表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
361/524

361 復路は勝手に歩いて帰ります

 あんまりよく寝られなかったけど、夜は過ぎて、朝が来た。朝食をとり、ジェレンス先生の迎えを待つ。

 ファビウス先輩曰く、戦力的にはさほど心配しなくてもいいだろうとのこと。


「当代最強のジェレンス先生だけじゃなく、〈真紅〉もいるからね」

「〈真紅〉……」

「ジェレンス先生の伯母上だよ。我が国最強の生属性魔法使いと謳われていた御仁だ。今ではウィブル先生がそう呼ばれてるけど……戦闘力に限っていえば、最強の座は揺らがないという評判だ」


 なるほど。

 伯母様って、ジェレンス先生が個人的に怖がってるだけじゃないのね……。怒らせないように気をつけねば!


「わかりました。安心して行って参ります」

「うん……」


 どこか歯切れの悪いファビウス先輩、ちょっと珍しい。


「どうかなさいましたか」

「君に安心してほしいと思って、心配ないと伝えたのにな。僕が、心配でたまらない」


 そういって、少し眼をほそめるの……いやもうマジでアレ。キュンとしちゃう。

 のどかな感想で頭がお花畑だといわれるかもしれないが、キュンとするものはするんだ、しかたがない!


「それは……逆の立場だったなら、わたしだって同じだと思います」

「うん。それでね……まだ万全の出来じゃないんだけど、受け取ってくれるかな」


 そういって、ファビウス先輩が取り出したのは、ハンカチの上に載せられた銀色の腕輪だった。

 ……あ! 指輪の代わりかぁ! そういえば作るっていってたな。


「位置情報ですか?」

「それと、昨日――殿下に魔力をこめてもらったんだ。一回限定だけど、反転属性の魔力が使える」

「……へ?」


 反転とは、シェリリア殿下の激レア激つよ属性だが……一回、使える?


「ルルベルが知覚できる範囲でないと発動できないけど、たとえば誰かに直接的に暴力をふるわれそうになった、みたいな場面で発動させるといい。相手は自分の力を自分で食らうことになる」

「ど……え……そんなの、できるんですか?」

「使いかたは、簡単。相手を意識して反転タドゥムって叫ぶだけ」

「タドゥム……原初の言語ですね」

「うん。これなら覚えられるだろうし、ふつうの会話でうっかり使わない。訓練した治癒の呪文にも含まれてないはずだ。校長先生にも確認した」


 ぬかりない! さすファビー!


「できれば、上腕部にはめてほしいんだ。僕が……と、いいたいところだけど」

「じ……自分でやります!」


 長袖をそんなに捲り上げるのもなんか……意識しなきゃいいんだけど、もう意識しちゃったから無理無理!

 ファビウス先輩は苦笑した。


「そういうと思った。……もっといろいろ準備できればよかったけど、急だったからなぁ」


 デスヨネー!


「着けてきますね」

「うん。大きさは自動で合うようになってるから」


 というわけで、わたしは別室に駆け込むと、むちむち度が上がってきた気がする――そう、気になっているのは腹回りだけではないのだ!――二の腕に、腕輪を通した。

 一応、通す前に眺めてみたんだけど、刻まれてるものって、またほら……半導体ですか? って感じのむちゃくちゃ精緻なやつで。素人がちらっと見たくらいでは、なにがなんだか! である。

 反転の魔力は、シェリリア殿下にこめてもらった……ってことは、呪符で表現できてるわけじゃないんだよなぁ。でも、この呪符のどれかは、こめられた魔力を発動させるための仕掛けのはずだ。


「ルルベル、どう? うまくはまった?」

「あ、はい! 大丈夫そうです」


 ぴたっとはまった腕輪は透明になったけど、さわってみると硬いのがわかる。指輪のときと同じだ。


「ジェレンス先生が来たよ」

「今行きます!」


 衣服をととのえて玄関ホールに戻ると、たしかにジェレンス先生がそこにいた。手に……毛布を持っている。

 そうよね……地上で転移するわけにいかないから空に上がるし、寒いし、下から見えたら困るからね……。


「おはようございます、先生」

「おう。支度はできたか? ……って。おまえ、制服で行く気か?」

「えっ? 駄目でしたか」

「駄目に決まってんだろうよ。わかりやすく正体バラシてどうすんだよ」


 ……あっ。そうか! 公式訪問じゃなく、隣国に行くんだった!


「ええと……動きやすい服は着替えで持ってますけど、その……貴族のかたと会食とかそういうやつがあったりは?」

「あるだろうなぁ」


 デスヨネー……。


「そういう場面で着用できるドレスがないんです。……舞踏会のときので大丈夫です?」

「いや、あれはヒラヒラし過ぎだろ。会食つっても戦場だ。華美な服装は嫌がられる」


 えー! そんな難しい条件! わたしのワードローブなんて、制服か、一応着替えとして持ってる入学前の庶民の服か、パーティーのときに着たドレスかの三択だぞ!


「無理です、先生」

「しまったな……僕もそこまで考えてなかった。ごめんね、ルルベル。気がついていれば、殿下からお借りできたんだけど」


 さすファビしそこねたのを悔いているらしいファビウス先輩に、わたしは首と手をぶんぶんふりながら答えた。


「そんなの、ぜんっぜん! むしろ、お借りするには畏れ多いかたなので……」

「まぁいいか」

「先生?」

「出発が遅くなってもまずいしな。向こうで調達しよう」

「向こう、って」

「伯母にたのめば、なんとかしてくれる」

「いや、伯母様にもきっといろいろご都合が」

「行くぞ、ルルベル。毛布巻け」

「先生」

「巻かないならそのまま飛んでくぞ」


 わたしは巻いた。

 だって空の上は寒いし、下から見られて社会的な死を迎えたくないし!

 毛布を巻き終えたところで、ジェレンス先生はわたしをひょいっと抱えた。いわゆるお姫様抱っこである――入学してからもう何回めかよくわかんないけど、なんかこう……ファビウス先輩の目の前でやられるの、抵抗あるというか……。

 ねぇ! この乙女心をわかってよ!

 とはいえ、ジェレンス先生には無理だろう。リートも。ナヴァト忍者はワンチャン理解してくれるかもしれない。

 ファビウス先輩は、むちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた……あっ、この表情はレア!

 そのままジェレンス先生は外に出て、荷物を抱えてついて来た親衛隊たちに、両肩に手を乗せるよう指示した。


「じゃ、行ってくる。無事に旅立ったと校長に伝えてくれ」

「わかりました」


 玄関前でそんなやりとりをする頃には、ファビウス先輩は平気な顔をしてたけども。

 視線が合うと、にっこりしてくれたけども!


「い……行ってきます」

「うん。ジェレンス先生、リート、ナヴァト……ルルベルを、たのみます」

「まかせとけ。おまえの方こそ、うまくやっとけよ」

「もちろんです」

「上がるぞ」


 と声をかけて、次の瞬間にはもう、我々は空の高みにいた。リートはちゃんとジェレンス先生の肩にくっついてるのが見える。ナヴァトもいるはずだ……角度的に見えないけど、背後に魔力を感じるから。

 見下ろすと、豆粒ほどの大きさになったファビウス先輩がいた。研究室って、上から見るとほんとにドーナツみたいな形をしてるんだな……ドーナツがドーナツっぽい大きさになる頃には、ファビウス先輩は胡麻粒以下、もういるのかいないのか不明。


「こ……こんなに高く上がる必要あります?」

「早く転移したいか?」

「したくないです」

「するけどな」


 容赦などない! わたしはあわてて注意喚起の声をあげた。


「虚無が来るからね! そなえて!」

「は?」


 どっちが問い返したのか

               わから

                        ぐへぇ

                                無


「……っはー!」


 慣れない! もうほんと慣れないし、これ最低!

 もしかして距離に応じて副作用的なサムシングが強くなるのかな……わからん。本人は、平然としてる。


「点呼するぞ。ルルベル」

「はい……」

「リート」

「はい」

「ナヴァト」

「はい」


 皆、声に元気がない。リートが弱々しい口調で申し出た。


「先生……提案があります」

「なんだ」

「復路は勝手に歩いて帰ります」

「駄目に決まってるだろ。おまえはルルベルの安全保障担当だ」

「では、ルルベルにも歩いてもらいます」


 今の気分としては、イイネ……その案、乗った! ……って感じ。


「もちろん駄目だ。そら、景色でも見て気分直せ。あれが伯母の居城だ」


 いわれるまま、眼下に広がる風景に注意を向ければ。

 うわぁ……星だ……五芒星じゃなく八芒星だけど……、五稜郭ごりょうかくみたいな構造の、星形城塞だ! 

 王都で見慣れた王宮や離宮とは、まったく違う。あれは、戦うための城だ……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
[良い点] 虚無がくるとルルベルが注意した所好きです〰。ほぼ無意味ですけど、優しさを感じるので。 [一言] ジェレンス先生は永遠の少年なんだな~って思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ