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365 苦々しい顔にさせたぜ! うぇーい!

 食後、我々はまた別室に移動して、コーヒーなどいただいている。

 夕飯食べるだけで待合室的な場所から食堂、そして食後のコーヒー・タイムは別の部屋ってもうね……貴族マジ違う世界で生きてるな! って痛感するわ。

 今度の部屋も、そこそこの広さがある。ゲームボード――前世でいうチェスみたいなやつだ――が置かれたテーブル、分厚くて立派な装丁の本が並んだ書架。さぞかし名のある芸術家のものであろう絵画や彫刻も、さりげなく配されている。豪華だけど、けばけばしくない。時代を経た落ち着きを感じるインテリアだ。

 あちこちに置かれたランプの黄色っぽい光が、室内に複雑な影を描いていた。


 ……場違い感が、すんごいザマス。


 シュルージュ様にうながされてしまえば、どんなに場違いでも椅子に掛けるしかない。

 親衛隊ふたりは、わたしの後ろに並んで立った。

 椅子はおおまかに楕円形に置かれていて、わたしの右隣がシュルージュ様、その隣から三名の紳士、そしてデイナル様、わたしの左隣のジェレンス先生――で、一周だ。


「ご紹介が遅れたことを、お許しください」


 立ち姿が美しかったシュルージュ様は、座ってもシュッとしていた。かっこいい。

 ご自分の右隣の紳士を、さりげない手の動きで示す……かっこいい! もはや、なにやってもかっこいいレベル!


「こちらは、レデルラントの市長閣下」


 レデルラント? ……どこ?

 という思いは心の底に押し込めて、わたしは聖女スマイルを紳士に向けた。


「はじめまして」

「このたびは遠方までお運びくださり、感謝の念に耐えません」

「あちらは、ヒルディガー卿」


 ……誰?

 とは思うが、聖女スマイルは崩さない。看板娘スマイルの応用だから、もう慣れたものだ。


「お目にかかれて光栄です、ヒルディガー卿」

「こちらこそ。拝謁の栄に浴し、言葉もありません」


 ヒルディガー卿は白い顎髭をたくわえた痩せ型のご老人で、片眼鏡が異様にお似合いである。

 その隣に目を向けると、三人の中では若い、ジェレンス先生と同年輩くらいかな? って感じの男性が、むっつりとした顔でこちらを見ていた。……愛想がない!


「そして、あちらはレンナルのハイデウス=エル・パトラ卿」


 レンナルってなんだろう……地名なのか官職なのかそれ以外のなにか?

 はぁ〜、サッパリわからんけど、ニッコリするしかない!


「お会いできて嬉しいです、パトラ卿」

「どうも」


 ……どうも、って。これは逸材。でも、そういうの間に合ってる。リートひとりでお腹いっぱい!


『三人ともファビウスのリストにあった。レデルラント市長は、男爵だ。国境を挟んで、トゥリアージェ領の隣だな。名より実をとる男で、トゥリアージェの現当主とも友好的にやっている』


 キター! 本家逸材による生属性魔法インカム! 便利!


『ヒルディガー卿は大物だ。御三家と呼ばれる、王室とのつながりが深い公爵家の分家筋にあたる。本人は伯爵位だが、魔法研究者としても名高い人物だ。この三人の中で決定権を握っているのは、彼だろう。三人めのパトラ卿は、少し厄介だ。将軍職を輩出している名家で、主戦論者。魔物とも戦えばいいが、央国ラグスタリアとも戦いたいってやつだ』


 なんじゃそりゃー! なんでそんな危険人物が来てるのよ。国境の向こうにいてくれ!

 聖女スマイルが引き攣らないよう、気合を入れる。スマイル……スマイルこそ正義。


『名前の次にエルとついたら、その家の跡継ぎってことだからな。パトラ家の次期当主だ』


 主戦論者は当主にならんでくれ……。だいたいさー、魔王が復活しそうだってときに、人間同士で争ってどうすんだよ。アホなのか。アホだな! 人類ってほんとアホ!


「それで? 聖属性魔法が使えると称する小娘ひとりで、戦線を支えられるとお考えなのか、トゥリアージェの当主殿は」


 ……スマイルこそ正義!

 小娘であるわたしはスマイルを堅持するしかなかったが、シュルージュ様はノー・スマイルで答えた。


「聖属性魔法は、魔王とその眷属に直接的な効果がある唯一の魔法ですよ、パトラ卿。効果があると考えるのが当然でしょう。……無論、あなたがそれを信ずるに値しない情報だとお考えなのであれば、それはそれで尊重いたします」


 ……空気が凍りそうなんですが。

 尊重=おまえを殺す、くらいの温度感なんだけど……。


「一応、情報提供してさしあげよう――」


 ジェレンス先生が、いかにも親切そうな口ぶりで割り込んだ。


「――ルルベルは、すでに東国セレンダーラで巨人を無力化した実績がある。我が国でも、吸血鬼と対峙して今なお健在。聖属性の魔力を持っていることは、〈無二〉であるこの俺が保証する」


 ふん、とパトラ卿はめんどくさそうに鼻を鳴らした。

 このひと、外交向いてないでしょ! わたしにさえわかるぞ!

 白い髭のヒルディガー卿が、低い声でたしなめた。


「パトラ卿、我が国だけで解決する問題なら、我々はそもそも国境を越えて来てはおるまい。そのことを忘れぬように」

「央国の手など借りずとも、中央さえ動かせれば――」

「その中央が動かないから困ってるんですがね」


 ぼそっと発言したのは、お隣の市長さん。そうね……お困りなんでしょうね。国境の向こうにヘルプを要請するくらいだもんね!

 パトラ卿は口を葉っぱにしてしまった。

 んまー、なんて大人げない! とは思うけど、都合いいよね。こいつが黙ってるあいだに、さっさと話を進めてほしいわ……。


「魔軍の正確な位置と規模を教えていただければ、聖女様のお手をわずらわせずとも、我らトゥリアージェのみで叩くことも可能かとは思いますが」


 この発言は、相変わらず爽やか路線のデイナル様……だが、シュルージュ様のお気に召さなかったらしい。


「デイナル」

「はい」

「敵をあなどってはなりません。西国も、相当の戦力を注ぎ込んだ上での現状なのですよ」

「ええ、わかってはいますが……戦場に聖女様をお連れするのは、心苦しくはありませんか? こんなにお若くて可愛らしいかたなのに」


 少し困ったように眉尻を下げ、デイナル様はわたしを見た。

 これ、どうするのが正解なんだろうな。庇護欲をそそらせる? 小声で「はい」とかいっときゃいいの? パトラ卿もその方が認めてくれそうだけど、でもなー!


「魔王やその眷属と戦うのは、聖属性魔法使いのつとめです。わたしが学園で先生がたのご指導を受けているのも、そのためです。人間がさだめた国境に縛られるのは愚かしいことと存じますが、わたしが口出しできる話でないことはわきまえております。わたしはただ、いずこなりとも必要とされる場所へ参り、微力を尽くすのみです」


 にっこり全力スマーイル! で、いいきってやった。


 デイナル様の眉が持ち上がり、ちょっとびっくり顔になったのは気もちいい。

 あと、パトラ卿も葉っぱ口のままだけど、さらに苦々しい顔になったの楽しい。

 性格悪くてごめんね、でも、もう一回。苦々しい顔にさせたぜ! うぇーい!


『君は黙っていた方がいいんじゃないか?』


 魔法インカムでリートが苦言を呈してきた。せやな……。


「聖女様――と、お呼びしてもかまいませんかな?」


 わたしに尋ねたのは、ヒルディガー卿である。

 ていうか、それ以外にどう呼ぶっていうの。名前呼び?


「ご随意に」

「聖女様はご存じないでしょうが、戦場は見るも無惨な状態。血の匂いも濃い。新兵などは、まず吐き戻して気力も体力も失う始末。然様さような場所へお出ましいただくのも、心苦しいものがございます」


 そりゃ見たくはないけど……これ以上の血を流さないために助けを呼んだんじゃないの?


『忘れるな。こいつらは、君を利用しに来てるんだ。この髭ジジイは、意味もなく来るなとはいわん。君の発言を聞いて、これは煽った方が安く使えると判断した可能性がある。乗るな。喋るな』


 ……なるほど?

 やだー、もうほんとこういうの! やだ!


「ヒルディガー卿も、あなどらないでいただきたいですね。聖女様のご覚悟を」


 話を引き取ったのは、シュルージュ様だ。

 相変わらず声音は氷点下だけど、わたしに向けた眼差しは、やさしい。

 ……やっぱりファンクラブ作るー!


「戦場が見るに耐えぬものであろうが、聖女様ご自身がうら若き乙女であろうが、それは重んじるべき第一の事柄ではあり得ないでしょう。だいたい、男の方が血には弱いのですよ。わたしこそが、それをよく知る第一の者といっても過言ではないでしょうね」


 冷たい笑みで、シュルージュ様は一同を見渡した――そして、有無をいわさぬ口調で断じた。


「各種条件などは、トゥリアージェが調整してご覧にいれます。聖女様、今宵はもう、お部屋でお休みください。どうかご安心を――お考えに染まぬことは、なにひとつ受け入れません。」


 ……ザ・場違いの部屋から退出することを許された!


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