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363 さすがにもうイケメンは間に合ってます

「傍系に有望な人物がいると聞いたことがあります。そちらが当主となられる可能性が高いかと」


 さすが長く王子に仕えていただけあって、ナヴァト忍者、貴族事情に詳しい!


「ジェレンス先生本人も、引き受けたがらないんじゃないか?」

「たしかにね……。だけど、それで問題ないの?」

「あのひとの場合は、当主をつとめる方が問題山積になりかねないだろう。政治と武力を分離する策をとるのは合理的だ。呼べば来るわけだし、その『来る』の速度が常識の埒外だからな」

「虚無ね……」


 思わずつぶやくと、全員の目が死んだ。虚無は、つらい。

 そこで、わたしは提案してみることにした。


「帰りは馬車にしたいってお願いしてみない? ジェレンス先生だけ先に帰ってもらってもいいし」


 同意してくれるかと思いきや、リートには眉根を寄せられてしまった。


「駄目だ。君は早く帰るべきだし、俺とナヴァトも君に同行する以外の選択肢がない。教師と別行動など論外だ。非常に不本意だが、虚無を通るしかないだろう」

「ええー、そんなに急がなくてもいいでしょ。わたし、実技試験も事実上の免除だし――あっ! リートとナヴァトは試験受けなきゃいけない? 試験、いつ?」

「君は馬鹿か」


 なるほど納得! と思ったのに……淡々と馬鹿扱い。まぁね? 通常営業だけどね?


「どういう意味よ?」

「聖属性かもしれない魔法を使える第二の聖女が入学するんだぞ。同級生たちのあいだで君の存在感が薄れる前に、さっさと帰還するべきだ」

「存在感……」

「ただでさえ滅多に教室に行かないんだ。忘れられるわけにはいかん。かれらは貴重な君の味方で、現場の声だ」


 そりゃまぁ……たしかに、教室に行く回数は少ない。おっそろしく少ない。わたしにもふつうの学園生活をくれ! と叫びたくなるくらい少ない。

 忘れられるぞっていわれたら……そうかもな、って思う。だって、わたしもクラスメイトを全員覚えてるわけじゃないし。お互い様だよね、そういう意味では。


「でもさ。前も思ったけど、乗っ取られたら乗っ取られたで……べつによくない?」

「よくはないだろう。まず、ナヴァトが偽物に持って行かれる」

「え」


 それは思いつかなかったな!

 ナヴァト忍者って、わたしが独占するにはハイスペック過ぎる人材だしなぁ……。

 視線が合うと、ナヴァト忍者はなんともいえない表情をした。


「俺は聖女様がほんものだと信じて――いえ、知っています。できれば、このままお仕えしたいです」

「あ、うん。それはありがたいけど、辞令が来たら逆らえないんだよね? 無理しないでね?」


 気を遣ったつもりだったんだけど、ナヴァト忍者は叱られた犬みたいにペショッとした表情になってしまったし、リートには苛立たしげな特大ため息をつかれた。


「親衛隊を雇ったり生活したりするための金の支給もなくなるだろう。それどころか、今までのぶんを返却しろといわれかねない――まぁ、そのへんはファビウスがなんとかするだろうが」

「いや、それは駄目だよ。よくないよ!」

「……君は反応するところがおかしい。よく考えろ」

「だって」

「考えろといっている。わからないのか?」


 完全にキョトン顔になってしまったわたしに、リートが問う。


「偽物の聖女が魔王から世界を救えると思うのか?」

「それは……。でもさ、魔王封印の方は、ほら。わたしたちが、なんとかすればいいんだし」

「わたしたち? 親衛隊も君に従うわけにはいかなくなる、という話をしているのだが?」


 ……なるほど?

 よし、考えてみよう。

 白状すると、はじめに思いついたのは――国が盛り立てる聖女が役に立たないならばと、魔王を倒してみたそうなジェレンス先生がヒャッハーしながら吹っ飛んでいきそう! ――だった。

 次が、まぁ最悪エルフ校長は味方になってくれるんじゃないかな……である。


「校長は駄目だぞ」

「なんで校長先生のこと考えてるってわかるの!?」

「邪魔が入らなくなったら、校長は君を囲い込む。たぶん、エルフの里から出さないだろう」

「それはまあ……想像できるけど」

「世界はどうなる?」


 ジェレンス先生が……と口にしたいところを、なんとか飲み込んだ。

 たとえジェレンス先生でも、魔王の封印はできない。それは聖属性魔法にのみ可能なことだから。


 倒しちまえばいいだろ、と想像のジェレンス先生が主張したが、可能だとしても出会い頭の一撃必殺で終わるはずがない。だって魔王には眷属がいる。知恵が回るタイプなら、人質だって取る。脅しもする。人間が考えられるようなことなら、魔王の眷属だって考えつく。

 いかにジェレンス先生が当代一の〈無二〉だろうと、ジェレンス先生以外にも二つ名持ちの魔法使いが参戦しようと。数で対抗することになったら、手が足りない。

 東国セレンダーラに出た巨人を思いだせば、すぐわかる。あの場には、ジェレンス先生がいた。〈矢継ぎ早〉のハーペンス師もいた。でも結局――勝利の鍵は、聖属性魔法を使えるわたしだった。


 自分でいうの、なんか嫌だけど。それでも、ちゃんと認識しなきゃいけない。


「第二の聖女とやらは、魔王封印に向かわざるを得ない。聖属性かもしれない魔法とやらで、眷属を相手取れると思うか? きっと命を落とすことになる。本人も、護衛もだ」


 リートに駄目押しされてしまった。

 わたしは、聖属性の魔力をぶっぱなすくらいしかできないけど。でも、それができるってだけで、魔王や眷属相手なら優位に立てるのだ。シンプルな暴力になるから。

 ほかの属性魔法では無理なのだ。

 だから、魔王を封印するのはわたしの仕事だ。


「……そうなる前に魔王を封印できれば、それでいいと思う」


 逆にいうと、わたしの仕事ってそれ()()なんだよね。

 権力闘争に利用されたりするの――後ろ盾になってくださったシェリリア殿下には悪いけど――正直いって、いらないオプションでしかないわけじゃん。

 そういうとこは引き受けてもらって、自分は自分で聖属性魔法使いとしての責務だけ果たせるなら……その方がずっと気楽だと思わない? わたしは思う。

 もちろん、いらないダメージを受けないよう、うまく立ち回る必要はあるだろう。でもさ、それをいえば第二の聖女を盛り立てたい勢力に対抗するのだって、かなりうまく立ち回らなきゃいけなくない?

 どっちに転んでも面倒なもんは面倒なんだし、だったら相手の思惑をある程度かなえてあげる方向で調整してもいいじゃない。

 すなわち、WINーWIN!


「強情だな」

「リートこそ、意地になってない? いつもなら、第二の聖女を囮に利用して秘密裏に動く作戦を立てればいいとか、いいそうじゃないの」


 わたしが指摘すると、リートは口を結んだ。珍しく、即応できなかったようだ。

 ふふん! どや!

 そこへ、ナヴァト忍者が声をひそめて告げた。


「誰か来ます」


 第二の聖女の話は、まだあんまり大っぴらにしていいものではない。伏せる意味があんまりない、ってのが正確なところかな。だって、故郷ではもう有名らしいからね。厳密に箝口令かんこうれいを敷くには、手遅れなのである。

 とはいえ、聖女としてここに到着したわたしの立場が胡散臭くなるのも避けたいわけで……。

 ノックの音がして入って来たのは、ティー・セットを乗せたワゴンを押したさっきの女性と――お初にお目にかかるイケメンだった。

 さすがにもうイケメンは間に合ってますといいたいが、使用人っぽくない服装だし、態度もそう。ワゴンを運んで来た女性のことガン無視できるのは、上流階級の人間だからだろう。

 ……で、誰?

 と思ったのが通じたわけじゃないだろうけど、イケメンは一礼した。洗練された所作だ。


「失礼いたします。当主より、おもてなしを仰せつかりました。トゥリアージェのデイナルと申します」


 わたしもあわてて立ち上がり、挨拶を返した。


「お世話になります、ルルベルです」


 髪色は金と茶の中間くらい。貴族男性は長髪が多いけど、このイケメンは襟足が見えるくらいの長さ。前髪は長めで、スタイリッシュですね……前世でいえば、男性アイドルがやってそうな髪型だ。眼は――ジェレンス先生の伯母様と似た色だな。

 あと、魔力は多い。……多いな! この一族って、みんなこんななの?


 イケメンは、にっこり笑った。うわぁ……なんだこれ。爽やか感がすごい!


「お目にかかれて光栄です、ルルベル様。どうぞお掛けください。当家のジェレンスが、さぞや無体をはたらいたことでしょう……転移魔法でいらしたんですよね? かなりのご負担だったのではありませんか」

「あの……はい。ご経験がおありなのですか?」

「ええ。ジェレンスは幼馴染です。やつが魔法を覚えるたび、実験につきあわされたものです」


 ……察した。察したぞ! このイケメンが、政治力高めな次の当主候補だろ!

火曜日(2024年1月16日)の更新はお休みします。

水曜日は更新したいところですが、どうかなぁ……って感じです。

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