380 シュルージュ教を信仰しそうです!
その夜は、ジェレンス先生が運んで来てくれたものを食べた。
エルフ校長は、ずっとここにいたい……とつぶやいてたけど、仕事があるからと学園に戻らされてしまった。
お土産に魔力玉を持たせてあげたら、エルフの里に少しだけ分けてあげてもいいか訊かれた。いやもうお好きにどうぞ……。いくら残置性が高いといっても、これまでの例だと一週間かそこらで消えてるはずだけど、それでいいなら。
……いやでも今回、密度をかなり濃くしたからなぁ。一週間じゃ消えないかもな?
いうまでもないかもだけど、リートはすべての魔力玉を自分のものにしたがった。
戦闘の現場でこそ必要でしょうと熱弁をふるうのはかまわないが、それにしたって限度ってものがある。持ち運べないだろ、この量!
山ほどできちゃったんだもん。比喩じゃなく。
一回戻って来たジェレンス先生が、これでまた話が変わったとつぶやいて、毛布に包んだ魔力玉ごと即座に虚無移動してたくらいだ。
「伯母上が、びっくりしてたぞ」
「シュルージュ様をおどろかせるなんて……わたしも、なかなかやりますね?」
「おぅ。さすが俺の教え子だ」
ジェレンス先生は、シュルージュ様のびっくり顔で爽快感を覚えたらしい。
自分でいってたのよ……「伯母上のあの顔ときたら! あースッキリした!」って。
子どもか!
……まぁ、子どものジェレンス先生とリートが小屋で、わたしは癒しの大樹の部屋でふっかふかのお布団で一夜を明かし、翌朝である。
「今日は、ちゃんと飛んで行くからな」
なにが「ちゃんと」なのか。
意味がわからなくて反応もできないわたしに、ジェレンス先生は苦笑して告げた。
「おまえが嫌がってる瞬間移動はしないって意味だ。術者本人以外は調子が悪くなるから多用するな、と釘を刺された」
誰にブッスリやられたのかは、説明されなくてもわかる。
シュルージュ様! ファンクラブどころか、シュルージュ教を信仰しそうです!
「それは助かります」
「ほっとしたって顔だなぁ。俺はなんともねぇんだが」
「そうでしょうね」
なんともあったら、あんなにホイホイ使ってないだろう……。
ともかく移動である。これもシュルージュ様が手配してくださった衣装に身を包んで、今日はわたしも男装だ。……かっこいい感じには仕上がってないと思うけど、これで毛布巻きにされなくて済む。
ジェレンス先生も、もっと早く思いつけばよかった、という顔だった――朝イチで、ナクンバ様にコンタクトをとるために飛行したとき、便利さに気づいたようだ。
そして、ナクンバ様――出て来なかったんだけどね! ドンマイ、わたし!
「トゥリアージェのかたは、女性も皆さん男装なさるんですか?」
「全員ってわけじゃねぇけど、戦闘向きの魔力があると男装しがちかな。動きやすさが違うんだとよ。……ま、おまえはそんなに動き回る必要ねぇから心配すんな」
ジェレンス先生に運ばれるって意味でしょうな……。でも! 運ばれるにしても男装の方が便利じゃん。毛布いらないし。
「じゃ、左手がルルベル、右手がリートな。魔法使うのに右手が必要になったら手をはなすから、リートは頑張れ」
……雑!
「先生、それじゃリートの身の安全が……」
「大丈夫だろ、生属性だし」
ジェレンス先生が徹底して雑!
リートはといえば、おまえは馬鹿か、って顔を遠慮なくジェレンス先生に向けている。
「……さすがに高度は落としてもらえるんでしょうね」
「おまえ、生属性魔法の達人だろ。ウィブルなんざ、山の上から落としても平気な顔して戻って来たぞ……ああいや、違うな。怒り狂って戻って来た」
「あんな規格外と比較しないでください。俺の魔力量の上限は低いんです」
「ま、そもそもそんなに高く上がらねぇよ。寒いからな」
「寒がって敵に発見されたらどうするんですか」
「……おまえが高いの嫌がってんだろ、なんでそんな責めるような顔してんだよ」
「高所から落とされるのも嫌ですが、地上に近づき過ぎて魔物に攻撃されるのも嫌ですから」
なに当たり前のこといわせてんだ、って顔である。リートよ……ひとを馬鹿にするときだけは、表情豊かだなぁ!
「そこはおまえ、俺がうまいことやるに来まってるだろ。信じろよ。……さて、魔力玉は持ったか?」
「もちろん。ルルベル、起きてから作り足してはいないのか?」
するわけねーだろ! これから魔力ぶっぱする仕事が待ってるのに!
ていうか、ポケットいっぱいに詰め込んでるくせに、もっとほしいのか魔力玉!
「リートは貪欲だね……」
なにをいってるんだこの馬鹿は、って顔をこっちに向けられてもね。
わたしは当然のことをいってるだけだよ……。
「これ以上は、あっても無駄だ」
ジェレンス先生が、ピシャッといった。反論もなにも許さないって口調だった。
次いで、わたしたちに手を差し出す。わたしが左手、リートが右手。手を繋いで三人並んだところで、ひと声。
「行くぞ」
ふわ、っと。足の下から地面がなくなり、見る間に大樹のてっぺんまで。
「なにをやるかは覚えてるな」
「リートが種をまいたら、全力で呪文を唱えます」
「俺は魔力玉を使いつつ種子を成長させます」
「よし。敵がどんな攻撃をして来ても、俺が必ず、おまえらを守る。安心しろ」
……こういうときは、ジェレンス先生の雑さがたのもしい。
ただ大言壮語を吐いてるんじゃなく、実力に裏打ちされた言葉だって、知ってるし。
「そこは心配してませんが、高度については注意をお願いします」
リートが通常営業なのもね……たのもしいっていうか、落ち着くよね。
「うるせぇ、黙っとけ!」
そう。落ち着くなんて表現が出てくるあたりで、お察しいただけるだろうか?
緊張しているのである。むちゃくちゃ!
それこそ、虚無移動なんかしたら移動先で吐くわってくらいの緊張である。
もちろん高空を超速で移動するのも……お姫様抱っことかではなく、ただ手を繋いだだけで空を飛ぶのがどれだけ不安なことか!
そりゃね、一応、壁で囲んでくれてはいるのだ。だから、保護はされている。壁もなしにこの速度で移動したら、たぶん「寒いですね」じゃ済まないだろうね……。
これが楽しい課外授業とかならよかったが、飛んで行くのは戦場なのだ。
ああ〜、もう嫌だ〜!
さっさと呪文モードに移行したい……トリップしちゃえば、そこが戦場だろうがなんだろうが、わからなくなるだろうし。
「……おい」
ジェレンス先生の声も、少し緊張してるみたいに聞こえる。
「なんでしょう?」
「魔力の流れが、おかしかねぇか?」
「魔力……」
呪文で魔力感知を手に入れたことで、わたしの魔力感知能力はかなり優秀になった。ジェレンス先生より上ってことはないだろうけど、先生が飛行や防御壁の生成に意識を割いている今なら、暇なわたしが意識を集中する方がより正確な魔力感知が可能だと思う。
だからこそ、ジェレンス先生もわたしに確認したんだろうけど……。
いわれて集中してみると、たしかに。なにかが、おかしい。
かなりの速度で飛行しているのに、一定の魔力が――ジェレンス先生以外のなにかが出力する魔力が、ずっと感じられる。つまり……?
「尾行されてる……んでしょうか」
「だよな。後ろに感じるんだ……気のせいかとも思ったが」
これだけの魔法を使いながら気づけるジェレンス先生、さすがである。
「背後から来るなら、飛竜の縄張りにも敵が潜んでいたということですか」
リートの問いに、ジェレンス先生は首をかしげる。
「いや、飛竜は聖属性寄りの生き物だ。その上、縄張り意識が強い。魔王の眷属なら、簡単には入り込めないはずだ」
「では人間ですか」
怖いこというなよぉ、リート……。
でも、ジェレンス先生はこれも否定した。
「人間が、俺のこの速度について来れるとは思えねぇんだよな。いたとしたら、びっくりだ」
今がそのびっくりの瞬間かもしれませんよ、先生!
……あっ。
「先生、もしかすると」
「なんだ?」
「飛竜がついて来てるんじゃないですか?」
「飛竜?」
「つまりその……聖属性ですから」
ジェレンス先生は、チラッとわたしを見た。どうやら、通じたようだ。
「枝を投げる必要、なかったんだな。おまえが餌だ」
餌って表現はやめてください、先生!




