374 戦場でこれを使うことは可能です
「こんなことができるんなら、やるしかねぇよな?」
「まぁ……そうかもしれません」
やるしかねぇ派はジェレンス先生であり、渋々といった感じで応じたのはエルフ校長である。
エルフ校長の顔色が悪いのは虚無移動のせいだろう。まさか、連れて来るとは思わなかった……。
空間でズルをするのはエルフが得意だとジェレンス先生はのたもうたが、それはアンタやアンタ! と、指をさして叫びたい。
ただ、まぁ……エルフ校長の顔色は、みるみるよくなったんだけど。
しかも表情がほら……アレだ。恍惚としてる!
「それにしても、素晴らしい……」
聖属性の樹だもんな! 聖属性大好きエルフとしては、そりゃ……こうなるよね。
頬擦りしかねないのでは? と疑ってたけど、そこまでではないようだ。
わたしたちは例の癒しの大樹のまわりに立っている。大樹のサイズ感は異常なもので、樹齢〇日だというのに数百年……いや、数千年くらい育ってそうな太い幹に、地上からだと樹幹を見るのが大変な高さ。
わたしの個室だといわれたツリーハウス部分は、幹の一部が空洞になって実現してるんだけど、その空洞が、ふつうに部屋っぽい広さだったからね……。
「聖属性魔力があふれ出してる……と、把握しても間違ってねぇよな?」
「そうですね。しかも、治癒の呪文の効果も、うっすらとではありますが持続的に発動しています」
エルフ校長の顔色がよくなったのは、聖属性魔力が満ちているからだけでなく、治癒の呪文のせいもあるのかもしれない。
しかし、樹……って、肝臓もないのにどうやって魔力をつくってるのかな。
今までまともに考えたことなかったけど、魔力のある植物って存在するのかな? しそうだよな……だとしたら、植物の場合は肝臓以外のなにかで魔力を生成してるのかな。光合成とか?
「僕の推測では、戦場でこれを使うことは可能です。兵器として」
兵器として……。
癒しの大樹が兵器になっちゃうの、罪深さMAXって感じ!
だけど、まぁ相手が魔王の眷属ならねぇ。
聖属性魔力がそのままダメージ・ソースになるんだから……設置型の見えてる地雷? いや、電気柵みたいな感じに使うのかな……。うちの国には入らせまへんでー! って?
「持続的な回復拠点には?」
「できなくもないですが、立ち上げに必要な魔力量が桁違いになります。リートでは無理ですし、ルルベルも……昏倒する程度では、済まなくなりますね」
おおっと!
そうだった、この樹ってリートとわたしの魔力をかなり吸ってるんだった……。
今は勝手に聖属性魔力と癒しの力をふりまいてるみたいだけど、生成コストは高いんだな。
「うーん、そううまい話はねぇってことか」
「癒しの呪文抜きで、数日限定の育成に絞れば実用的です。ルルベルの魔力玉を生属性魔法使いに持たせることで、同時に複数地点で展開することができて、戦術的に応用が効きやすいのでは?」
「なるほど……。シュルージュ伯母なら、ひとりで何本も起動できそうだな」
そういえば、シュルージュ様は生属性魔法使いだった! それも、戦闘面では我が国最強レベルって話だったはず……トゥリアージェの当主ってことは、桁違いの魔力量だろうし。
「僕が種を、ルルベルが魔力玉を用意すれば、任意の場所に聖属性魔力の湧出点を展開できるでしょう。ただ、この樹とは比べ物にならないですよ? 魔物を倒すところまでは期待できないかもしれません」
「魔物を倒せるくらいに強化するのは?」
「魔物の強さによりますから、一概にはいえませんが……たとえば、魔将軍となるほどの眷属でしたら、この樹が何本かなければ倒すことはできないでしょう」
「無力化は?」
「動きや思考に精彩を欠くといった程度でよければ、この樹があれば十分でしょう。ただ、これを作るには魔力玉だけでは無理です。ルルベルが呪文を発動させたからこそ、この樹が出現したのですから」
「そりゃそうか……で、唱えるとルルベルは昏倒する。敵を無力化しても、こっちの聖属性魔法使いも無力化しちまうってことか。まぁ最悪、倒れたら俺が即座に後方退避させりゃいいかな」
物騒な話になってきたぞぉ!
「回避策があるとすれば……事前にルルベルに呪文を唱えさせることですね。つまり、種を準備する段階で、僕とルルベルの共同作業にするわけです」
「ああ、そういうことか。……おっ? それ、いいんじゃねぇか?」
「複数の種を準備した状態で呪文を唱えることで、一個あたりにかける魔力は削減できますが……それでも、ルルベルは魔力が枯渇するところまで行く可能性があります」
ギボヂワドゥイかぁ……。
「それ、ウィブルに知れたら殺されるな。ルルベルの魔力を絞るってことは?」
「うまく制御できればいいのですが、この樹を見る限り――植物の成長したいという意欲に、ルルベルが引きずられてしまった感がありますね。それに、あまり魔力を絞っても意味がないでしょう」
「そりゃそうだな」
ジェレンス先生はううんと唸ると、ちょっと考えてくるわ、とつぶやいて。もう消えていた。
「……ジェレンス先生、自由過ぎる」
「ルルベル、君もですよ」
「あっ……はい」
リートが弱っているのを見て、試すなら今だ! と呪文を唱えたせいで……叱られ発生である。
周りに教師や親衛隊がいたのだから、突っ走る前に、自分がなにをしようとしているのかを話して相談すべきだ、と……まぁ……ごもっともでございます。
でもさぁ。あのときは、今だ! って思っちゃったんだよね。
「でも、戦場でいきなり唱えるよりはよかったかと、思うんです」
「それはもちろん、判断としては悪くありません。ただ、なぜ説明もせずやるのか、という話です」
「はい……」
しゅんとしたわたしに、エルフ校長は自分も萎れながら告げた。
「ルルベル、君はもっと周りにたよることを覚えてください」
「今でも、たよってませんか?」
「もっとですよ」
「でも……ほんとです。わたしが自分でできることなんて、ほとんどないですし」
たとえば、ここに来るのはジェレンス先生がいなきゃ無理だし。癒しの大樹だって、リートとエルフ校長がいてこそだ。
個室からひとりで下りることさえできなかったよね! ナヴァト忍者に背負ってもらったのである……。
だって高いのよ! ほんとに高いの! 地面が遠過ぎて、下を見ただけで目眩がして危なかったし。足がすくんで、動けなくなっちゃったんだよ……。
「なにかをたのむのは、よくないことだと思っていませんか? あるいは、自分のために時間を割いてもらうなんて、もったいない……とか?」
「……」
図星ぃ!
たしかに、そのへんはその……うん。
でもさ。だってさ! わたしの周りにいるのって、超がつくほどすごい人材ばっかりなわけで。
たとえば物理最強のナヴァト忍者が、わたしに水を運んだり背負ったりしてくれるの、もったいなくない? もっと彼が活躍できる場所があるのでは?
リートだってそう、あれだけ有能ならほかに儲かる仕事あるでしょ。
エルフ校長やジェレンス先生は、いわずもがなだ……まぁ、エルフ校長の場合はちょっと特殊だけど。なにかお願いしたら、なんでも叶えてくれそうで……逆に怖くて無理っていうか。
「ルルベル、そんなことでは僕らは君を失ってしまいます」
「危険なことは……しません」
「今日、したばかりでしょう?」
うっ……。
反論できないわたしの手をとり、エルフ校長は眉尻を下げて――少し情けない表情なのに、そんなでもエルフって美しいからすごいよな――懇願した。
「君は、ちっともわかってくれない。君のために時間を使うことが、君の願いを叶えることが、僕にとっては至上の幸福なのですよ?」
「いや……えっと……」
それはわかってる気がしないでもないけど……エルフ校長はともかく、ほかのひとは違うんじゃない?
でも、そんな言葉をエルフ校長が認めてくれる気もしない。ため息をついて、わたしはうなずいた。
「わかりました。今後、気をつけます。うんと我が儘をいってる気がしても、それでいいって思うようにします」
わたしはほんとに、真面目にそういったのに。
エルフ校長は、せつなげな吐息とともに答えたのだ。
「そうなるといいですね、ほんとうに」
そりゃもう全然、全……ッ然、そうなるとは思ってなさそうな口調で。
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