を唱える助けにもなれん。なら、陽動を手伝った方がいいだろ。俺ひとりなら、いくらでも瞬間移動できるんだ。広範囲に補助が可能だし、それが必要だ。おまえは竜とゆっくり来ればいい。準備は万端、ととのえておいてやるさ」
えっ、いや、なんでそうなるの!
会話できてないはずのナクンバ様とジェレンス先生が同意見っぽいのもおかしいけど、ぽっと出の竜に生徒の身柄を預けるのは、どうなの? リートがいたら、危機意識がたりないって馬鹿にされるよ!
ああ、なんのかんのいって親衛隊は重要!
「ここでわたしを放置すると、シュルージュ様に叱られるのでは……」
最終兵器をぶっこんでみたけど、ジェレンス先生はニカッと――いやもうほんと、ニカッとしか表現できない笑顔でこう答えた。
「知ってるか、ルルベル。俺はあのひとに、叱られ慣れてるんだ」
知ってる気はしたー!
なんと答えればいいかわからないでいるうちに、ジェレンス先生は高度を上げ、わたしを竜の背にポイ捨てした。
いやもうマジでポイ捨て。雑! もっと丁寧に扱って!
「先生!」
「俺が思うに、そいつは本物だ。紛うかたなき、神話時代の竜ってやつだ」
「そんなのは知ってます」
「じゃあ信じろ。本物の竜ってのは、当代一の魔法使いより強いと思うぜ?」
しゅぽっ! と、少し空気が抜けるような感じがして。
ジェレンス先生は、もう消えていた。
……あんっの野郎〜〜〜〜〜!
「生徒を置いて行くなーっ!」
本人もうここにいないのに叫んでも虚しいけど! でも、わたしだってストレスは発散したい!
『乙女よ、いざ参らん』
「あ、あの……どこかに、掴まっても失礼にならないですか?」
失礼になるっていわれたら困るが!
ていうか、背中に捕まるところなんてなにもないんじゃが……どうするんじゃい……。翼の付け根? いやでもぶっとくて、手で掴むの大変そうじゃよ?
『案ずるでない。けっして落ちることなどありはせぬ。我が身にくわえてそなたを浮遊させる程度、眠っていてもできようほどに』
できようほどですか……。
落ちないっていわれても不安は不安だったので、わたしは翼の付け根に捕まらせてもらうことにした。竜に乗るなんて稀有な体験だけど、できれば……装具っていうか、なんかほしいね! 手綱的な、なにかが!
「ナクンバ様は、魔法で浮いてらっしゃるんですね?」
『いかにも』
いかにもですか……。
なるほどー、象レベルの巨体は魔法で浮いてるってことかー。そんじゃまぁ、女子一名追加くらいは……大丈夫なんだろう。
今はもう感知できないナクンバ様の魔力、すごい量だったからね。膨大、いや莫大? まぁ表現はなんでもいいけど、とにかく多かった。
『我は原初の存在ゆえに、原初の言語を語り得る』
「じゃあ、呪文も唱えられるんですね」
『肯定にして否定』
どういうことだと首を捻るわたしに、ナクンバ様が説明するには。
呪文てのは、人間が唱えやすいように作られたものらしい。だから、ナクンバ様が使う魔法とは別系統なんだって。
人間に呪文を教えたのは、もちろんエルフだ。エルフは人間と姿が近い、いわば近縁種。子どもを見るような眼差しで、人類を見守っていたのだという。で、弱々しい子どもらが身を守れるようにと、呪文の手ほどきもしたそうだ。
人類が増えはじめた頃には、ナクンバ様はまだ竜として存在していた。つまり、飛竜に分裂してなかった……ってことだろうけど、当時はエルフとも多少はつきあいがあったそうだ。そのナクンバ様の印象では、エルフは人間に甘過ぎたらしい。
ははぁ、と思うところはあるよね――エルフは子育てがヘタクソ!
案の定、思い上がって勘違いした人間が呪文を悪用する問題が多発。エルフは絶望して、それ以上の知識を人間に与えるのをやめたそうだ。
それでも即座に呪文が途絶えるなんてことはなく。
ただ、いろんな意味でピーキーな魔法であるがゆえに問題は起きつづけ、呪文を使う魔法使いが忌避されるなんて流れも生じ……結果、呪文をめぐる知識は失われてしまった。
ここでエルフはふたたびの絶望――せっかく授けた知識を厭われ、捨てられたのだからね――で、人間とは距離を置くのが基本姿勢となった。たまに物好きなエルフが人間と交流することはあっても、種族全体としては何歩か引いてる状態らしい。
……っていうのが、ナクンバ様の知識。
だけど、ナクンバ様自身が長いこと世界とかかわってなかったから、最近のことは知らないそうだ。いっておくけど「最近」のレンジは相当長いよ? エルフの二回目の絶望のあたりでは、もう世界に関心を持てなくなっていて、よく知らないとか。
でもまぁ……なんかエルフ校長が恨み節っぽい雰囲気を醸し出していた背景には、そういうことがあったのかー。




