377 あなたの脳に直接語りかけています……ってやつ
飛竜たちは、周囲をゆったりと滑空している。
鳴き声をあげるでもなく、わたしをお肉扱いするでもなく――ただこの空間にいることを楽しむように。
聖属性魔力が好きなのは間違いなさそう。でも、それだけじゃ駄目だ。
なんとかして話を通じさせなきゃ。
この樹を使って飛竜を利用する作戦、このままだとジェレンス先生は実行しちゃうだろう。意思の疎通ができなくても――いや、だからこそやるだろう。
人間にとって、飛竜は危険な生き物なんだもの。
もちろん、魔王の眷属のように本質的に敵対してる相手じゃない。だけど、広範囲に立ち入り禁止って、平和的に共存できてないって意味でしょ。潜在的な敵なんだよ。
当代最強の呼び声も高いジェレンス先生だからこそ、縄張りを主張したりできる。ふつうの魔法使いには無理なんだよ。いつも自信満々、実力も上々のリートが保証できないっていうんだもの。一般人なら「間違って縄張りに足を踏み入れないように気をつける」以外の対策ないでしょ。
このへんに住んでるひとたちにとっては、ただの危険な生き物だ。犠牲にしても問題ない、むしろ魔将軍との戦いでちょっと間引けたら便利って考えられてても、おどろかないよ。
でも、それじゃ駄目なんだよ。
それじゃ、西国が考えてることと同じだよ――聖女とその仲間たちなんて、魔将軍と潰しあってくれればいいって考えるのと、同じなんだよ。
ひどいなって憤慨するのと同じことを、わたしたちも飛竜にやろうとしてる。駄目だよ。
「力を貸してくれないのなら、すぐに逃げて。遠くへ」
祈るように、ささやく。
伝われ、と念じつつ――でも、あまり力を込めてはいけない。たぶん、呪文を唱える心地が最善だろう。
空のように、大地のように。いつでも当たり前のように存在する、世界それ自体のように――押し付けては駄目だ。ただ、当然のこととして気もちをこめよう。
それ以外の方法では、伝わらない気がする……。
「ともに戦うなら、ついて来て。戦わないなら、遠くへ」
何回だって、唱えつづける。伝わるまで。伝えたいという気もちが、どこかへ届くまで――。
「ルルベル……ルルベル」
エルフ校長に名を呼ばれて、わたしは眼をぱちぱちした。無意識にぎゅっと閉じていたみたいで、視界がぼやっとしてる……それに、両手を組むのに力を入れ過ぎたのだろう、指の関節も痛い。なんか、がちごちに固まってる。
「あ、すみません……なんか、えっと……もうちょっとで掴めそうなんですけど」
「掴めてますよ」
「そうです、もうちょっ……え? 掴めてる?」
なんやて? 掴めたってなにが?
もやもやしている視界の向こう、飛竜が優雅に滑空していく――わたしの意図が伝わったかどうかなんて、わかんないんだけど? エルフ校長にはわかるの?
「ほら、出て来ました」
なにが?
……って、あれ、なに?
わたしは馬鹿みたいにポカーンと口を開けたと思う。
「サイズ感が……」
第一声がそれって、ほんとに馬鹿なのかも!
でも、ほかの感想が出て来なかったのだ。だって、サイズ感が! さっきまでの飛竜とサイズ感が違う!
いやこれは感じゃない。そんなふわっとしたものじゃなく、サイズが! 違う!
前にもいったけど、飛竜って本体は大型犬程度なのだ。でも、霞む視界にあらわれたそれは――象くらい? 見間違いじゃないよな……いや、どうやって見間違うのって話だけどさぁ! でもさ、おかしいじゃん! 急にデカくならないでほしい、非常識だろ!
だいたい、そんなもんがホバリングすんな! そう、滑空すらしてないんだよ……ただ浮いてんの!
「大丈夫、幻のようなものです」
「ま……まぼ……?」
巨大な竜の幻が、鼻から銀色の煙を吐いた。視界がますます曇って――それはいいけど、風を感じる! ほら! どこが幻なの! 体感型の幻覚ですか、新しいな!
空気がビリビリとふるえて、それが幻の竜の声だとわかった。
……声なんだろうけど、聞き取れない。聞き取れないけど、うっすらと意味はわかる。
頭の中で、自動翻訳がかかってるみたいな……いや、アレだこれ。今、あなたの脳に直接語りかけています……ってやつっぽくない?
『祝福の乙女よ、汝の呼びかけに応えん』
……聞くのはいいけど、こっちの話は通じるんだろうか?
通じてるって意味……だよね? 呼びかけに応える、っていうのは。
「あなたは……その……」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。混乱してるし、すっごい動揺してる。
だいたい、象サイズの飛竜が目の前にいるってこと自体が、おっそろしいでしょ! 怖いよ!
そりゃエルフ校長はわたしを守ると請け合ってくれたけど、それは犬サイズの飛竜は格下だから問題ないって話だったじゃない? でもこれ……この大きいのって……格下とはいえないのでは?
エルフ校長ですら同格かどうかあやしいのに、ただの人間ごとき、鼻息ひとつで宇宙の果てまで吹っ飛んでしまうのでは?
いやルルベル頑張れ! 聖女は度胸!
宇宙の果てに吹っ飛ばされたら、宇宙意思の代理人たる転生コーディネイターに文句をいおう、そうしよう!
「あなたは誰ですか? わたしが語りかけたのは、このあたりを縄張りにしている飛竜たちです」
『我はかれらであり、かれらは我である』
困った。
わたしはエルフ校長を見上げて訴えた。
「校長先生、あれはどういう意味ですか?」
「どういう意味? ……ああ、あれは君に語りかけているのですか?」
……そこ? そこから? っていうか、あれ聞こえてるの、わたしだけなの?
つまり、マジのガチでわたしの脳に直接語りかけられていたのかッ!
「わたしの呼びかけに応じた、っていわれました」
「そうでしょう。飛竜たちのかつての姿が、よみがえったようなものです――ただ、ほんの一部ではありますが」
「よみがえったって……その、バラバラだったものが、ひとつにまとまった? ってことですか?」
「完全にまとまったわけではありません。今もいいましたが、ごく一部でしょうね。飛竜たちの中で、特に聖属性に親しみを覚え、力を委ねてもよいと感じた個体がいくらかいて、過去をわずかに思いだした……といったところでしょうか?」
そもそも、竜って分裂したりまとまったりできる生き物なの?
そこからわからん。
でもまぁ……幻獣ってだいたいは魔法の生き物だからなぁ。そして魔法って極論、イメージだからなぁ……。
イメージの世界だから、世界に絶望した竜は智慧と知識を失って分裂したりもできるし、興味をもてばこうして一部復活したりもできる、ということなんだろうな。
それが正解かはわからないけど、とにかくそういうことにしよう。
相手はさっきまで飛んでた飛竜の一部が合体したもの! これでヨシ!
「あなたは、わたしたちに協力してくださるのですか?」
『ああ、その想いなくんば、どうして我が身があらわれようか』
なくんば……。もうちょっと、わかりやすい話しかたをしていただきたい。脳に直接なんだからさぁ、それを活かして! もっとこう!
いや、贅沢なこと考えちゃった、すみません。
それよりも、だ。協力してもらえるなら、それはそれで考えることがたくさんだ……。
「敵は魔将軍率いる魔物の群れです。ここからは、まだ多少距離があります。危険もあるでしょう」
『魔将軍とは、笑わせる』
象サイズの飛竜は、ふんっと鼻から黒煙を噴いた。……うわぁ。煙たい。
「その、今すぐにというわけではなく、人間の軍と打ち合わせを――」
『祝福の乙女よ、ひとつ教えて進ぜよう』
「……はい?」
『魔物の群れごとき、案ずるほどのこともない。我が吐息ひとつで燃やし尽くしてくれようぞ』
これは……打ち合わせだの人間の軍だの不要論を唱えられている気がするけど……どうなの?
「校長先生、協力してくれるそうなんですけど……」
「けど、どうしました?」
「人間の軍と打ち合わせをとお願いしたら、ひとりで蹴散らせるから必要ない、みたいな雰囲気の返答をいただきました。その……どうすればいいでしょう?」
エルフ校長は眉根を寄せた。
「難しいですね。往時の――つまり、真に偉大な竜の姿に戻っているなら、たしかに多少の魔物の群れなど敵ではないでしょう。ですが、そこまでではない。そして、本人にその自覚がないということかもしれませんね」
あああああ。なるほど!
プライドを傷つけないように協力してもらわなきゃいけないってことかぁ。
えっ、……無理ぃ。




