37 魔王とその眷属の攻撃は無効、ただし物理は通す
魔性先輩の「うっ」はその後も発生件数を積み上げ、わたしは慣れた。たぶん魔性先輩も慣れた。ジェレンス先生もいちいち大笑いしなくなったから、慣れてきたようだ。
そうこうする内に、魔性先輩はわたしの聖属性魔法の可視化に成功した。
特定個人の魔力をライブで染色するには、同調・把握・即時性の三点が高精度で要求されるため、かなり難易度が高いそうだ。言い換えると、天才ファビウスだからこそ可能なことで、一般の色属性魔法使いに求めてもキョトン顔をされるだけらしい。
しかもわたしの場合、稀少な聖属性で魔性先輩にも経験がないし情報も少ないから、把握が大変だったみたいだよ。でも把握されちゃったわけだけど!
「その色、とても似合ってるね」
「先輩が選んだんですよね?」
「うん、似合うと思ったからそれに決めたけど、想像以上だなって」
わたしの髪色みたいな、ピンクがかった栗色――たぶん、この微妙な色をあらわす名前もあるんだろうけど、わたしは知らないので、まぁそういう色――に、控えめにラメが入ってる感じ。
「今さらなんですけど、なんでも任意の色に染められるんですか?」
「できるよ。でも、似合ってる色じゃないと感覚的に掴みづらくなるんだよね」
理屈はわからないんだけど、と魔性先輩は珍しく不満げな顔を見せた。なるほど、わかる。つまり、似合ってないと感覚的に掴みづらくなるのもわかるし、それを説明する理屈がないのが不愉快なのもわかる。それこそ感覚的にわかる。
「聖属性魔法に似合う色って、これなんですかね」
「聖属性っていうより、君に似合う色かな」
笑顔でいわれたが、わたしも動揺したりはしない。慣れたのだ。慣れは偉大だ……。
ともあれ、染色が安定したので、わたしは魔力の出し入れの訓練をすることになった。魔性先輩に請われて手をつなごうとしたら、先輩がまた「うっ」になったため、ジェレンス先生が代役をつとめる流れになった。
「……やっと、おさまった。思った以上に不便だな、これ」
「おまえがルルベルを変な目で見るからだろ」
「純粋な目で見てますよ。ねぇ、ルルベル」
「本人じゃないのでわからないです」
冷たいな、と魔性先輩は笑った。だが、わたしだって学習したのである。魔性先輩とのつきあいで時間を無駄にせずに済ますには、こういう感じが有効っぽいぞ、と。
魔性先輩はジェレンス先生の魔力も染色した。みごとな黒である。墨汁みたいな。魔性先輩的に、これがジェレンス先生の色……? ジェレンス先生、嫌われてない?
「こんな濃い色だと、見づらくねぇか?」
「先生の魔力が強過ぎるんですよ。ぎりぎりまで彩色を薄めてこれとか、無茶苦茶だよ。あり得ない……」
手をつないでなにをするかといえば、魔力で身体を覆う訓練だ。
眷属の襲撃にそなえるためだ、と説明を受けた。闇魔法や精神攻撃に対しての完全防御となる。らしい。ただし、物理攻撃には意味がない……知りたくなかった、その事実。
まず、ジェレンス先生の魔力で全身を覆ってもらう。
「なにも見えません!」
「だからいったじゃねぇか、見づらいって」
「先生の魔力が規格外なんです。これより濃度を下げると染色が安定しません」
「天才少年の真価を見せろよ」
「先生こそ魔力を出し惜しみしてくださいよ」
「……ま、いいか。目視できるかどうかは肝要じゃない。魔力で覆うって感覚を覚えるのが目的だからな」
いや、見えなくて怖いのでなんとかしてほしい! ジェレンス先生、そのへん大雑把だよなぁ。
と、魔性先輩のため息が聞こえた。
「ルルベル、絶対に不埒な目的ではないと誓うから、僕に手を握らせて?」
「お願いします」
無事に交代となり、視界がひらけた。無意識に呼吸まで止めてたみたいで、わたしは大きく息を吐いた。
「大丈夫? ごめんね、怖かったよね」
「いえ、平気です。つづけましょう」
「意欲が高いのはいいことだけど、無理はしないで。少しでもつらくなったら、すぐ教えてね」
というわけで、次は魔性先輩の魔力で覆ってもらう。魔性先輩の魔力は、きらっきらの薄紫。わたしの色よりラメが多めだけど、透明感は高い。なんだろう、この色。世界が多幸感に満ちて見える……。
「これがファビウス先輩に見えてる景色なんですね」
「そういうわけじゃないと思うけど」
魔性先輩は、苦笑しても妙に艶っぽい。慣れろ、ルルベル。
「これ、染色を解いてもらっても? 見えなくても魔力を感じ取れるか、ちょっと試してみたいです」
「いいよ。これでどうかな?」
一瞬で色が消えた。ラメも消えた。多幸感もどこかに行ってしまった。
わたしは真剣に魔力を感じ取ろうとしたけど、はじめから答は決まっているようなものだった。
「……かろうじて、手首のあたりの皮膚がちりちりするような気がします。あと、首も。でも、気のせいだといわれたら、そうかもしれないってなる程度です」
「正直な報告で、とてもいいね。そういうの、ごまかそうとする子が多いんだ」
魔性先輩がうなずき、ジェレンス先生も面倒くさそうな口調でつけたした。
「できないとかわからないとかは、認めたがらないよな。皆、魔法にプライド持ってるからだろうが」
「魔法にプライドですか……」
特にないなぁ、と思う。なにしろ実感ないしな。
わたしにとっての魔法って、なんだろう。下町脱出装置? うん、入学前は、それしか考えてなかった。今は、ちょっと重たい責任のかたまりみたいな感じだ。
「他人の魔力を感じるのは、意外と難しいんだよね」
「いずれ、わかるようになりますか?」
「それは訓練次第だね。あ、僕はわからないよ」
天才少年の告白に、わたしは少しおどろいた。だって、なんでもできそうじゃん。
「おまえは目にたより過ぎるんだよ」
「染色すれば済むから、感じようなんて努力もしたことがなくて」
なるほど……。にしても、魔性先輩ができないってことは、それなりに難易度が高い技術なのかな。
「訓練すれば、できるようになりますか?」
「それは訓練してみねぇことには、って話だな」
夢も希望も身も蓋もないな!
「訓練しても無理だった、って場合もあるわけですか」
「もちろん。ただ、それでも残るものはあるからな。まず、自分にできないものがわかる。つまり、さっきのルルベルみたいに『気のせいかも』の『かも』を除外してよくなる。気のせいだからそこは気にしない、って判断が可能になる」
屁理屈のような気はするが、まぁ筋は通っている……。
「魔力感知の訓練は魔力の繊細な操作に通じるそうだから、訓練して損はないと思うよ」
「そうなんですか?」
「魔力操作に必要なのが魔力感知なのは事実だ。感じることもできんものを、使えるわけがない。ただし、必要なのは他人の魔力を感知する技術じゃない。自分の魔力がどう流れているかを知ることだ。でなきゃ、そこの魔性みたいな『魔力感知は不得意だけど魔力操作は得意中の得意』なんてふざけた存在は生じねぇよ」
「……なるほど」
魔力を染色して目で見ることができる魔性先輩だからこそ、魔力感知の技術を磨く必要はない――そう考えて、わたしは気がついた。わたしが魔力を染色してもらっているの、まさにそれが目的だ!
ジェレンス先生はエルフ校長に、魔性先輩の参加を前提とした訓練計画を立てるようにといわれていた。それが、これなのだ。魔力感知という基礎を飛ばして、次の階梯に駆け上がる作戦。
「おまえの場合、優先順位の問題があるからな。まずなによりも、魔法というものに馴染むのが先決だ」
高位眷属である吸血鬼が目撃され、魔王の封印が緩んでいるのは、ほぼ確実。つまり、無駄なことをしている時間はない。
「わかりました。優先順位を意識して頑張ります」
「おぅ、頑張ってくれ。とりあえず、今日のところは聖魔力で全身を覆う訓練だ」
「はい!」
「じゃ、僕の魔力に君の魔力をかさねてくれる? ……うっ」
「あっすみません、拒否したつもりでは……!」
魔性先輩の声があまりに色っぽかったので、思わず身を引いた結果、「うっ」になってしまった!
わたしは、ジェレンス先生に訴えた。
「先生、誓約魔法の発動がちょっとキツ過ぎます。少し修正した方が」
「二日くらいは様子を見ろと校長にいわれてるんだよな、それが」
エルフ校長……こうなるの、わかってたの!? てか魔性先輩に厳しくない!?
「ルルベル、気にしないで。僕にもいろいろと学びがあるから」
この期に及んでもやはり上目遣いの魔性先輩に、わたしは引きつった笑みを返すしかなかった。




