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38 こちらは貴重な平民のシスコ嬢

「……おなかすいた」


 午後いっぱい、わたしは魔性先輩が作った「魔力の覆い」に沿って自分の魔力を流す訓練をした。

 魔性先輩とわたしの魔力は、ほとんど同時に尽きた。ジェレンス先生曰く、わたしの魔力量はまぁまぁ標準くらい、らしい。魔性先輩は指導役なのでより消耗するそうだから、多めなんだろうな。

 特訓第一日の収穫は、魔性先輩の胸の痛みとわたしの疲労とジェレンス先生の腹筋の危機(笑い過ぎたらしいよ。明日は筋肉痛で悶え死ぬがよい)である。あと、ジェレンス先生の二つ名は〈無二〉だという、いらん知識も覚えた。

 解散が宣言され、わたしは吸い寄せられるように食堂へ向かった。魔性先輩がエスコートしてくれようとしたけど、ジェレンス先生に追い払われていた。うん、来ない方が賢明だと思うよ、誓約魔法的に。


「疲弊しているな」


 わたしに対してこう評価をくだしたのは、もちろんリートである。


「そりゃ、午後ずっとしごかれてたしね」


 もう声だけでわかるわ、と思いながらふり返った食堂入り口。リートはひとりでなかった。

 なんと女連れ! くりくりショートの黒髪は、見間違いようもない。わたしの友人候補第一位のシスコ嬢である……リートなにやってんの、わたしが特訓受けてるあいだに!


「紹介しよう。シスコ嬢、この疲れ果てているのが聖属性持ちのルルベルだ。ルルベル、こちらは同級のシスコ嬢。貴重な平民だ」


 いいかたー!


「突然ごめんなさい。わたしも、お食事をご一緒しても?」


 シスコ嬢は、可憐のひとことに尽きた。不安げにわたしをみつめる眼は淡い紫。魔性先輩の多幸感カラーにちょっと似てる。


「もちろんです。ひとりで食事するなんてつまらないし、大歓迎ですよ!」


 できるだけ元気にパン屋の看板娘モードで返事をしたつもりだが、うまくいった気がしない。ほんとに疲れ果ててるからである。

 シスコ嬢は、ほっとしたように表情をゆるめた。


「よかった。貴族の皆様に、どうしても馴染めなくて困っていたの」


 平民という単語のアイデンティティが問われるハイ・レベルの平民様でもそうなのか。わたしは笑顔でうなずいた。


「わかります。皆様とても親切にしてくださるんですけど、わたしなど、身分違いもはなはだしいと思ってしまって」

「そうなんですよね。うちのクラス、王子殿下もいらっしゃるし……」

「それ! 殿下にお声がけいただくだけで、寿命が縮む思いです」

「立ち話をするな。邪魔だぞ。君らはもう座って話せ。俺が適当に食べ物を運ぶ」


 さっそく雑談の花を咲かせはじめたわたしたちを置いて、リートは食事の注文に行ってしまった。

 デリカシーはないが、気が利くリート。すでに実家のような安心感。


「……呆れられてしまったかしら」


 まぁそうだろうけど、リートはなんでも呆れるか馬鹿にするかだから、いちいち気にしていたら身がもたない。


「指示を迅速にこなさないと、さらに呆れられるんじゃないかな。行きましょう」


 そういう流れで、我々は夕食をともにすることになった。話した感じ、シスコ嬢は「平民ってこうじゃなくない?」感が強い平民だ。……まぁ、事前情報通りではある。


「おふたりが一緒に行動なさってるの、羨ましくて」


 リートが一緒にいるのは護衛の必要上であり、エルフ校長に仲良しモードの実装を迫られたからである。情緒もなにもないが、シスコ嬢から見れば、平民同士で気楽そうだったのだろう。

 たしかに、気楽ではある。いつ胸を押さえて倒れるかわからない魔性先輩や、突飛なことしかしないジェレンス先生と一緒にいるのに比べたら、超がつくほど気楽だ。


「わたしはシスコ嬢とお近づきになりたいなぁって思ってました!」

「嬉しい。思い切ってお声がけしてみて、よかった。今日はお姿が見えなかったので、リートさんにお尋ねしたんです」


 今日もだけど、実技実施には参加できないし、エルフ校長のお里に連れて行かれるし、図書館に行かされるしで、とにかく教室にいないよね、わたし。あと、初日に教師に暴言吐いて保健室に連行された。もはや黒歴史……。


「単に、特訓されてただけですよ。へとへとになるまで」


 ここでリートが話題に入ってきた。


「具体的に、どんな訓練をしたんだ」

「魔……ええっと、ファビウス先輩に魔力を染色してもらって――」


 見て感覚を掴んだところで染色を解き、見えない状態で同じようにやって、また染色。結果、うまくいっていれば感覚と操作が連携してきている、ということになる。

 これのくり返しだったと説明すると、なるほど、とリートは納得した。

 まだ全身は覆えてないんだけど、少しずつ魔力の流しかたはわかってきた感じ。でも、魔力が見えなかったらと思うとぞっとする。魔力感知と魔力操作、直結してるわ。マジで。


「――で、魔力が尽きたところで解散になった。おなかすいて食堂に来た」

「喋ってないで食え」


 おまえが説明を求めたんだろ!


「魔力が尽きるまでなんて……気もち悪くならないです?」

「あ〜、うん。食事してる場所でいうのもなんだけど、その……少し、吐き気が。空腹も感じてるんだけど、こう、胸からお腹にかけて締め付けられてるような……変な感じがあって」


 シスコ嬢は、深くうなずいた。


「わかります。わたしも、魔力が尽きるまで訓練したことあるから……」

「そうなんですか?」

「鍛えれば伸びるかもっていわれて、やったんです。でも、とても大変でした」

「最大魔力量を伸ばすには、負荷をかけるのが有効だからな」


 そう答えて、リートは相変わらず飲み物のように肉を食べながら、わたしに命じた。


「食え。魔力の損耗は、食事でおぎなう必要がある」

「いわれなくても食べるけど、その勢いでは無理かな」

「リートさん、とても食べるのがお早いんですね」


 なぜか尊敬の眼差しを向けるシスコ嬢は、おそらく箱入り娘なのだろう。

 下町では、早食いは必須スキルである。リートは名人級だとは思うが、だからなに、って感じ。わたし的には、むしろ優雅に食事をしながら会話も進めるという、昨晩のサロンで見た光景の方が衝撃である。あんなの下町には存在しない。たぶんシスコ嬢は、あっち側だ。


「ところで、今日は教室の方は変わりなかったんですか? ほら、わたし朝から図書館とか特訓とかだったから……」

「いつも通りでしたよ。はじめにジェレンス先生がいらして、ひとりずつの進捗を見て、次に勉強すべきことを指示なさって。あっ、そういえば――」


 食事の手をとめると、シスコ嬢は少し身を乗り出してささやいた。


「――珍しく、スタダンス様がいらしてました」


 スタダンス? 聞き覚えがある名前だぞ、なんだっけ。


「……ああ! たしか、階段から落ちて欠席って」

「そのかたです。欠席が多くて留年なさってるそうで、教室には滅多に……」


 飛び級天才少年がいる一方で、留年する生徒もいるわけだ……。


「そうなんですね」

「実技実施でお見かけはしました。とても優秀なかたなんですよね」

「実技ならわたしも見てるかな。何属性なんですか?」

「重力です」


 えっ。あのマップ兵器が!?

 たしか、階段から落ちたとかいう欠席理由で……またか、っていわれてたよな? もしや、重力属性魔法の制御に失敗して落ちてるの? なにそれホラーじゃん!


「見てますね……」

「圧倒的でしたよね? わたし、同じクラスなのが恥ずかしくなってしまいました」

「あはは、それをいえばわたしなんか、『実技を実施する段階にない』ですよ」


 よくわからんけど、スタダンス留年生には近寄らないようにしよう。怖い。まぁ、わたしの今後は特訓特訓また特訓の予定なので、接点もないだろうけども。

 リートが空になった皿を持って立ち上がった。


「追加を持って来るが、たりないものはあるか? ルルベル、君はもっと食べた方がいい」

「いやだから、気もち悪いんだって。ゆっくり食べるからお構いなく」

「シスコ嬢、あなたは?」

「じゅうぶんに、いただきました。ご親切に、お気遣いありがとうございます」

「そうか。では食後の飲み物を持って来よう」


 歩み去るリートの背を見送って、シスコ嬢はつぶやいた。


「リートさんって、素敵なかたですね」


 えっ、どこが? ……ひょっとしてこれはもしかして。「おもしれー男」現象!?


「おや、ルルベル嬢ではないか」


 不意に呼びかけられてふり向くと、上品にカップを持った黒髪の男性がいた。眼鏡だ。黒髪眼鏡……生徒会会計! 名前がわからない、やばい、リートがいない!

 しかし、その衝撃は序の口だった。隣に座っていたシスコ嬢が漏らした言葉に比べれば。


「まぁ……スタダンス様」


 黒髪眼鏡生徒会会計が重力魔法のマップ兵器だった件について詳しく! 知りたくない!


なんということだ、八月が半分くらい終わろうとしている!

そんなピンチを迎えつつ、ガチ乙転は今週も毎日更新予定です。

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