371 肉で買収された者の顔を見たことがあるか
その夜はしかたなく、急拵えの衝立を設置して小屋で寝た。寝具は寝袋。ひとつしかなかったので、自動的にわたしのものになった。
さすがにリートも俺が俺がとはいわなかったし、ナヴァト忍者はもちろん絶対に聖女様がお使いくださいの構えだったので、争うだけ時間の無駄って感じ。
そして、寝袋ひとつじゃ寒かったよ……暖炉に近い側は熱く、反対側は冷え冷えだよ!
すぐ目が覚めちゃって断続的にしか寝られないし、もうほんと……なにもかも絶望って感じ。
翌朝、ジェレンス先生が食べ物を持って訪れたときには、わたしの機嫌は最低だったと断言できる。
「焼きたてのパンだぞ。ルルベル、こだわりあるだろ? 焼きたて」
「……おはようございます」
「どうした、地の底から響くような挨拶だな」
「寒かったですからね」
ジェレンス先生は首をかしげた。
「暖炉が――ああそうか、火属性がいないか」
「いませんし、暖炉の火を魔法で強化して火事にでもなったら困りますから、可能でもやりません」
答えたのはリートである。ナヴァト忍者もうなずいてるし、わたしも同意見だよ!
寝袋がなかった男子たちは、ふたりで寄り添って寝ることで暖を取ったようだった。衝立の向こうから、さすがに抱き合うのは嫌だという話し声が聞こえたので、ある程度は接近したと察するものがあった……。あんまり察したくなかったけどね。
なんていうか、もうね、乙女心が瀕死だよ。
「ここは簡単には燃えねぇよ。飛竜がいるんだから、それくらいは細工してある」
「そういう説明を事前にいただけたら、よかったですね」
リートの声が氷点下だ。うむ。もっと責めろ! わたしが許す!
「設置型なんだから、呪符を探せばよかっただろ? 検証できたはずだ」
「暗い中、しかも寒さが厳しい状況での活動は限られます。へたに魔法を使って飛竜を刺激した場合、ルルベルを守り切れる保証もありませんし。それに、かさねていいますが、事前に説明いただけたら済んだことです」
いいぞリート! その調子だリート!
「……わかったわかった、悪かった。だから、焼きたてパン食おうぜ?」
「腸詰めの追加はありますか」
「あるある、おまえが食うだろうと思って多めに持って来た!」
肉で買収された者の顔を見たことがあるか。わたしはある。今、見た。
……まぁいいか、ジェレンス先生も多少は悪かったと思ってるような顔をしたし!
わたしも焼きたてパンで懐柔された気がしないでもない。焼きたてパンは至上だし、しかたないよね。
「それで、わたしたちは今日もここで待機ですか?」
「よくわかったな。待機だ」
「先生は?」
「俺も待機だな。シュルージュ伯母上に、身を隠すなら徹底的にやれと叱られた」
シュルージュ様! もっと叱ってやってください!
しかし、ジェレンス先生は少しも懲りていないようで。
「ま、おまえらはこれ食べとけ。俺はちょっと飛竜と遊んで来る。暇だしな」
「飛竜に迷惑かけないであげてください」
「ちゃんと縄張り主張しておかねぇと、ここが危険になるからなぁ。これも必要なことだ」
しかたがないんだって口ぶりだけど。わたしは騙されない。眼がきらっきらしてる。
楽しみなんだろ、飛竜と遊ぶの! 遊ぶんだもんな!
じゃあな、とジェレンス先生は高空に舞い上がってしまった。
「遊ぶ、だって」
「さすが〈無二〉ですね」
ナヴァト忍者よ……なぜ、ちょっと羨ましそうな顔をしているのか。
「まぁ食事しよ。さっき探したら、茶葉の入った缶があったよ」
「それは俺も昨日見た。一応、カビが生えていないことは確認してある」
カビかぁ〜! そうね、この雰囲気だとカビが生えてても不思議はないもんな!
「安全なら、お茶淹れよう。お湯を沸かすね」
なぜかカップは四つもあった。デザインも素材も不揃いだったので、代々のトゥリアージェが自由に持って来た疑惑が強い。ま、都合がいいから使わせてもらおう!
朝食をとりはじめたところで――リートがつぶやいた。
「ろくに要求をしないうちに逃げられてしまった……」
「そうね……」
肉とパンで気が逸れてしまったのである。着替えとか、寝袋あるいは布団の追加とか、いろいろたのまなきゃいけなかったのに!
ナヴァト忍者が、なぜか小さく笑った。
「……なに? ナヴァト」
「いえ……隊長が、大丈夫だと豪語なさっていたのを思いだしまして」
……いってたな! わたしがうっかりしても、リートが覚えてるから大丈夫って!
ふたりの視線を集めたリートではあるが、リートなので当然、表情を変えることもなく。
「しかたがない。起き抜けの上に空腹だったせいで、頭が回っていなかった。実際、ルルベルも完全に忘れていただろう?」
と、こんな感じである。実にリートだ。
「リートって、どこに行ってもなにがあってもリートだから、なんか安心するわ」
「行き先によって人格が変動したら怖いだろう」
「そういうレベルの話じゃなくてさぁ」
「ところでルルベル、食事が終わったらまた魔力玉を追加で作ってくれ」
「……やっぱ変わらないよねぇ」
ひょっとして、肉に次いで魔力玉の追加が好物なのではないか?
「昨日の魔力玉もまだある。しっかりしたものだ。君の魔力も回復しているだろうし、当日は余分な魔力を使うのは避けたい。つまり、今のうちに余剰魔力を魔力玉にしておくべきだ」
「はいはい……。そんな饒舌に語らなくても、作るって。今日のうちなら多少多めに作っても問題ないだろうし、ふたりとも、練習したら? 最近やってないから感覚が鈍ってるとか、いってなかったっけ?」
「いい考えだ。そうしよう」
わたしの提案に、もちろんリートがうなずいた。前のめりだなぁ!
「魔力がごまかせるという話ですが、どれくらいでしょうか?」
ナヴァト忍者の方が理性的だ。
「あー……そっか。もともと、魔力で気取られないように選ばれた場所なんだもんね。あんまり練習したらまずいかな」
「君の魔力玉程度の魔力量なら、問題ないだろう」
「問題があってからでは遅いですよ、隊長」
話し合いの結果、魔力玉は早めに作りはじめる、魔力が回復したら作り足す、運用の練習はジェレンス先生が戻って来たときにお伺いを立ててからおこなう――ということになった。
なお、次にジェレンス先生が来たら、まず着替えと毛布を要求することになっている。
わたしは魔力玉を作るが、それを親衛隊に渡さない。要求が通ってから、魔力玉を渡す――完璧だ!
そんなことをしなくても次は忘れないとリートは不満げだったが、忘れないなら手に入るんだからいいじゃない、で押し通した。
「先生、着替えが必要です。それと毛布」
「おう? いやまぁ……なるほど、そうだな?」
その結果が、これだ。ジェレンス先生が姿をあらわしたとたん、すごい勢いである。
……そんなに魔力玉ほしいん?
「そうか、服か。気がつかなかったな……どこで都合つけるかなぁ……。店で……いや、選ぶのめんどくせぇな。一回、学園に戻るか」
瞬間移動でどこでも行けると、選択肢の幅がすごいな。
「待ってください先生、その前に許可してください」
リートが前のめり過ぎて、いきなり要求だけ突きつけてる!
「あ? なにをだ?」
「ルルベルの聖属性魔力で魔力玉を作り、本番にそなえるつもりですが、まず操作の練習をしたいです」
「ああ……悪くない考えだな。魔力玉はもう作ったのか?」
ジェレンス先生がわたしの方を見たので、うなずいて見本を差し出した。
「これくらいの大きさなら、作った端から魔力が補充されるので……今日のうちに、作って貯めておいたらいいんじゃないかと思うんです」
「俺にもくれ」
見本が奪われ、リートが口を開いた。……が、声は出さずにそのまま閉じた。自制心を発揮したらしい。
「どうぞ。……先生、これで練習しても、大丈夫でしょうか? つまり、魔力を察知されて困ったことになったりはしないと考えていいですか?」
「ああ、平気平気。このへん、飛竜のせいで広範囲に立入禁止区域になってるから」
「広範囲って、どれくらいです?」
「さあ、面積でいったら王都より広いくらいじゃねぇかな……よく知らんが。じゃ、行ってくる」
ジェレンス先生がまた虚無を残して消えたので、思わず後退してしまった……。これ、なんか怖いんだよな。吸い込まれそうな感じがあって。
「許可が出たぞ、ルルベル」
「はいはい、渡す渡す」
リートはもちろん、ナヴァト忍者もかなり嬉しそうだ。
まぁ……わたしは自分の魔力をぶっぱなすことしかできないし、魔法がうまい勢が有効活用してくれるなら、せっせと作りますよ。ええ。




