370 むしろ、飛竜が立ち入ったら俺が襲う
……まぁ、事前の説明なしに別の場所に飛ばされる程度のこと、ジェレンス先生と行動するときはもう……通常営業なわけだけども。
我々は今、森の中の小さな小屋の前にいる。
丸太小屋……観光地にあるような小綺麗なのではなく、手入れを怠った感じの、こう……不安な建物だ。
「このへんには、小型の飛竜の営巣地があってな」
「飛竜」
不安度が急上昇した。なんでそんな伝説級の生き物がいきなり登場すんの?
「魔力の流れをごまかすには都合がいい。万が一、誰かが俺たちの存在に気づいたとしても立ち入れねぇだろうしな」
「飛竜がいるからですか」
「おう。小型だが気性が荒いし、縄張り意識は強いぜ」
「その縄張り意識のせいで、我々が襲われたりは?」
すかさず確認したのは、リートである。だよねだよね! そこ、気になるよね!
「ここは俺の縄張りだから問題ねぇよ。むしろ、飛竜が立ち入ったら俺が襲う」
ジェレンス先生が自由過ぎる!
「竜を相手に縄張りを主張しないでください……」
「いざというときのために、たまに来て存在感を示してるんだよ」
「じゃあ、この小屋も先生が建てたんですか?」
「いや、これはずいぶん前のトゥリアージェが建てたやつ」
トゥリアージェ一族! 自由か! 自由なのか!
リートとナヴァト忍者が中をあらためているところだが、見た感じ……浴室がない。
トイレ……トイレはあると信じたいが、水洗システムが実装されているかは疑わしいところではないだろうか? 魔法でなんとかするの? わたしは無理だし、ナヴァト忍者も光属性だから無理だろう。ジェレンス先生は複数の属性を駆使すればワンチャン行けるかもしれないし、リートが生属性魔法でなんか分解とか早めたり……。
あああ、なんか嫌だぁ! 先生とかリートとかにトイレに流したものの面倒をみてもらうと考えるだけで、絶望だよ!
そこで、今の気もちをシンプルに表現してみた。
「ここまでする必要あるんですか?」
たしかに貴族のお館は場違い感がすごかったが、だからといって……だからといって、あまり利便性の高くない小屋に寝泊まりするのが嬉しいかと問われると!
どっちかというと、貴族の館がいいです……。
「んー、俺の勘だな」
「勘」
「べつに、魔将軍と通じてるやつがいると思ってるわけじゃねぇよ。今回、吸血鬼じゃなさそうだしな……吸血鬼だったら、それこそ警戒し過ぎってことはねぇんだが」
「じゃあ、なんで」
「敵は魔王の眷属だけじゃねぇだろ」
「……はい?」
「西国だよ。あの三人が直接裏切るつもりがなくても、お供全員がそうとは限らねぇ。むしろ、積極的に中央に連絡とってる人間が潜り込んでなかったら、西国の現政権はボケカスだ」
ボケカス……。
「でも、西国だって魔物の群れは倒したいでしょう? わたしたちが始末をつけるのに、文句はないはずじゃないですか」
「央国に入ってからにしてほしいだろ」
「……そんな勝手な!」
「権力者なんて、勝手なもんだぜ。戦争は、仕掛けたら十日やそこらで自分の国が勝つと信じてる。当然、魔将軍だろうが魔王だろうが、自分の領地の外で適度に活躍してくれることを期待する。その後、自分たちも標的にされるだろうなんて微塵も思わねぇ」
人類……! 愚か!
でも、いわれてみればなぁ。自国の民さえ犠牲にする決断をくだすんだから、そりゃ……異国人なんて、魔物と共倒れになってほしいとしか思わんだろうな。
いいのかそれで! 聖属性魔法使いが消えたら、大暗黒期の再来だぞ!
「どうした、ルルベル。すげぇ顔になってるぞ」
「いえ、人類が愚か過ぎてちょっと……」
「なんだ? 救う気がなくなったか?」
そう問われるとなぁ……。それは違う気がするな。
「そのひとたちのために、魔王の眷属の相手をするわけではないですから」
「おまえ、偉いなぁ。そのへん、切り分けて考えるの難しいだろ」
「くだらない相手のことを考える時間がもったいないって思うだけです。ちゃんと守りたいひとたちがいて、守りたい場所があるってことを考える方が、時間の使いかたとしては上等じゃないですか?」
わたしの答えに、ジェレンス先生はその綺麗な翡翠色の眼をみはった。
……なんか、おどろかせちゃった?
「なるほどなぁ。校長がいってたのって、こういうことか」
「はい?」
「聖属性魔法使いって、考えることがもう聖属性なんだってさ」
「ええぇ……」
今のやりとりの、どこが? ていうか、ちょっと前までわたしはトイレの汚物処理について考えていたのだが!
「ま、あんまり心配する必要なさそうだな。おまえは、そのままでいいよ」
「はぁ……」
よくわからないという顔をしてしまったのだろう。ジェレンス先生は笑って、わたしの頭をワシャッとした。……ああもう!
「先生、これやめてください。髪が……」
「時間があるんだから、髪は好きに直せばいいだろ。……さて、俺はちょっと行ってくる」
「待って!」
とっさにジェレンス先生の腕を掴んだ自分を褒めたい。
「なんだ?」
「どこに行くんですか」
「伯母上と打ち合わせしといた方がいいだろうからな」
シュルージュ様のことは信じてるわけか。……それもそうか。そこから疑わなきゃいけないんだと、いっそここに来なくてよかったのでは? みたいな話になりかねない。
いやいや、それはそれとして!
「先生、わたしたちをここに置いて行かれるんですか?」
「置いてくぞ? 一応は戦場だし、身軽な方がいいからな。おまえの魔力を探知されるわけにもいかねぇし」
「それは……いや、そうじゃなくて! 飛竜の縄張りの中に置いて行く気ですか!」
「ああ、大丈夫大丈夫。威圧してあるから」
威圧って何?
……と、訊くよりも、ジェレンス先生が消える方が早かった。
あやうく虚無に飲まれかけた気がして、わたしは急いで手をはなし――消えているものから手をはなすってのも、なんか変な感じだけど――後ずさった。
もちろん、ジェレンス先生はもういない。
「おい」
「先生がいなくなっちゃった」
「聞いてたし、見てたからわかってる。君は中に入れ。安全は確認したし、少しカビ臭かったのも改善した」
「……それは生属性魔法で?」
「そうだ」
便利だな、生属性魔法……。いやほんと、ガチで最強属性なのでは?
「このまま明日も泊まることになったとしても、井戸があって水には困らん。暖炉もあるし、薪も問題ない。悪いが、俺は外で番をする気はない。部屋を仕切って一緒に寝るぞ」
「その……えっと」
「便所もあるぞ」
便所いうな!
「吸血鬼に襲われるとまずい場所ね……」
「この距離感なら、襲われてもすぐ助けに入れるな」
考えたくない……。すぐ助けてもらえる距離感の便所。いやぁぁ。
「過酷だ……」
「なにがだ? 屋根も壁もある。食糧も、ジェレンス先生が補給してくれる。なにも問題はない」
「わたしには問題があるの!」
デリカシーとプライバシーに問題が大発生だ!
とはいえ、外は寒いし――ジェレンス先生が無茶したせいで、わたしは夜着にガウンを羽織っただけなのだ。ナヴァトは伸縮スーツの普段着版みたいなの――つまり、食事のときに着てたのよりフォーマル度が低そうなやつ?――を着てるけど、リートはわたしと同じく夜着にガウンだ。
「……ジェレンス先生、着替え持って来てくれると思う?」
「そういう方向の気遣いは、期待できないだろうな」
うわぁん……やっぱり?
正直、いくら慣れている親衛隊とはいえ、夜着にガウンだけでずっと一緒にいるの……つらい。
乙女心がつらい!
「気遣いが期待できなければ、直接要求すればいい」
「えっ、できるの?」
「できない理由があるか? ジェレンス先生が戻って来たときに、聖女とその護衛にふさわしい装いではないことを主張し、着替えを要求しよう。大丈夫だ、君がうっかりしても、俺が覚えている」
「それは心強いね……」
さすがに、自分が夜着にガウンであることを失念したりはしない気がするけど!
「ところで飛竜って見たことある?」
「ある」
「わたし、飛竜ってぜんぜん知らないんだけど……おとぎ話で聞いたことあるかな、くらい」
「そういう創作物で語られる飛竜は、大型の種類だろうな」
「小型って、どれくらいなのかな?」
「本体は、大きめの犬くらいだ。ただ、尻尾が長いし、翼を広げると面積がかなりあるから、印象としてはもっと大きく感じる。いっておくが、見物に行こうなどと思うなよ。俺では守ってやれるか微妙なところだ」
「えっ……そんなに?」
「そんなにだ。さあ、おとなしく小屋に入れ。腸詰めを食べよう」
その飛竜を威圧して縄張り確保するジェレンス先生とは……?
来月、pixivFANBOX が開設5周年で、例年通りリクエストSSなどいろいろ企画をやる予定なので、その準備とスタートで今週はちょっと忙しくなります。
つまり、更新が途切れたら「あっ、無理だったのね」とご納得いただければ幸いです!




