372 いつもの「君は馬鹿か」顔ももらえないレベル
戻って来たジェレンス先生は「一般人に混ざってもおかしくない服」を三人分、持っていた。大荷物だった。
「いやぁ、ウィブルに相談しに行ったらファビウスがちょうど来てて」
「えっ。また倒れてらしたのでは」
「いやいや。元気そうだったぜ? はは、ファビウスのやつ、信頼がねぇな!」
ジェレンス先生は、実に愉快そうに笑った。
そりゃ、そこは信用できないポイントだもの。まぁ、倒れてたんじゃないならよかった。
「じゃあ調達を手伝ってくださったんですか」
「そうそう。ウィブルは保健室を離れられねぇから。店で服を選んだのもファビウスだし、その店自体もファビウスの選択だ。あいつ、平民っぽい服のこともよく知ってんだな」
貴族っていうより王族だったのに、とジェレンス先生は首をかしげた。
そりゃたしかに……ローデンス王子やスタダンス様が平民用の服に詳しかったら……びっくりするな……。
でも、なぜだろう。ファビウス先輩が詳しくても、当然でしょうなって気もちになるだけだ。
「なんでも勉強なさるかたですからね」
「夜着にガウンで連れ出したって話したらもう、ふたりともうるさいわ、耳痛いわ、ウィブルに殺されそうになるわで散々だった」
「……当然ですよ。先生はもうちょっと反省してください」
「反省したから、伯母上には秘密な?」
今後なにかあったら、「一件をシュルージュ様にお伝えしますよ」で解決しそうな予感がしたが、とりあえず黙っておこう。
「とりあえず、そういうことで」
「とりあえずって、なんだよ……ま、校長からいいもんもらって来たから、今夜は安心安全だぞ」
「校長先生から……?」
「ウィブルが校長も呼んだんだよ。泣かれて大変だった……」
泣いたのか。
「なんで泣かせるんですか」
「俺はなにもしてねぇよ? ……いや、まぁ……ルルベルをガウン姿で連れ出して親衛隊と置いて来たって話したら、やはり君に預けたのは間違いだった、僕はこんなに長く生きてどうしてこんな愚かな選択を自分に許したんだろう……! って泣きはじめただけで」
「それより食糧の追加は持って来てくださいましたか」
リートが確認すると、ジェレンス先生は顔をしかめた。
「先に、この種だ。リート、俺よりおまえがやった方がいい。ちょっと離したとこに植えてくれ」
ジェレンス先生は、てのひらに載せたハンカチ包みをそっと、ひらいた。見たことないほど、やさしい手つきで。
ハンカチに包まれていたのは、なんだろう……神聖などんぐりって感じのものだった。神聖っていうのはその……光っていたのである。虹色……いや銀かな……でも色が少し入ってて……まぁそういう複雑な! ありがたい感じのなにかである。
でも、それを見たリートはいかにも気に入らないという顔つきだ。
「なんの種です」
「校長の魔法がかかった種だよ」
「どんな魔法ですか。巨大化するものなら、それなりの位置を考えないと」
「ああ、巨大化か。するぞ」
「……ジェレンス先生は、事前に説明することを覚えるべきですね」
「偉そうだなぁ」
たしかに! でも、わたしも同意見ですよ先生!
「偉いかどうかは関係ないでしょう。常識の有無の話です。それで、どれくらいの大きさになるんですか?」
「この小屋くらいかな」
「……へたに植えたら小屋がつぶれるじゃないですか」
「大丈夫大丈夫、そのへんは校長の魔法だから……たぶん避けてくれる」
「たぶん?」
「避けてくれたらいいなぁって話だよ、まぁなんとかするから適当に植えろ! おまえ細けぇな!」
「ジェレンス先生が大雑把過ぎるだけですね」
リートは、大きく息を吐いた。
覚悟を決めたらしい。
小屋のまわりは少し開けた空き地になっているので、まぁ……小屋と同じサイズのものがもう一個出現しても問題ない気はするけど……。
「先生、あの種はどうなるんですか?」
「宿泊施設だそうだ」
「宿泊……施設?」
「はじめは、エルフの里への転移陣みたいなやつを押しつけられそうになったんだ。泊まるのに使え、ってな。でも、事後も様子見で滞在したいって話したら、それじゃこれをって、あの種をくれた。ルルベルの個室だってよ」
「はい?」
「リートに渡せば促成栽培可能だとよ」
そのリートは、慎重に選んだ場所に種を植え、両手をかざしている。目を閉じて……ポケットから、なにか出した。あっ、わたしの魔力玉を使ってる! 生属性だけじゃなく、聖属性も使うってこと?
と首をかしげたその瞬間。
「わ!」
ぽんっ! と芽が出た。そのまま双葉が開いてぐぐっと伸びて少しだけ葉っぱが追加されて、伸びて、太くなって、あれよあれよという間に樹齢何百年って感じの大木が出現。見上げると、上の方になんか……あるわ。部屋っぽいしつらえが!
促成栽培ツリーハウス魔法なんてもの、この世に存在するんだね……。
「すげぇな」
「すごいですね」
「けっこう魔力消費したんで……俺、しばらく魔法使えません。なんだこの無駄なもの」
吐き捨てるように宣言して、リートは小屋の前に座り込んでしまった。そんなにがっぽり吸われちゃったのか。
あとはご自由にモードに入った隊長とは逆に、ナヴァト忍者は興味津々である。
「入るのはどうやって?」
「なんか、蔦梯子があるって……ああ、裏側だな。ほら」
「ありますね……」
蔦梯子とは。蔦が梯子状になっているのである! ……そのまんまだな。
「これ、登るの……つらそう……」
「ルルベルが使ってくれないと、校長が泣いちゃうぜ?」
にやにやすんな!
……でも、エルフ校長は泣くかもしれないなぁ。わりとマジで。
「まぁ心配すんな、ルルベルの魔力を覚えさせれば、ルルベルに都合よくしてくれるそうだ」
「都合よく? いや、まずその……魔力を覚えさせるって、どうやって?」
「なんか、うまいことできるっていってたけどな」
「もうやってあります」
話に割り込んで来たのは、小屋の前でぐったりしているリートだ。え、リートがこんなの、珍しいな。
「リート、大丈夫?」
「継続的に魔力を吸われてるし、あまり大丈夫ではないな」
「えっ! 大丈夫じゃないじゃない!」
「だから大丈夫じゃないといっただろう。心配するな、じきに終わる。俺の魔力量が少なめだから、時間がかかってるだけだ」
「でも……」
おろおろする以外、できることがない。
いつもの「君は馬鹿か」顔ももらえないレベルなんだもん。うなだれてて、こっちをまともに見もしない。
……でもわたしには、回復……回復?
そうか!
「ちょっと静かにしてください」
ジェレンス先生が、おまえがうるさいのでは? という顔をした気がするが……。
わたしは気もちをととのえた。
流れる水、ちぎれ飛ぶ雲、おひさま、森の木々――あらゆるものに心を添わせ、すべてを解放する。
枠を、なくす。
消えた子どもはどこに?
消えてはいないよ、ここに
流れた涙はどれくらい?
流れてなどいないよ、少しも
失われた血は、どうしたの?
失われてなどいないよ、はじめから
声が響くと、世界がかかやく。その虹色の光に、わたしは微笑んだ。
――ああ、君だね?
どこからともなく声が湧き、わたしの身体をふるわせる。
すべてが、あらかじめ決められていたことのように感じる――これは正しい。これが、正しい。
世界はわたしたちを祝福してくれる。
太陽が姿を消してはあらわれるように
くり返す、なにも変わりはしない
月が欠けては満ように
くり返す、なにも変わりはしない
波が寄せては引くように
くり返す、なにも変わりはしない
なにも……。きらきらと、世界がわたしを包み込む。わたしは世界に溶けだして――
「ルルベル」
腕を掴まれて、はっとした。
「先生?」
なにも見えない。いや、見えてるけど見えているものの意味がわからないし、それが不安でもなんでもない……。
「そうだよ、おまえの先生だ。呪文を使ったな? ふらふらじゃねぇか。せっかく個室をもらったんだ、そのまま寝てろ」
そこで意識が途切れた。
ひいい、予約したつもりができてなかった!
まだ更新が不安定な時期がつづく予定でございます。




