373 ベッドくんの方がふかふかで優勝
夢をみていた。……気がする。
「……あれっ?」
起きたら、知らない部屋だった。
なんかこう……空気がいい。変なこというと思われるかもだけど、空気がいい。肺から清らかになりそう。
起き上がる。着てるものは前と同じ。ベッドはふかふか、壁と天井は木肌が見えるつくりで、窓は円形……窓の外には……外には……。
「り……」
竜が見えた。
えっ、竜だよね? 竜だと思う。飛竜ってやつだろう。
それがその……何匹も飛び回ってんだけど……。
「どうなってんの……」
わたしが呆然としていると、声がかけられた。
「聖女様、お目覚めですか?」
ナヴァト忍者である。寝起きにイケボで、これも夢なのでは感もひとしおだ。
……でも現実っぽいなぁ。室内に姿は見えないので、外にいるんだろう。たぶん、ドアの前で護衛業務やってたに違いない。
「はい。起きてます」
「失礼します」
円形のドアが開いて、ナヴァト忍者が入って来た。平民服に着替えているので、見慣れない感がすごい。
「あの……これ、どういう状況?」
ちらっ、と窓の外に視線をやってから、ナヴァト忍者はそのまま床を見た。
「聖女様の呪文の効果だそうです」
「なんで目を見ないの?」
「いえ、あらためて……畏れ多いかたにお仕えしているなと思いまして」
「わたしはただのパン屋の娘だし、今なにが起きてるかぜんぜんわからないよ! ここはその……校長先生がくださった種が育ったやつ?」
「そうです。聖女様の呪文の効果で、癒しの大樹となりました」
なんて?
「なにそれ?」
「これです」
「いや……どういうこと? たしかに、わたしは治癒の呪文を唱えたけど……」
でも、わたしの治癒って大した効果がないはずだよね? 魔力量の関係で。
「隊長が種を成長させるにあたって、聖女様にいただいた魔力玉を使ったのはご覧になりましたね?」
「うん」
「その結果、ごく近くで聖女様が魔法を使われると、樹木と相互作用が生じることになっていたようです」
「相互作用……ってなに?」
「隊長の生属性魔法も効果継続中だったので、成長しながら治癒の属性を獲得し、その……広範囲に治癒をふりまいている状態です」
な……なんだってー!
なるほど、わからん……。
「でも、呪文は唱え終わったよね? わたし」
「おそらく。俺は、呪文を聞いてもどこまで唱えたか判断できませんので」
……あ、そりゃそうか。呪文って原初の言語だし、そもそも呪文自体が秘匿されてるんだし……。
「よくわかんないけど、リートは具合よくなった?」
そもそも、そのために唱えたのである。目的を達成したかは確認したい。
「あ、はい。すっかりお元気です」
「よかったよかった。……ほら、わたし治癒呪文が使えるようになったらしいんだけど、実際に誰か傷ついているひとを癒す目的がなければ、使わないようにっていわれてたんだよね。それで、魔力がたりなくなったのも治せるかもだし、戦場でぶっつけ本番も怖いから、やってみようって思って」
「……そうでしたか」
「うん。今なら失敗しても大きな問題にはならないかな、って。それで、できるってわかったら自信になるじゃない? うまくいったなら、よかった!」
「はい」
意味わかんないところは考えないことにしたい。
ポジティヴに生きよう!
「ジェレンス先生は? またどこかに行ったの?」
「はい。学園で、校長先生といろいろ吟味なさるとかで」
なんだろう。呪文の完成度とか? 効果範囲とか?
……効能とか?
見たくなかったけど、わたしはまた窓に視線をやった――うん、やっぱりなんか飛んでるな。
「あの、さっき訊きそびれたんだけど、外に見えるのってジェレンス先生がいってたアレ? 飛竜ってやつ?」
「そうですね」
「……なんでここにいるの? 縄張りとやらはどうなったの? こんなたくさん飛んでて平気なの? その……縄張り争いとか」
「飛竜は魔物ではなく幻獣寄りの存在で、どうやら……聖属性の魔力に惹かれるようですね」
「聖属性の魔力……。あー。……ええーっ!?」
ぼんやりと魔力感知の範囲をひろげて、気がついた。
この促成栽培ツリーハウス……猛烈な量の聖属性魔力を発散してるぞ!
わたしは立ち上がり、ナヴァト忍者に詰め寄った。
「ちょっと。まずいよね? これ、まずくない? 隠れるどころか、聖女ここにあり! みたいなことになってない?」
「……なってます」
「ワァ」
変な声が出てしまった。
「すぐ移動しなきゃいけないんじゃない? のんびり寝てる場合じゃないよね……あっ、着替え! 着替えどこ?」
「落ち着いてください。我々はここに留まります。安全ですので」
「安全? どこが?」
着替えを探してきょろきょろするわたしの両手を、ナヴァト忍者が握った。
動きが封じられてしまい、顔を上げる――と、ようやく視線が合った。こんな至近距離で見合っていいレベルの顔面ではないことを思いだしたところに、イケボの追い討ちをくらった。
「まず、魔王とその眷属の魔法からは完全に守られています」
「は……はい」
「それ以外のものも、飛竜が対処します」
「ひ……えっ? 飛竜?」
「外部からの侵入者を拒むことは、すでに確認されています」
どうやって確認したのか興味あるけどなんか怖い。
「でも、なんで飛竜が……」
飛竜はだいたい中型犬か大型犬くらいの大きさで、サイズ感としてはリートの説明通りだ。本体は犬くらいだけど、翼を広げた姿の威圧感がすごくて、もっと巨大に感じる。
で、窓の外を通るとき、たまにギロッとこっちを見る……気がするんだけど……あれは友好的な視線なの? おまえを食ってやる、ってやつじゃないの?
「どうやら、聖属性魔力を浴びに来ているようで」
「浴び……ええー? なにそれ?」
「心地よいんでしょうね。恍惚として落下する個体も見かけました」
「……聖属性酔い?」
「そう表現しても間違いではなさそうです。稀少な属性ですし……たとえば、今この世界でこれだけの聖属性魔力を浴びられる場所は、ほかにないでしょうから」
稀少なのは、そりゃそうだろう。
限定一名様といわれている属性なんだし……。
「エルフみたいな感じなのかなぁ」
「エルフですか?」
「うん。エルフの里のエルフの皆さん、こう……なんていうか、わたしの存在を……自分でいうのも変な感じだけど、崇める? みたいな雰囲気なんだよね」
「ああ、その理解でいいと思います」
いいのか!
いや、それはそれとして……。
「樹が聖属性になってるってことは、わたしがいなくなってもこのままなのかな?」
「おそらくは。ただ、これは数日で種に戻る魔法だそうです」
あら。飛竜の皆さん、お気の毒に……。
いやでも酩酊して落下する危険性がなくなった方が、かれらのためではないだろうか?
「あの……」
「はい」
「手を、はなしてもらえます? あと、着替えたいです」
「……失礼しました。お許しを」
ナヴァト忍者がパッ! と手をはなしたので、よろけてまたベッドに座ってしまった。
まぁこれでよかったのだ。前方につんのめってたら、ナヴァト忍者の胸板にゴッツンである。固そう……。あきらかに、ベッドくんの方がふかふかで優勝。
「お話ししたように、ここは今、世界一安全な場所といっても過言ではないと思いますので……ご安心ください。俺は一旦下りて、飲み物を取ってきます。着替えが終わったらお知らせください」
いわれてみたら、喉がかわいてる! ナヴァト忍者すごいなー、優秀!
「わかった、着替えは……あっ、そこにあるね」
ドアの脇に置かれた――いや、生えてる椅子に、畳んだままの着替えを発見! ぜんぜん視界に入ってなかったわ……動転してたんだなぁ。
「では、失礼します」
ナヴァト忍者が外へ出て、わたしは着替えを手にとり――そして、窓の外を見た。
うん、やっぱり飛竜が舞ってるね……すごいファンタジーって感じ! そして……どうしても「お肉」として見られている気しかしない!
引き続き、更新が不安定になります。
明日(2023年2月6日)は確実にお休みです。




